THE LAST DESTINY 第十七話 帝国にて 暗い廊下に静かな足音が響きわたる。足音は一定の調子を崩さずにまっすぐ進んでいく。 その足音はある部屋の前に来ると唐突に終わった。 「失礼します」 足音の主は数回扉をノックしてから中に入った。部屋の中も廊下のように暗かった。その部屋はよけいな調度品もなくベッドと椅子だけがぽつんとあった。椅子には入ってきた人物に背を向けるように座っている人影がある。暗くてよくわからないがどうやら男のようである。 「フォルドから連絡が入りました。『オーラテインの戦士』がこちらに向かっているとの事です」 入ってきた人物が告げると、椅子に座った男は自分に声を投げかけた人物にゆっくりと自分の体を向けた。そして馬鹿にしたように嘲りの気持ちを含んだ声で言う。 「ふん………。所詮は旧時代の戦士。たががしれておろう、なあ、ジェイル」 ジェイルと呼ばれた男は表情を崩さぬままに言葉を続ける。 「しかしフォルドではあの『四鬼将』と『八武衆』とをリーシス王子と共に退けたと聞きます」 「リーシス王子と共に戦えば誰でも勝利を勝ち取ることはできる………。そのための『フォルドの魔人』だろうが………」 ジェイルの目の前の人物は、目に何か異質の光を宿してジェイルを見つめる。 「ジェイル。お前はその『オーラテインの戦士』に負ける思うか?」 ジェイルは答えない。だが目の前の男はその沈黙をNOと解釈したようだ。 言葉を待たずに言葉の先を続ける。 「我々にそんな者など必要ないのだ」 静かだったが断固たる決意がその言葉の中にあった。 「………失礼します」 ジェイルは来た時と同じように一定の足音を響かせながら退出した。それを見送ると男は再び扉に背を向けて座る。 「必要ないのだ………。我々は誰かに頼ってはいけない………。いけないのだ………」 男は苦々しく言葉を口に出した。男の名はグロッケン。『精霊帝国』オーリアーの皇帝である。 「いつ見てもすっごい森ねー」 ティリアが感嘆の声を上げる。ライアスも口には出さないがすごい、という感想を持った。 フィレーネ山を下りオーリアー帝国領に入ってから一ヶ月と少し。いくつかの町を抜けて、もうすぐ帝都が見えるという位置に来るとそこには広大な森が広がっていた。 本格的な夏の日差しを浴びて森は葉を生き生きとさせている。 『精霊帝国』の名の通りオーリアーは昔から精霊・キグニスとの契約によって国の平和を保ってきた帝国で、特に帝都の周りには精霊が住むと言われる『精霊の森』が広がっている。 ライアスにとっては聞いた事はあったが実際見ると思わず感嘆の声を上げたくなるほど広く、森の中に帝都が埋没しているような印象を受ける。 「ティリアは前にも見たことがあるのか?」 「うん。あたし元々こっちの方から来たんだもの」 ティリアは軽く首を上下して答えた。まだ森に見入っているらしい。 「故郷はここなのか?」 ライアスが訪ねると今度はライアスの方を向いて首を振る。 「違うよ。ネルシスの本当に端っこの小さな村なの」 ティリアはそう言うと帝都の向けて歩き出した。ライアスは何かまずかったかなと思いながら後を追った。 (まあいいか………) 嫌なことは嫌だと、好きなことは好きとこの子は本当にはっきり言う。ここ数日一緒に旅をしてライアスはティリアに対してそう言う感想を持った。その彼女が言わないのなら何か言いたくない訳でもないのだろう。嫌だとはっきり言わないところが少々引っかかるが気にしないことにした。 (言いたくなったら言ってくるだろう) そんなことを考えているうちに二人は森の中に入った。森には帝都に続く道が幅広く取られているほかには本当に何もなくひたすらに木々が両側にそびえ立っていた。 「こうして木々に囲まれているとなにか気分が良くなってくるな………」 ライアスが独り言を言うと聞こえたのかティリアも話に乗ってくる。 「そうよね、やっぱり精霊が住んでいるから何か特別な力でも働いているのかな?」 「まあ、そうかもしれないね」 森は虫の声は少なかった。二人の言葉が森の中に吸い込まれていく。 不意にティリアがつぶやいた。 「魔王が復活しているなんて嘘みたい………」 「ほんとだな………」 ライアスも本当に聞こえるか聞こえないかという声でつぶやいた。そのまま二人は無言で歩いた。オーリアー帝国帝都はもうすぐそこである。 