THE LAST DESTINY

 第二十二話 紙一重


「600年程前、俺は人間だった………」
 ジェイルは警戒を崩さずにアイオスの話を聞いている。アイオスは自分の過去を探るように言葉をゆっくりと紡ぐ。
「不思議に思うかもしれないが、『四鬼将』は全員、元は人間なのだ。経緯はどうあれだいたい同時期に『四鬼将』になっている。俺の場合は………」
 アイオスは一度言葉を切った。ため息を軽くついて先を続ける。
「俺は、恋人を殺された………。何故だと思う?」
「………」
 ジェイルは答えない。答えられるはずがない。それをわかっていてアイオスは返事を聞かずに言葉を続ける。
「あの当時、今のようなしっかりした創造神アルティメイヤ信仰があったわけではなく、各地に異なった方法で異なった信仰を持つ者が多かった。俺が生まれた村はちょうどこのオーリアーの辺りで、また違った創造神信仰が行われていた。俺と恋人は幼い時に両親を失い、二人で生きてきた。だが、あのことが俺の人生を狂わせた………」
 少しづつだが熱を帯びてくるアイオスの話にジェイルは、何か共感のような物を感じていた。
「ある日の朝………。いきなり俺達が住んでいた家の扉が開かれると村人達が数人入ってきた。そして何の言ったと思う? 『この娘は創造神に選ばれた。神への生け贄とする』と言ったんだ!!」
 アイオスの声に一気に激情が灯る。
「何が生け贄だ! 何が神に選ばれただ! 自分達が決めた風習に自分達が被害に遭いたくないがために、身よりのない彼女ならと、彼女を俺の目の前で火あぶりにしたのだ!!」
 ジェイルは動けない。
 アイオスの放つプレッシャーに完全に押さえられていた。
 アイオスの顔が自分の放つ言葉によって歪む。
「彼女は神を信じていた! 最後まで信じていた!! だが神は何もしなかった。できなかった!! 俺も村人達に押さえ込まれ彼女の死ぬ瞬間をはっきりと見せられたのだ………」
 アイオスは息を整えるとまた静かに語り始めた。
「そして俺はその夜村の住民を皆殺しにした………。30人ほどの小さな村だったのでな。楽だったよ………。そして俺は願った。神ではなく魔王にな。彼女を殺した人間達を、この世界を、俺の手で消せるような力がほしいと! すべてを無に帰せる力を手に入れたいと! そうして俺はギールバルト様によって魔族となった………。未だに目を閉じるとあの時の彼女の姿が浮かんでくるのだ………」
 アイオスは剣を青眼に構えた。ジェイルも再び構えをとる。
「これが俺が人間を憎む理由………。お前達が命を懸けて守ろうとしている人間達の本当の姿を見た結果なのさ………」
「おまえがどんな理由で人間を憎もうと知ったことではない」
 ジェイルは静かに口を開いた。
 この反応は予想していなかったのだろう。アイオスが怪訝な顔をする。
「俺は人間を守ろうと戦っているわけではない。俺が戦うのは己の正義のためだけだ」
 ジェイルは息をゆっくりと吸いだした。次第にジェイルの体の周りに青白い光が集まっていき、それに呼応するようにジェイル自身の闘気も膨れ上がっていく。
「俺の最大の技で相手をする………」
「………いいだろう。お前の『正義』とやらを見せてみろ」
「………いくぞ」
 ジェイルはアイオスに向かって駆けだした。体の回りに青白い光を纏ったままで。
「八式・奥義!」
 ジェイルがアイオスに肉薄する。
「光・塵・闘・武!!」
 瞬間、光が溢れた。音のない爆音とでもいうような無音の衝撃、一呼吸置いて、凄まじい粉塵が辺りを支配する。周りの大地は砕け、次々と空に舞っていく。その中、上空へ飛び出した影が一つ。叫び声も出さずに地面へと落ちていった。
 粉塵が晴れて、そこに見えたのは―――倒れているジェイルと立っているアイオスの姿だった。
「紙一重だったな………」
「………」
 ジェイルは答えられない。
 仰向けに倒れているジェイルの胸には深い斬撃の痕が残されている。
 アイオスはジェイルを一瞥すると城に向かって歩き出した。振り返らずに言う。
「次に会う時はもう少し強くなっていろ………。理想を語るにはそれに見合う力が必要だ………」
 ジェイルの体は意志に全く反応せず、動かない。
 次第に遠ざかっていくアイオスの足音を聞きながら、ジェイルは何故か昔の事を思い出していた。
 目の前でレッサーデーモンに殺された両親。それを前に悲しみに震える自分。グロッケン帝に引き取られ、毎日のように言い聞かされた魔族への憎しみ………。
 そして最後に、自分の声………。
(誰よりも強く………)
「く、そ………」
 それを最後にジェイルの意識は肉体から離れた。


 王座の間の扉の前には二つの人影があった。
「………ジェイルがやられたか………」
 一つはグロッケン帝だった。もう一つはアイオス。もう自分を守る者がいないというのに、グロッケン帝の表情は何の変化も見えない。
 アイオスは静かに、端的に用件を切り出した。
「………《ライデント》を渡してもらおう」
「断る」
 アイオスの用件を即座にグロッケン帝は否定する。
「おとなしく渡せば、苦しまずにすむものを」
「魔族なんぞに屈服だけはせんぞ! 《ライデント》儂の体内にある。取るならば儂を殺して取るのじゃな」
 アイオスはしばらくグロッケン帝を見据えてから口を開いた。
「ならば………」
 とその時、
「まて!」
 アイオスの後ろから声がした。アイオスが振り返るとそこにはライアスが立っている。
 王座の間の真正面は大きなベランダになっており、アイオスもそこからこの場所へ来たのだ。
「グロッケン帝、王座の間に入っていてください」
 ライアスの言葉にグロッケン帝は無言でうなずくと、王座の間へと入っていった。
 ライアスはホールになっている場所へと進み出る。アイオスは剣を構えた。
「『オーラテインの戦士』………いくらお前でもまだ私を一人では倒せない」
 アイオスは近づいてくるライアスに向けて言う。だがライアスは歯牙にもかけないと言わんばかりにアイオスの剣の間合いへと入った。
「確かにまだ勝てるかは怪しいが、傷を負っている今のお前ならば倒せるはずだ。右腕の握りが甘くなっているぞ」
「!」
 アイオスはライアスの観察眼に驚いた。
 傷は見た目上、完全に塞いだが痛みは消えない。
 その影響で握力が落ちているのを指摘されたのだ。
「いくぞ!」
 ライアスがアイオスに向かう。
 アイオスはあわてて構えを正してライアスを迎え撃つ。
 耳障りな金属音が部屋の中に響いた。




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