THE LAST DESTINY

 第二十四話 動き出す運命


 ライアス差し込んでくる光で目が覚めた。起きあがって体を見ると傷はしっかりと塞がっているベッドから降り、窓に体を預けて街並みを見る。
 どうやら帝都の宿屋のようだった。
 街は魔族に襲われ、破壊された場所を復旧する作業をしている。
 何気なくその光景を見ていたライアスは、階段を上ってくる足音に意識をはっきりさせた。
 部屋の扉が開かれる。
「あっ」
 ライアスは振り返らなかったが声の主はティリアだと分かった。
 ティリアが近寄ってくる。
「起きたんだ。まあ、3日も寝ていれば充分よね」
 ティリアがすぐ後ろに来てもライアスは振り向かなかった。
「あれから大変だったんだよ。グロッケン帝は崩御。ジェイルも重傷でさ、まだ意識が戻らないんだって。城もいろいろ攻撃を受けて半壊だし復旧は最低でも半年はかかるってさ」
 ライアスは何も聞いていなかった。耳が聞くことを拒否していたのかもしれない。ティリアはライアスの態度にムッとして言った。
「何よライアス! ふさぎ込んじゃってあなたらしくもない! そんなんだから魔族にしてやられるのよ!」
 ティリアの言葉にライアスは振り返った。いきなりのことにティリアは動揺する。
「また………守れなかった」
「え………?」
 ライアスの言葉をティリアはすぐに理解できなかった。ライアスは言葉を続ける。
「俺は育った村を出る時、約束した………。どんなに強力な力を手に入れても守れるのは目に映る数人の人々だけ。だからどんなことをしてもその人達だけは守る、と」
 ライアスは視線下に向けた。
「でも、フォルドでもオーリアーでも、その人々を守れなかった………」
 ライアスは体を震わせる。ふと涙が出るような感覚に襲われた。とその時、赤い髪が鼻先に触れる。
「………」
 気付くとティリアがライアスの肩を抱いていた。そのままの姿勢で話しかける。
「ライアスも人間なんだからさ、失敗もあるよ………。街を復旧している人達はこういうことは何度もあるはずだけど、がんばって立て直しているんだよ」
 ライアスは先程見た街並みを思い出す。何度も修復されているはずの街はその影を少しも見せない。ティリアが先を続ける。
「大事なのは、魔王を倒すことでしょ。もうちょっと楽にいきなよ。終わりよければすべてよしってさ」
 ティリアはライアスから離れた。そして呟くように続ける。
「それにライアスのそんな顔、見たくないよ」
 ティリアの顔が赤く染まる。ライアスは思わず笑みをこぼした。それを見てティリアは大きな声を張り上げる。
「なによ! 心配してあげてるんだから!!」
「わかってるよ。ありがとう」
 ライアスは苦笑を続けたまま言う。
「終わり良ければって訳にはいかないけれど、確かに楽になったよ」
 ライアスはそう言うと扉に向けて歩き出した。
「どこいくの?」
 ティリアが不思議そうに言うとライアスは申し訳なさそうに言った。
「3日も寝てたから、腹が空いてしまったよ。良ければつきあってくれ」
 ティリアの返事も聞かずにライアスは歩き出す。その後ろ姿を見てティリアは思った。
(あなたの戦いはこれからなんだから………)
 その言葉の意味を深くかみしめながらティリアはライアスの後を追っていった。