オーリアー帝国帝都の城を訪れると門番はこちらへ、とだけ言い王座の間に通された。 間取りなどはフォルドのそれと同じだった。 (こういう間取りだと決められてでもいるのか?) そうライアスが不思議がっていると奥にある扉が開き、二人の人物が姿を見せた。一人は老人で黒いローブを身に纏い、顔には口ひげに、何か相手を威圧するような光を持つ目があった。もう一人は髪は長髪で金髪で後ろに垂らしている。目つきは鋭く端整な顔立ち、オーリアー帝国の紋章の入ったジャケットを着て、下は動きやすそうなズボンをはいている。 老人の方が王座に座り、傍らに男が座る。ライアスとティリアはその場にひざまずいた。老人―――グロッケン帝が話し始めた。 「おまえが『オーラテインの戦士』か………。思ったよりも優男だな」 グロッケン帝は感情のない声で言う。 「はい。ライアス=エルディスといいます」 「旅仲間のティリア=ノクターンです」 二人は畏まって告げるがグロッケン帝は意にも介さぬといった調子で言葉を紡ぐ。 「我々オーリアー帝国は代々、精霊の加護の元長い間この地を守ってきた。今更他の者の手助けなどいらない………。宝玉はお前に与えるからさっさとこの地を出ていくがよい」 その態度にティリアがキレた。 「な………何よその言い方は! いくら何でもひどすぎるわ!!」 ティリアは思わず立ち上がり叫ぶ。 「やめろよ、ティリア!」 ライアスもティリアを止めようとするが、ティリアは聞こうともせずに言葉を続ける。 「オーリアーの帝都はここから出ていく人も訪れる人も激しく嫌う。聞いたことがあったけどここまで言うなんて非道すぎない!? 今、こうやってしゃべってるあたしも無礼かもしれないけどそんな事を初対面の人に言うあなたも十分無礼だわ!!」 ティリアは一通りしゃべり終えてからグロッケン帝をじっと見据える。グロッケン帝はしげしげとティリアを見てから口元に笑みを浮かべ、静かに言った。 「我々が外来の人間を嫌い、ここから出ていく者を許さぬのは、自分達の力を自負し、流出を防ぐため。そんなに我に認められたければその力を見せるよい」 「力って………」 「ここにいる男はな、オーリアー帝国師団長ジェイル。『フォルドの魔人』リーシス王子には流石に及ばぬが人類でも5本の指にはいるほどの実力者じゃ、この男を倒すことができたらお前達を認めてやろう」 グロッケン帝の言葉に反応したようにジェイルが玉座の横から広間に降りてくる。 「よーし………。やってやろうじゃ―――きゃっ!?」 ティリアが前に出ようとしたとたんに顔の前に腕が出てきて進路を遮った。そうしてライアスが代わりに前に出る。 「ちょっとライアス! こいつに身の程を教えなきゃ………」 ライアスはティリアに向き合い、静かに言った。 「あいつには君は勝てないよ」 「え?」 ティリアはきょとんとしてライアスの顔を見ている。ライアスはジェイルの方に向き直り言葉を続けた。 「落ち着いて見ればあいつがどれだけ強いかわかるだろう? ここは俺に任せなよ」 ライアスはそう言うと前に進みジェイルの前に立った。グロッケン帝がライアスに話しかける。 「ふん………。おもしろい、おまえの力試させてもらおうか………。さあ、その剣を抜くがよい」 「この剣は魔の者にしか反応しないんですよ」 ライアスはそう言うとオーラテインを鞘ごと抜くとティリアに投げて渡した。あわててティリアが受け止める。 「どういうつもりだ………」 初めてジェイルが言葉を放つ。ライアスは真っ正面にジェイルを見据えて言う。 「あなたは徒手空拳だ。なら俺もそれに会わせるのが礼儀ってものですよ」 グロッケン帝は笑みを浮かべたままにライアスに言う。 「ジェイルは古くからこのオーリアーに伝わってきた『精霊武闘』(スピリット・アーツ)の使い手なのだぞ。同じ条件で勝てる分けがなかろう」 「俺も師から剣術だけ習ったわけではありません。俺が習ったすべての技術で戦いますよ。あなたに認めてもらえるようにね」 そう言ってライアスは構えた。右肩を後ろに下げて左半身をジェイルに向ける。ジェイルも右腕を中段に構える。そしてジェイルはライアスに向かって駆け出した。ティリアはその瞬間確かにライアスの唇が動くのを見た。なぜか言っている内容がわかった。 「このままなめられっぱなしっていうのもな………」 ティリアは静かに笑った。 |