THE LAST DESTINY

 プロローグ


 それは、うごめきながら徐々にクレーターの底から這い出していった。
「絶望の大陸」ゴルネリアス。遙か昔、魔族と神の力を借りた人間達の戦いの場となった大陸。
 未だに戦いの傷跡を残すその場所にひときわ大きなクレーターがあった。
 伝承によれば、そこは「魔王」ギールバルトが封印されたとされている。
 そのクレーターから何かが。
 敢えて言うなら、「闇」が。
 実体のないはずの闇がうごめいて出てきているのだ。
 それは少しずつ形を変え、人のような形になった。そしてクレーターから大地に「足」を踏み出すと、それははっきりとこう言った。
「我は甦った………」
 絶望の大陸に再び絶望が舞い降りた………。


 ゴルネリアスと海を挟んでちょうど反対に位置するミュージィー大陸。その大陸最大の国家、フォルド公国の女王リアリスの表情はここ数日晴れ渡ることはなかった。
 数日前、「星の予言」と呼ばれるリアリスだけが持つ予知能力によって魔王復活が啓示され、その頃から急に魔物の数が増えてきているのだ。腰まで届く美しい、艶やかな黒髪にふさわしい気品あふれる顔立ちにも今は不安からか影が落ちている。
「陛下………」
 声のした方へ目を向けると、大神官である息子、リーシスが立っていた。母譲りの慈愛に満ちた瞳、いつもは国民全てに向けられているその瞳も今は一人の人物、母親に向けられている。
「いつまでもこんな所にいると、風邪を引きます」
 リアリスはもう30分近くも王宮のベランダにいた。春が終わり夏に入りかけの今の季節もやはり夜は冷える。
「ごめんなさい、リーシス。でも………」
「母さん」
 リアリスの言葉を遮って、リーシスは静かに、しかしはっきりした口調で言葉を続ける。
「たとえ魔王が復活しても、僕がみんなを、母さんを守ってみせる」
 言い終わるとリーシスは歩いていき、扉の前で止まるとリアリスの方に振り返り、もう一度念を押すように言った。
「フォルドは、僕が守る」
 そしてリーシスは部屋から出ていった。
「でもね、リーシス………」
 リアリスは今し方言いかけた言葉を呟いた。
「あなたは自分を犠牲にしてみんなを守ろうとする………。傷ついても、苦しくても、表に出さず………母さんにはそれがつらいのよ………」
 そう言葉を紡ぎ出すリアリスの表情は女王から一人の母親になっていた。


 リアリスの他にも魔王復活の気配を感じている者がいた。フォルドから南。名前もない小さな村、その村の存在を知る者、その村に住む者には「隠れ里」と呼ばれている。
 村の長、ディシスは自分の屋敷の祭壇の前にいた。黒いローブを身にまとい、坊主頭と一見魔導師のなりだが、ローブの下に隠れている体つきはどうみても戦士だ、精悍な顔つきで若い時はかなりの二枚目だったと容易に想像がつく。
 ディシスは祭壇に奉られている一振りの剣をしばらくの間ずっと眺めていた。
 その剣の刀身は淡い光を放っており、剣の柄の部分には4つの宝玉が菱形に埋め込まれている。
「あの時の償いをする時が来たようだ」
 ディシスは部屋から庭に出た。月明かりが庭を照らし、まるで別世界のようだ。
 ディシスは遙か遠く、ゴルネリアスの方に目を向けるとまるで誰かに話すように呟いた。
「もうあの時の過ちを繰り返しはしない………」
 その瞳はどこか悲しげに見えた。




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