THE LAST DESTINY

 第二十五話 激動の予感


 窓から差し込む朝日を浴びてレイナ=メルビスは眼を覚ました。彼女が1年前にここ、ネルシス共和国に来てからあてがわれた個室。ベッドに、衣類が入っているクローゼット。
 それ以外には何もない簡素な部屋。この何もない部屋とは裏腹に彼女のここに来てからの生活は何年分にも及ぶ忙しさだった。父親に連れてこられてすぐにこの国の近衛師団長として必要な知識の学習。戦闘訓練に『龍戦士』の継承………。
(長いようで短かったわね………)
 彼女は心の中で呟くとベッドから降り、寝間着の上にガウンを羽織って部屋の外にある洗面所へと向かった。その途中も胸中で呟き続ける。
(この国の人達にも何とか認められるようになった………)
 洗面所に着き、蛇口から水を出す。
(これで………)
 ふと、レイナの動きが止まる。彼女の胸に去来するのは1年前の映像。自分が生まれ育った村での自分がこの世界で最も大事にしている人の事。
(ライアス………)
 レイナは勢いをつけて水で顔を洗う。何度も繰り返してから、さっと備え付けのタオルで顔を拭く。顔を上げて鏡に映った彼女の、濡れた前髪に隠れるようにしてある二つの瞳。
 透き通るような純粋な黒………。鏡に映るその瞳を見つめながら、女性にしては短く切ってある肩までの髪の寝癖を直す。
(もうすぐ、ライアスに会えるのね………)
 オーリアー帝国が魔族に襲われてほぼ壊滅状態になったという報告は、当然こちらにも届いている。そこに、『オーラテインの戦士』がいたということも。
 報告が届いてからもう既に一ヶ月経過していることから、順調に行けばもうそろそろライアスはネルシス共和国首都にある『ゼールの門』へと到着している頃だと推測できた。
 ネルシスはフォルドと同じく城塞に囲まれていて、海に面した側以外の東西の入り口は『ゼールの門』と呼ばれる門がそびえ立っている。
 待ちに待った愛しい人との再会、だがレイナはそれが決して穏やかな再会にはならないと分かっていた。
『龍戦士』の継承と共に受け継いだ能力。
 その力は近い将来の危機を「見」る事ができる。
 レイナの眼には黒々とした魔族の影が映っていた。


 ゴルネリアス魔王城の王座の間には魔王とゼブライスの二人だけがいた。
「魔王様、こーんどはおーれがーいーってみーるよ」
 ゼブライスは相変わらずひょうひょうとした言葉使いで話す。
 魔王はさほど気にした様子もなく言葉を続ける。
「どのくらいの戦力がいる」
 魔王の抑揚のない声にゼブライスは答えた。
「いーや、5人でじゅーぶーんよ」
「5人?」
 魔王の声は変わらなかったが心なしか少しの驚きが混ざっているように思える。
「おーれと、のーこりの『八武衆』がーいーればいーよ」
「それで、死ぬ者は出ないのか」
「あーなたは、そーれがおー望みなーんでしょう」
 魔王の顔に、といっても見えるのは口だけなので口元にだが、少し引きつるのがゼブライスには見て取れた気がした。ゼブライスはさらに続ける。
「まーかせてくーださい。魔王さーまのねーがいはーちゃーんとかなえまーすよ」
 そう言うとゼブライスは姿を消した。
 魔王はしばらく無言で微動だにせずに目の前を見据えていたが、やがて呟いた。
「ゲリアル」
「………はい」
 魔王の言葉に反応するかの如く後ろの闇から姿を現したゲリアルに、魔王は振り返らずに言った。
「ゼブライスが何か余計なことを言いそうになったなら、すぐに帰ってくるのだ」
「分かりました」
 魔王と同じくらい抑揚のない声でゲリアルは答えてすぐに姿を消す。
 魔王は誰もいなくなった部屋で囁いた。
「全ては………『輪』の中の事………」
 そして部屋は完全な闇に包まれた。


