THE LAST DESTINY 第二十六話 激動のネルシス ネルシス首都の海に面した一角、数キロメートル四方は完全に荒野と化していた。 そこに建築物があったことを感じさせないほどに。 その中心にいるのはゼブライスである。 「あーあ、たーのしー」 ゼブライスはいつもにやけている顔をさらに綻ばせて手にした鞭《デルグリス》を振り、更に建物を破壊しながら進んでいった。三種の魔人器《デルグリス》は半径数キロ以内の物を打ち据える事ができる武器で、その性能はかつて『八部衆』ライネックが使っていた時とは比べほどにならない程の威力を発揮している。 「さーあ、でーてこいでーてこい」 ゼブライスはさらに建物を破壊しようと鞭を振ったが、飛び込んできた影に弾かれた。 「………きーたきーた」 《デルグリス》を弾き返した影はそのまま5つに分かれてゼブライスの前方の平地―――やはり少し前には建物があった―――立つ。 正確には大柄な体格の人間に4人が乗っていたようだ。 5人の人物はゼブライスに向かって吼えた。 「第1王子! 長兄ユイス!!」 「第2王子! 次兄ガイ!!」 「第3王子………三兄ゴルン!」 「第1王女! 長女ファルナ!」 「第4王子! 末弟シュン!!」 『我等ッ! ネルシス聖鬼軍!!!』 ゼブライスは笑い顔を崩さずに聖鬼軍に向かって言う。 「ふーん………ネルシス王の、ひーなどりーが、がーんくびそーろえてなーんのよーう?」 ゼブライスの馬鹿にしたような口調にユイスと名乗った男が叫ぶ。 「黙れ魔族め!! これ以上は俺達が進ませない!!」 長髪、鋭い目つきで元々は端整な顔立ちなのだろうが目つきによってその印象は崩されている。服は全体的に白を基調としていて、一瞬見るとつなぎのようになっているがかなり動きやすい格好である。そして身につけている鉄鋼には鋭い刃がつけられている。隣にいた逆立っている赤毛を持つ男、ガイがあとを続ける。 「わざわざ単身乗り込んでくるとはなかなかの度胸だが、俺達をそう簡単に倒せると思うなよ!」 ユイスとは違ってこちらは赤を基調とした服にあちこちに鉄の輪が付いている。腕、足に二つづつだ。 「俺達はネルシス独特の機械文明の産物である武器で、お前達を凌駕できる力を身につけているのだ!!」 一際体格の大きい、三兄ゴルンが言う。身体全体を硬質の鎧で固め、さらに鉄鋼は常人の1、5倍はある。 「貴様に殺されていった人々の恨みは私達が晴らす!!」 全身を黒い戦闘服で包んだファルナが確固たる決意を持った瞳で言う。最後に袖のない上着を着て手に両刃の槍・ツインランサーを持った末弟シュンが叫ぶ。 「この国は僕たちが守る!!」 その声を合図として5人が一斉にゼブライスへと向かっていった。 「魔族………覚悟!!」 5人の攻撃が一斉にゼブライスに襲いかかる。 しかしゼブライスは少しも余裕を崩さずにその攻撃を避ける。 ゼブライスのいた場所に5人の攻撃が集中するとそこの地面が爆発した。 「ほーう、やーるやーる」 ゼブライスはなおも馬鹿にしたかのようにその跡を見る。そこへゴルンが向かってきた。 「貴様に《ライデント》は渡さん!!」 ゴルンは両腕をゼブライスに向かって突き出し叫んだ。 「振動烈波!!」 するとゴルンの両腕から振動の波がゼブライスに押し寄せて直撃する。 振動はゼブライスの身体を激しく振動させる。 ゼブライスの周りの地面はその振動によって粉砕されていく。 「おーお、きーく」 ゼブライスは声の調子を変えずに言う。次には後ろからツインランサーを凄まじい早さで回転させてシュンが飛び込んできた。 「くらえー!!」 だがゼブライスはそれを半歩横にそれただけで躱す、が。 「!?」 ゼブライスは驚いて後ろを見た。すると炎に包まれたガイが向かってきていた。 「俺の身体は鉄をも溶かす一万度の超高熱の炎に変化できる!!」 