「アイオス」
 アイオスは自分を呼ぶ声に振り返った。
 ゴルネリアス魔王城はどこもかしこも暗闇が支配していて、ほんの数メートル離れるともう相手の姿は見えなくなる。
 だがアイオスには誰が自分を呼んだのかは分かっていた。
 その、言葉の中に他の者を見下したような感じを持たせるのは仲間の内で一人しかいない。
「なんだ、シュタルゴーゼン」
 アイオスが言い返すと闇の向こうからシュタルゴーゼンが姿を現す。
 猛禽を思わせるような眼差しを持ち、いつも他を見下しているこの男をアイオスは好きではなかった。だが、立場上は自分より上の立場のため、その事はおくびにも出さないが。
「何だ、あの様は」
 シュタルゴーゼンは怒りを隠そうともせずに言ってきた。
 アイオスは気にせずに言う。
「人間を甘く見ない方がいい。我々とて元は人間だったのだから」
 と、アイオスが言い終わるやいなや、シュタルゴーゼンの手がアイオスの首を掴み、そのまま身体ごと壁に大きな音と共に叩きつける。
「ぐっ………あ」
 アイオスが喘ぐが、シュタルゴーゼンはさらに力を強めてきた。
「あんな下等生物と我々を一緒にするな! 我々があのような者達に苦戦するようなことがあってはいけないのだ!! 貴様といいフェリースといい貴様らのような弱い奴らはいらん!! 私が直々に殺してくれる!」
 そう言ってシュタルゴーゼンの空いている手に剣が現れる。
「死ね!!」
 シュタルゴーゼンが剣をアイオスに振り下ろそうとした時、急にシュタルゴーゼンの動きが止まる。
 アイオスは何事か分からなかったが、見ると刀身を押さえている手が見えた。
「………何のつもりだ、」
 シュタルゴーゼンはアイオスの首を離し、剣を消すと邪魔をした相手、ゲリアルへと視線を向ける。
 ゲリアルは感情のこもらない声で伝えてくる。
「わざわざ味方を自分から減らすこともあるまい」
「こんな役に立たないような奴らなどいらんわ!」
「こんな奴らにも使い道はある」
 シュタルゴーゼンの怒りをかわすように平然を言ってくるゲリアルに、シュタルゴーゼンは言いしれぬ悪寒を感じた。怒りが冷めてくる頃にはゲリアルは闇の中に消えていった。
「シュタルゴーゼン」
 アイオスが話しかけるとシュタルゴーゼンは依然蔑むような視線と共にこちらを見返してきた。
「俺は先の大戦で始めに死んでしまったのでわからないのだが、前『軍王』オーキスはどうしたのだ?」
 シュタルゴーゼンはしばらく無言でいたが不意に口を開いた。
「私とオーキスは最後まで残ったが………、あいつが城の外に出ていた時に人間どもが来たのでな………」
 シュタルゴーゼンは顔を曇らせた。
 人間に殺された時の記憶が頭をよぎったのだろう。
 魔族にとっての『死』とは自分の姿を一定に保てなくなった時のことを言い、存在自体が消え去ること、つまり本当の死は『消滅』と言われる。
 シュタルゴーゼンは自分の『死』の映像を振り払い言った。
「オーキスの『死』は確認されてはいない。そして魔王様もその話題には一言も触れられてはいないのだ」


 暗闇にポツリとある玉座に魔王ギールバルトは座っていた。
 前方だけでなく周りは全て闇。
 その中で魔王は呟く。
「………『閉じた輪{ロジック・リング}』が回り始めた………。運命は確実に終幕に向かって進んでいる。さあ、『オーラテインの戦士』………ライアスよ、お前の手でこの"最後の運命"を断ち切ることができるか………」
 魔王は言葉を切るとまたはっきりと言葉を紡いだ。
「人間よ………。お前達の正義を見せてみろ………」


 世界は朝を迎えようとしていた。船に朝日が当たり始めて甲板を掃除している船員がまぶしさに眼を狭める。ふと視線を移すと甲板の手すりにもたれて一人、海を眺めている男が眼に入った。
 後ろ姿からわかるのは中肉中背で腰に剣を二本帯剣しているということだった。船員は特に気にすることもなく船内に入っていった。誰もいなくなった甲板で男がひとりごちる。
「ライアスは今頃、オーリアーを出る所かな」
 男は眼を細める。
 朝日が眩しいというわけではなく、思い出に浸っているとこうなるのだ。昔からの癖だった。
「ネルシスにはレイナもいるし、幼なじみが一堂に会するわけだが………」
 男はふと、言葉を切る。眼を険しくして言葉をはいた。
「落ち着いて再会、となりはしないだろうな………」
 男―――ラルフ=コードウェルは目的地、ネルシス共和国の方向を見てため息をついた。
 まるでそこで起こる出来事を物語るかのように、ネルシス上空には一際大きい入道雲がかかっている。
「お客さん」
 不意に後ろから声をかけられて振り返る。船員がこちらを申し訳なさそうに見つめる。
「どうやら、このまま行くと大しけに遭遇するので少々迂回してからザパブルク港に入港いたします」
 ザパブルク港はネルシス首都から数キロしか離れていないネルシス主要港である。
「どのくらいかかる?」
 ラルフが聞き返すと、船員は少しとまどいながらも言葉を続ける。
「遅れは1日ほどですから大丈夫ですよ」
 船員はそそくさと中に入っていった。それを見送るとラルフは左腰の鞘から剣を引き抜いた。その剣は刀身の中程から折れていて、柄も年期が入っているようで古びている。
 ラルフはしげしげとその剣を眺めた後に鞘に収め、視線を前方に向ける。
「間に合えばいいんだが………」


 そして舞台は、激動のネルシス共和国へと移っていく。


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 あとがき
 オーリアー編終了です。
 いろいろと新キャラがでますねぇ。
 帝国編は八話でした。本当は七話で終わらせるはずだったんですが………。
 しかも次のネルシス共和国編は更に長いです。
 全何話になるかなぁ。
 では、新章で。




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