 フォルドでは人々の声が絶えなかった。
 今、フォルド城ではある計画が実行に移されるための準備が進められている。
 城を取り囲む四本の尖塔にネルシスの技術を駆使して作られた装置を取り付け、制御する作業である。
 また、その一方で城の前の広場では魔法兵団の訓練が行われている。
 兵士達のかけ声が響きわたっていた。
 大神官リーシスは兵団の訓練の責任者として兵士達の目の前で兵士達の様子を見ている。
(オーリアーがほぼ壊滅………か)
 リーシスは内心苛立っていた。人類最大の軍事力を持つフォルド公国。
 それに次ぐ軍事力を持つオーリアーがほぼ壊滅状態というのなら同程度の軍事力を持つネルシスも壊滅する可能性もある。リーシスは舌打ちした。
(やはり、僕がネルシスに向かった方がいいのか………)
 リーシスはフォルドが攻撃にあった後、3代国家以外の魔族に攻撃を受けている国へと行き、守ってきた。それでも守り切れていない国はまだあり、軍事力が一定以上ある国に割ける余裕はなかった。
(しかし《ライデント》はあと一つ………。やはり………)
 ふと、リーシスの思考が途切れる。感覚を研ぎ澄まし、今感じたモノの位置を確かめると手をかざして法力を発動させた。
「白・光・熱・刀!」
 リュートの掌から凄まじい量の光熱波が放たれる。
 光熱波は一人の兵士に直撃した。
「ぐきゃああああ」
 兵士は悲鳴を上げて倒れ込み、周りの兵士はそこから離れる。
 驚きの表情を浮かべてはいるが平静は失っていない。
 噴煙が晴れると、そこには一人の人間ではなく魔物が転がっていた。
「魔族が………」
 一人の兵士が呟く。それに呼応するように魔気が膨れ上がった。
「みんな! 散れ!!」
 リーシスの言葉に反応して兵士は一斉に散開する。だがその場に数人とどまる。そしてその姿を異形の姿に変えた。
「リーシス王子! 覚悟ぉお!」
 数匹の魔族が一気にリーシスに飛びかかる。リーシスは両手を魔族達に掲げて叫んだ。
「空・烈・爆・衝!!」
 リーシスの掌を中心にして衝撃の波が魔族に襲いかかる。
「グギャオオオオオ」
「ガフゥ!」
 魔族は吹き飛ばされて地面に転がりうめき声を上げる。
 リーシスは更に追い打ちを駆けた。
「空・砕・轟・波!!」
 魔族の周辺の空間が歪み、その歪みを戻そうとした時に空間が起こすエネルギーの力で大爆発が起こる。魔族が声も上げずに体を四散させた。残った部分が痙攣して動かなくなるとリーシスは警戒を解く。
「流石、リーシス様」
 兵士達が口々にリーシスを褒め称えながら集まってくる。
 リーシスは兵士達に言葉を返した。
「いや………なかなかの魔族だった。かなり強い法力を込めなければいけなかった」
 リーシスは嫌な予感がした。そして思い出すのはある一つのこと。
「皆、各国に警戒を示しておけ!」
 そう言ってリーシスはリアリスの元へ急いだ。今進行している『計画』が実行された時、魔族は不利になることは明確である。その中心であるリアリスを殺そうとするのは当然だった。飛行魔法でリアリスの部屋に近いベランダに飛び、急いでリアリスの部屋に行く。
「母さん!!」
 リーシスがドアを開けると、そこにはリアリスと灰になった物―――おそらく魔族だろう―――があった。リーシスは一呼吸置くとリアリスに問いかける。
「大丈夫ですか? 女王様」
 リアリスは息を切れさせながらも笑顔で答える。
「ええ………。大丈夫ですよ。リーシス」
 どうやら本当に大丈夫なようなので安心してリーシスはリアリスに話しかけた。
「リアリス様。気になっていたのですが………」
「何ですか?」
「何故、魔族はライアスの動きにあわせて《ライデント》を奪おうとするのですか?」
 前々からのリーシスの疑問だった。ライアスが来た次の日にフォルドが襲われ、ライアスが着いた日にオーリアーが襲われた。
 明らかに彼にあわせて魔族が行動している。
「その理由は分かりません………」
 リアリスもただ首を横に振るばかり。
 その眼に何か隠しているということはないと確認すると、リーシスもその話題には触れずに兵士の訓練に戻ります、とだけ言って、リアリスの部屋を後にした。


