THE LAST DESTINY 第一話 神剣、継承 『隠れ里』と呼ばれているその村の朝にはいつものように刃のぶつかりあう音が響いていた。 村のほぼ中央にある広場では二人の青年が刃を交えている。 一人は澄んだような青髪、優しげな眼をしており、およそ剣士とは見えない容貌だ。対してもう一人は茶髪で顔つきも厳しい。二人ともハンサムであるが対称的である。村人たちは日課のように行われているその稽古を、これもまた日課の如く周りで見物している。 「はっ!」 茶髪の青年がかけ声とともに相手の青年に攻撃を仕掛ける。 「うわっ」 もう一人は相手の息つく暇もない連続攻撃に防戦一方になっている。だが、眼は激しい攻撃の中の一瞬の隙を何とか見極めようと必死だ。そして、一瞬攻撃に間が空いた。 「だぁああ!」 その隙をついて青髪の青年が剣を繰り出す。だがそれを読んでいたかの如く相手は剣をはじき飛ばし、そのまま剣を相手の喉元に突きつけた。周りから歓声が起こる。 「こんなフェイントに引っかかるなんて、まだまだだな、ライアス」 「稽古なんだから少しは手加減してくれてもいいだろう、ラルフ」 ラルフと言われた青年は剣を鞘に戻し、あらかじめ持ってきていたタオルで顔を拭く。 「手加減していたら、稽古にならないだろう」 ラルフは苦笑混じりの声で言い返す。ライアスという名の青年も用意してあった飲み物に口をつけて、地面に座り込んだ。いつのまにか周りにいた村人達は消えている。ちょうど二人の朝稽古が終わるのは朝食の時間なのだ。 「なんで同じ修行をしていてこんなに差ができるんだろう?」 ライアスは心底悔しそうに呟いた。ライアスとラルフは村の長、ディシスから剣の手ほどきを受けていた。手ほどきといってもディシスが技を見せ、それを本人たちが自分でその技をマスターするという形式で、結局は自分の努力あるいはセンスがものをいう。 確かにライアスとラルフは一緒に技を鍛えてきたが昔からラルフの方がセンスがいいのだ。 「だいじょうぶさ。ライアスの底力の強さは俺が保証するよ」 ラルフは気づかっているのか冗談なのかわからない口調で言ってくる。 「あまりフォローになってないよ」 そういって二人は笑い出した。目つきが鋭く近づきにくい印象を持つラルフだったがライアスを前にするとその顔にも笑みが絶えない。二人は昔からの親友だった。最初に二人の潜在能力の高さを見いだしたのはディシスであり、二人はお互いの力を認め、競い合い、絶えず己を高めてきた。いつの間にか二人は世界でも指折りの戦士に成長していた。 「そうだ、ライアス」 ラルフは稽古に行く前にディシスに言われたことをライアスに伝えた。 「ディシス様が、稽古が終わったら来るように、といっていたぞ」 「ディシス様が? 分かった」 ライアスは立ち上がるとディシスの屋敷に向かい始めた。 「ちょっとまてよ、俺も行くよ」 ラルフも後からついてくる。ライアスはラルフに目をやりつつ内心では言いようのない不安にかられていた。 (何かいやな予感がする………) ライアスはこれから自分を巻き込む運命を感じていたのかもしれない。 「ライアス=エルディス、ラルフ=コードウェル。失礼します」 二人はディシスの部屋に入りディシスの後ろ姿を確認すると床に正座をした。 「ディシス様、何のご用件でしょうか」 ライアスが訪ねると背を向けていたディシスがライアスたちの方を振り向き淡々と言った。 「お前達に伝える事がある。『魔王』が復活した」 それは簡潔で、突拍子も無いことだった。 あまりの唐突さにライアスは一瞬頭の中が真っ白になる。ラルフも同様だったようだが立ち直りは早かった。 「本当でございますか」 ラルフは反射的にそう質問してしまった。ディシスが嘘などつくような人ではないのはよく知っていた。ディシスは無言でうなずくと二人に視線を向けた。 「お前達も知っているように私は四百年前、魔王との戦い『災厄の終末』においての唯一の生き残りだ。私は、後に復活する魔王を倒す手だてを残すため『時の秘法』により肉体の時間を止め、今まで生きてきた。魔王の復活により世界が強力な魔気で覆われ始めている。それにより魔物もここ最近増え続けている」 ライアスとラルフは無言で目を合わせた。二人ともつい昨日村を襲おうとした魔物、レッサーデーモンを倒したばかりだった。『隠れ里』はディシスの特別な結界が張られていて、今まで魔物が入り込んできたことはなかったのだ。ディシスは二人の様子を見て続ける。 「昨日お前達が倒した魔物も、今までのものよりも力が上がっている。これは魔王の影響だ」 ディシスは二人が落ち着くのを待ち、本題を切り出した。 「ライアス」 「はっ、はい」 急に名前を言われて少しとまどうライアスにディシスは祭壇に奉られていた剣を持っていき、ライアスの目の前に差し出した。 「魔王が復活した時、この『神剣』オーラテインを用いて奴を滅ぼすことのできる聖剣士、それはお前なのだ」 ライアスは何も言えなかった。ただ無言で目の前に差し出された剣を手に取った。あたかもそれは自分の剣のように、いや、それ以上にライアスの手に馴染んでいた。 (俺が『魔王』を倒す?) (聖剣士? 『神剣』?) ライアスは戸惑いながらも、ディシスに言われたことに何も違和感を感じなかった。自分の中にある聖剣士としての、『神剣』を継ぐ者としての宿命を無意識のうちに感じていたのだ。しかし、ふと、ライアスは疑問に思ったことを口にする。 「でも、俺よりもラルフの方がふさわしいのではありませんか?」 言われてラルフは驚いた顔でライアスを見る。ディシスは答える。 「ラルフがおまえに劣っているとか、そういうことではない。おまえでなくてはいけない理由があるのだ」 「その理由とは?」 ライアスが訊いたその時、 「ディシス様!」 突然、声が屋敷に響くと廊下を急いで駆けてくる足音が聞こえ、ライアスたちのいる部屋のドアが開けられた。 「ディシス様、魔族が襲ってきました!」 部屋に入るなりそう叫んだ男は肩に手を当てうずくまる。指の間からは血が出ていた。 ラルフは部屋の外に飛び出す。 ライアスもオーラテインを手にすぐにその後を追おうとするが、一度立ち止まりディシスの方を振り返り尋ねた。 「俺に………、『魔王』を滅ぼす事なんてできるのでしょうか?」 ディシスは倒れている男に応急処置をしつつ、目線をライアスの方に向け逆に尋ねた。 「ライアス、お前は何のために戦う? 何を守りたい?」 ライアスはその言葉を聞いた瞬間、弾かれたように部屋の外に出ていった。 「そう………、それでいい………」 ディシスは満足げに呟いた。 |