「ほーう」 ゼブライスは感嘆の声を上げる。ガイは一気にゼブライスに迫った。 「燃え尽きろ! 火炎輪アタック!」 「く!」 ゼブライスが初めて余裕を失いそれを躱す。そうしたところに今度はユイスが鉄鋼についている刃を振り下ろす。 「ゼブライス、覚悟!」 「ふん」 ゼブライスはそれを紙一重で躱そうとしたが、ふと前髪に触れる物を感じて急いで飛び退く。 「ちいっ」 ユイスの呻きに合わせてゼブライスの鎧に幾つもの亀裂が入り、顔にも裂傷が走る。 「なっ………」 ゼブライスは驚きながら体勢を立て直すがその間にもユイスは迫ってきている。 「避けたか………。流石は『四鬼将』。だが、二度目はないぞ」 向かってくるユイスの体の周りに目に見える風の刃が現れた。 「俺の身体の周りは全てが刃………何百という真空の刃を集めていて動きは変幻自在!!」 さらにユイスがゼブライスに肉薄し、ゼブライス慌てて避ける。 「我が刃の威力を斬らえい!!」 次々と攻撃を繰り出し反撃の隙を与えないユイスにゼブライスは余裕をなくしているようだった。それに他の兄弟達も加わる。 「覚悟ゼブライス!!! この世界のために」 ガイが両腕に作り出した炎の球をゼブライスに向かって放つ。 「そうだ! たとえこの身が滅びようとも」 ツインランサーをさらに回転させてゼブライスの身体に斬りつけるシュン。 「貴様を倒す!」 ユイス、ゴルン、ファルナの声が重なる。絶え間なくユイスの真空の刃が、ゴルンの振動の波が、ファルナの魔法の光弾がゼブライスに襲いかかる。 だが、ゼブライスはほとんどを掠るか、すんでの所で躱している。 (遊ばれている………) ユイスは内心、驚愕していた。確かに絶え間なく攻撃しているが、けして決定打を与えているわけではない。先程の余裕の表情は確かに消えているが相変わらず躱す時には飄々とした声を放っている。 「うおおおおお!!」 ユイスは内心の同様をうち消すように叫ぶ。だが、その時ゼブライスの身体がかき消えた。 「なに!」 目標が亡くなった全員の渾身の一撃は地面を爆砕させた。 「どこだ!?」 ガイが辺りを見回すと空中にゼブライスを見つける。 ゼブライスは顔を綻ばせて言ってきた。 「なーかなーかつーよいね。………よし」 ゼブライスは何かを決めたように地面に降りてくる。表情こそ何も変わらないが5人は気付いていた。ゼブライスから放たれる雰囲気が明らかに直前と違っている。 ユイスはゼブライスが地面に降りてくるまでの間、動かなかった。 攻撃を仕掛けようとしたがその雰囲気に完全に呑まれていた。 (なんだ………) ゼブライスは地面に降り立つと、聖鬼軍を見据えた。その表情からは笑いは消えている。 「これから10分やるさ。俺っちは攻撃しないから、その間にお前達が攻撃して俺っちを倒せればお前達の勝ち。駄目なら、お前達の負けだ」 ゼブライスの口調は先程までのふざけたものは消えていた。 それでも少し変わった口調だが。 「負ければどうなるんだ………」 ユイスは思わず聞き返してしまう。的外れな質問だったがユイスは無意識に会話を引き延ばそうとしていた。他の4人が口をつぐんでいるのもユイスにこの会話をさせているものと同じ、何かのプレッシャーかもしれなかった。 「負けた時の事は心配しなくていいさ」 ゼブライスは鞭を腰に収めて胸の前で腕組みをした。笑みを浮かべて言う。 「俺が本気になれば、お前らなんてすぐ殺せるからな」 その一言にユイス達は一斉に駆け出した。 「10分もいらねえ!! すぐかたをつけてやる!!」 ガイの身体が炎に包まれる。ユイスの体の周りに真空の刃が展開され、ファルナの手には法力の球、ゴルンは両腕をゼブライスに向け、シュンはツインランサーを唸らせる。 5人は一斉に叫んだ。 「ゼブライス! 覚悟!!」 5人は攻撃を開始した。 その心の内に本人達も気付かない、小さな絶望感を抱きながら。 |