 ライアスとティリアはネルシス首都まであと半日の所まで来ていた。夏の蒸し暑さは程良い暑さに変わり、旅には適している気候になってきている。
 まだはっきりとは見えないが、ネルシス首都を囲む大きな城壁が見えていた。
「やっとか………」
 ライアスは何となく呟いた。日程的にはフォルドからオーリアーへの道のりとさほど変わらないのだが、何かとても長く感じた。
(やはり気持ちの問題かな)
 ライアスの気持ちは自分でもはっきり分かるくらい高揚していた。自分の育った村を出て既にほぼ三ヶ月。その間に何度も魔族と戦ってきた。その苦難に負けない気持ちを支えたのは、この国に来たかったという気持ちが使命感の次に強い。それを表に出すことはしないが、それでも押さえきれないのか歩みがネルシスに近づくにつれて速くなっている。
 1年前に別れてから会っていない、自分の最愛の人。
 今頃はネルシス近衛兵隊長『龍戦士』となっている頃だ。
 物思いに耽るライアスの思考にティリアの声が届く。
「ネルシスにはライアスの知り合いがいるのよね」
「ああ」
 ティリアがライアスの顔を覗きこむようにして問いかけてくるのに言葉を返す。
「ライアス………。いやに嬉しそうだけど、恋人なの?」
「顔に出ていたかい?」
 ライアスは少なからず驚いた。この娘は本当に勘が鋭い。感情を隠していてもほとんど言い当ててくる。そう言うわけで旅の間はほとんど隠し事はしなかった。
 ライアスは気を取り直してティリアに説明する。
「レイナ=メルビス。俺の生まれた村で俺とラルフ―――俺の親友と俺の3人は幼なじみなんだ。まあ、小さい村だから同世代が俺達しかいなかったっからなんだけれど」
 ティリアが頷くのを見てライアスは先を続ける。
「レイナは俺やラルフと違って村で生まれたわけではなくてレイナの父親がネルシスの近衛師団長だったんだ。レイナの父親はレイナが生まれてすぐに俺達の村に来た。そこで俺達と知り合ったのさ」
「ふーん。で、どっちから告白したの」
 ティリアがおもしろそうに眼をキラキラさせて問いかけてくる。ライアスは少し困った口調で話す。
「どちらから………と言うとレイナからなんだけれど………、その前から何となく恋人のような関係だったな」
「いつから?」
「だいたいレイナがネルシスに行く1年前だから、俺が14の時だな」
「ふーん………。でもそうするとそのラルフっていう人、気まずくない?」
 ティリアの疑問はもっともだというようにライアスは顔をほころばせて言う。
「そうだな………。俺達が恋人のようにつきあうようになってからはラルフは一歩引いていたよ。でも、あいつもそのころは恋人の方にかかりきりだったからな」
「へえ、そうなんだ………」
 ティリアは顔の方向をライアスから前に向けてポツリ呟いた。
「羨ましい………」
「へ?」
 ライアスは思わず間抜けな声を出してしまう。ティリアは顔を真っ赤にしてライアスに怒鳴った。
「なによ! 私はそう言うこと経験ないんだから!! 悪い!!!」
 ティリアの剣幕にライアスは少し気後れしながら言う。
「い………いや、悪くないよ」
 ライアスはなだめるようにティリアの頭に手をぽんと乗せて続ける。
「ティリアにもこれからいい人が見つかるさ」
「これからか………」
 とりあえずティリアの機嫌は収まったらしく、ティリアは再び前を見る。ライアスもそれにつられるように前を見た。話している間にも足が早まったのか予想よりも早くネルシス首都が近づいてきている。
 だが、ライアスは何か高揚とは違った興奮が体の中に産まれるのを感じていた。
(なんだ………何かが俺に警告している?)
 その感覚に呼応するようにオーラテインが薄光を発し始めた。
「ライアス!」
 ティリアがそのオーラテインを見て叫ぶ。
 ライアスがオーラテインを引き抜くと、輝きは少しづつだが強くなっているようだ。
 その時、凄まじい爆音が辺りを揺るがした。その音の大きさから意外と遠くだということをライアスは瞬時に判断すると、すぐに前方に視線を向ける。
 予想した通り、その音はネルシスから聞こえた。普通の状態ではあり得ない粉塵が立ち込めている。その中には民家の屋根がちらりと見えた。
 何かとてつもなく強い力が働かない限りそうはならないだろう。
「行くぞティリア! 捕まれ!!」
 ティリアは無言でライアスにしがみつく。
 ライアスは風の結界を張り、そのまま加速した。
(間に合ってくれ!!)
 ライアスは力の限り風の結界を加速させた。




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