THE LAST DESTINY

 第十二話 ティリアT


 フォルド公国首都を出発して三週間が過ぎた。ライアスを乗せた馬車はいくつかの街を抜けて、今はフォルドとオーリアーの国境であるフィレーネ山のあるセンザの街に着いていた。
 時刻はもうすぐ夕方になろうとしている。夏に入り、蒸し暑さが辺りを覆っている。
「では、ご無事で」
「ありがとうございます」
 従者はライアスに言葉をかけて、元来た道を戻っていった。ライアスはしばらく遠ざかっていく馬車を見てから、街に入った。夕方とはいえ、街はにぎわいを見せている。国境の街だけあっていろんな所から旅人が集まってくるようだ。街ゆく人の姿は旅装束が多い。
「さて、とりあえず宿を探さなきゃな」
 ライアスは泊まる所を探すために歩き出した。しばらく行くと人だかりができている。
「てめぇ!! いいかげんにしろよ!!」
 人だかりの奥から男の怒鳴り声が聞こえてくる。ライアスは人だかりの外側の人に近づくと、何が起こっているのか聞いた。
「どうしましたか?」
「どうやら破落戸が旅の女の子に難癖を付けているようだよ」
 ライアスが少し背伸びをして見てみると、確かに4,5人の男に囲まれて女が一人いた。
 髪は少しオレンジがかっていて三つ編みにして背中にだらんと下げている。上はライトアーマーに下は短パンといった出で立ちで、見たところ旅の女剣士と言ったところだ。破落戸達はなおも罵声を女剣士に向けるが、当の本人は全く意に介していないようである。めんどうくさそうに破落戸達の言葉を聞いている。そして一通り破落戸達が言い終えるとあきれているように言った。
「言いたいことはそれだけ? あたし急いでるのよ。とっととどいてくんない?」
「なんだとこらぁ!!」
 破落戸の一人がすごんでみせるが女剣士には全く効果はない。さっさとこの場から離れようとしている。
「まちな!」
 破落戸が再び女剣士を取り囲む。
「口のへらねぇ女だぜ! 少し痛い目を見てもらおうか!」
 破落戸達は身構える。すると女剣士は高らかに笑い出した。
「なにがおかしい!!」
 予想外なことに破落戸達も動揺を隠せない女剣士はそんな破落戸達を見て言った。
「痛い目見てもらうって! 笑わせないでよ! 身の程って物を教えてあげるわ!!」
「やろぅ!」
 破落戸が一斉に飛びかかる。だが女剣士はその内の一人に跳び蹴りを喰らわして包囲から逃れる。
「いけ、てめえら!!」
 破落戸のリーダー格らしい奴の命令に3人が同時にかかっていく。だが次の瞬間、破落戸どもは人だかりの方へ吹き飛ばされていた。
「な………なんだ………?」
 何が起こったかその場にいた者で理解できたのはライアスだけだった。
(あの一瞬で、3人の腹に当て身を入れたんだ」
 女剣士は飛びかかってきた破落戸をちょうどカウンターの形で衝撃を倍加させて吹き飛ばした。もちろん一瞬で3人にそれだけの攻撃を加えるのは至難の業である。
「もう終わり? だらしがないわねぇ」
 女剣士は吹っ飛ばした破落戸達の方を完全に軽蔑した目で見ている。
「いい加減にしやがれ!」
 残った破落戸、おそらくリーダーなのだろうが、その男が腰の剣を抜いた。遠巻きに見ていた野次馬達も緊張する。
「ぶっ殺してやる!!」
 男は完全に開き直って女剣士に斬りかかる。その頭に剣が振り下ろされようとした時、フッ、と女剣士の姿が消えた。少なくとも野次馬にはそう見えた。その刹那、
「ぐふっ!?」
 破落戸は他の男達と同様に軽く2メートルは吹っ飛ばされていた。女剣士は剣を振り下ろしてきた破落戸の懐に一瞬で飛び込んで当て身を繰り出したのだ。
「時間の無駄ね………」
 女剣士は何事もなかったかのようにその場を離れていく。その時、ふとライアスと視線があった。
「あ………」
「………?」
 女剣士は小さく声を上げた。その声には驚きの色が混じっているがライアスには距離があってそのことには気づかない。すぐに女剣士はきびすを返してその場から立ち去った。
「………さて………、俺も宿を探さなきゃな………」
 ライアスもその場から去る。野次馬も四散していった。


 少ししてその場に人影が現れた。
 先ほどの女剣士である。
 辺りを見回して何かを探すようにしていたが見つからないのか動作をすぐに止めてしまった。
 だがその顔はとても満足そうである。
「やっと見つけたよ………オーラテインの戦士………」


 ライアスは街のかなりはずれの方にある宿に泊まった。やはりセンザについた時間が時間であることや、魔王が復活してからというものオーリアーへの交通手段が塞がれている状態なためこの街に人が留まる。よって宿屋が開いているのはよっぽど悪いか、知られていないところだけである。ライアスが泊まった宿屋は後者の方で、食事もおいしく環境もそんなに悪くなかった。
 ライアスは朝食をとっている。そこに近づいて来る影があった。
 そして断りもなくライアスの横の席に座り込む。
「はぁい」
 話しかけてきたのは昨日の女剣士だった。人なつっこい笑顔をライアスに向けている。
「なにか?」
「あたし、ティリア=ノクターン。旅の剣士なの」
「いや………それで………?」
 ライアスはこの女剣士―――ティリアの言おうとしていることが分からない。
「あなたの名前は?」
 ティリアが問いかけてくるライアスは少し警戒しながらも質問に答える。
「………ライアス=エルディス」
「へぇ………ライアスかぁ………」
 ティリアはかみしめるようにライアスの名前を小さく繰り返すと不意に視線を向けてきた。
「ねぇ、ライアスはオーリアーに行くんでしょう?」
「………ああ………」
 ライアスはまだ警戒している。
「そんなに警戒しないでよ。あたしは怪しくも何ともないわ。私も行きたいだけなの、それでフィレーネ山を越えるのに腕の立つ奴と一緒に行きたいだけなのよ」
 ライアスはティリアの持つ雰囲気に警戒を緩めていった。
「でも昨日の腕前からするとそんなこと必要ないんじゃないのか?」
「まあ念には念よ」
 ライアスはこのティリアという少女に興味を抱き始めていた。
 実力に関してもそうだがこの、何か自分中心のような一種の強引さ。
 悪びれないところなどライアスの周りにはいなかったタイプだ。
 ライアスは少し迷ったあげくに言った。
「まあ………いいよ」
「ほんと! ラッキー」
 ティリアは顔いっぱいに笑顔を浮かべる。自分の感情を隠そうとせずに出してくるこの少女にライアスは好感を持ってきていた。ふと、ライアスの頭に疑問がよぎる。
「そういえばなぜ、俺が腕が立つと思うんだ?」
「雰囲気よ」
 すかさずティリアは答える。
「あなただって分からない? 何となくこの人は強い! ………とか」
「ああ………まあね………」
 ライアスも人の身のこなしや言動などを注意深く見ていればそのくらいのことは分かる。
 しかしライアスは自分の力をなるべく他人に見せないように控えめに行動していたつもりだったと自分では思っていた。
「やっぱ隠したってばれやすいのよね」
 ライアスの心を見透かしたようにティリアは言う。ライアスはフッと笑うとメニューを差し出した。
「朝食食べたのか? そうじゃなかったら食べなよ。ここの料理はなかなかおいしいよ」
「へぇー、実はそうなんだ。食べよーっと」
 本当に不思議な奴だ。ライアスは思った。




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