THE LAST DESTINY 第十話 大戦、終わる 「お兄さま………」 消え入りそうな声でエリーザが兄の名を紡ぐ。すさまじい閃光が宝玉から発せられた後、ズレイスはそこに映るリーシスとフェリースの闘う様子を見ていた。無論リアリスとエリーザが少しでも妙なまねをしたら、即座に斬りつけることができるように注意を払っている。 そして宝玉を向いていたズレイスの眼がリアリス達の方に向けられた。 「この闘いは確かに興味がありますがいつまでも見ているわけにはいきませんね。さあ!《ライデント》を渡しなさい」 ズレイスは先ほどよりも強い魔気を放ちリアリス達に近づく。 「渡しません!! あれが魔族にとって大切な物ならなおさらです!」 リアリスが言うと突然ズレイスの表情が険しくなり、凄まじい剣幕でリアリスの肩に手をかけて投げ飛ばした。 「あうっ!」 「お母様!」 慌ててリアリスの元に駆け寄ろうとするエリーザの前にズレイスが立ちふさがる。 「下手に出てればいい気になりやがって!! 渡さないだぁ? てめえらに今の状況で選択する権利なぞ存在しねえんだよ!!!」 先ほどとはあまりに違うズレイスの様子にリアリスもエリーザも声が出ない。リアリスは立ち上がろうとするが、エリーザは完全に腰を向かしてしまっている。 「どうしても渡さないなら………少々痛い眼にあってもらうぜ!」 そう言ってズレイスは剣をエリーザに斬りつけた。 「ああ!」 剣はエリーザの足を切り裂き、ドレスのスカートの部分が血で赤く染まっていく。 「エリーザ!!」 リアリスは悲痛な叫び声をあげる。エリーザは痛みのため、ただうずくまっている。 それをズレイスは髪を掴み無理矢理立たせる。エリーザは小さな悲鳴を上げた。 「あんたは自分が傷つくのを恐れないそうだな。なら自分の大切な物を傷つけられるのはどうかな?」 そしてズレイスは次々とエリーザの体を切り刻んでいく。そのたびにエリーザは悲鳴を上げドレスは血に染まる。 「やめて!!!」 そしてリアリスはズレイスに向かって、正確にはエリーザに向かって駆け出し、タックルの要領でエリーザをズレイスの手から奪い反対側の床に倒れ込む。 「エリーザ! エリーザ!」 リアリスは狂ったようにエリーザの名を呼びながら回復魔法をかける。エリーザはあまりの激痛に気を失っている。そこにズレイスが迫ってきた。 「そこまで逆らうなら仕方がない。殺してからゆっくりと探すとしよう」 ズレイスが剣を振り上げる。リアリスは盾になる格好でエリーザを抱きしめた。 「死ねぇ!」 (ライアス様………) 瀕死の、意識が無い状態で、エリーザはその名を思い浮かべていた。 ズレイスが剣を振り下ろそうとしたその時、壁の一部がけたたましい音を立てて崩れ去り、そこから突風が空気の弾丸のようにズレイスに襲いかかる。 ズレイスは反対側の壁まで吹き飛ばされた。 「がっ………ぐっ。いったいなんだ!?」 ズレイスもリアリスも空気の弾丸が飛んできた方を見る。ちょうど目を覚ましたエリーザはその煙の中に自分の待っていた人の気配を感じ、その名を呟いた。 「ライアス様………」 その声は弱々しくも喜びに満ちていた。 「大丈夫ですか、女王陛下! 姫!」 ライアスは急いで二人の所に駆け寄る。エリーザは安堵から再び気を失い、リアリスは回復魔法をかけ続けている。 「ライアス殿………」 リアリスも表情に余裕が戻ってきている。 「あいつは俺に任せてください。防御結界は張れますか?」 「ええ、張れますが」 「ならば、お願いします。俺達の闘いに巻き込まれないように」 ライアスは立ち上がりズレイスの方に近づいていく。リアリスは言われたように防御結界を張った。これで生半可な攻撃ではこの結界は貫けない。 「あなたがオーラテインの戦士ですか」 ズレイスは芝居がかった口調でライアスに話しかけた。 「私は『八武衆』が一人、ズレイスという者です。以後、お見知り置きを」 ライアスは黙ってズレイスを見据えて微動だにしない。その体からは溢れんばかりの闘気が滲み出ている。ズレイスは溜息混じりにいった。 「やれやれ………こういうときは自分も名乗るのが礼儀でしょう」 しかし今度はライアスが一瞬笑みを浮かべて口を開いた。 「魔族に礼節も礼儀もあるのか。だが、以後は無い」 「何?」 ライアスの言葉にズレイスは言葉に怒りを含み始めた。 「その言葉、あなたが私を倒すと言っているように感じますが」 「闘えば分かるさ」 ライアスは静かにオーラテインを構えた。その様子を見ていたリアリスはライアスの姿を見て違った印象を感じていた。 (ほんの数時間前と雰囲気がまるで違う) ほんの数時間前、宝玉を取りに行く前はこのような感じはなかった。体からは凄まじい闘気が出ているのにまるで気負いが感じられない。腕は立つがまだ戦士としては未熟だった者が急に歴戦の戦士の風格を身につけたかのようだ。 「ゲオルグとライネックを倒したからといって少し調子に乗っているようですね」 ズレイスは既に怒りが体中に浸透しているようだったが極力抑えて言う。だがそんな努力もライアスの一言で無駄になった。 「余り無理しない方がいいぞ。口調がわざとらしい」 その瞬間、ズレイスはライアスに向かって剣を振りかざした。 「貴様ぁあ!」 ズレイスが剣を振りおろすと、剣から何か衝撃波のような物がライアスに向かって飛んでいった。ライアスがそれを躱すと後ろの床が耳障りな音と共に深く抉れる。 「俺を侮辱した罪は死を持って償え!」 ズレイスは衝撃波を連発しながらライアスに近づいていく。ライアスは向かい来る衝撃波を躱しながら間合いをはかる。 「どうした、さっきまでの威勢は!」 ズレイスはさらに衝撃波を繰り出し、ライアスは徐々に壁際まで下がっていく。そしてついに壁に背がついた。 「もう逃げ場は無い!」 ズレイスは逃げ道をふさぐようにライアスに周りに衝撃波を放ち、それと同時にライアスにも衝撃波を放った。 「ライアス殿!」 リアリスが叫ぶ。だがライアスは口に笑みを浮かべた。 「避けられないなら破るまでだ!!」 ライアスの体が突然光に包まれ、自らズレイスに向かって突進していく。 「疾風斬!!」 闘気を巻いて光の固まりになったライアスは次々と衝撃波を弾きとばし、ズレイスの眼前に迫った。 「ぬぅおお!」 突然の事にズレイスは反応できず光の固まりにはじき飛ばされた。ライアスは少し離れた所に着地する。振り向いた時にはズレイスの絶叫が響いていた。 「ぐぅあああああああああああ!!!!」 ズレイスの右肩から腕にかけては跡形もなく消えていた。付け根の部分からは血の代わりに黒いもやのような物がうごめいている。 「貴様ぁ、きさまぁああああ!」 ズレイスの顔が今までになく歪む。苦痛と憎しみのために。ライアスは静かにそんなズレイスを見据えながらオーラテインを振り、光の球が次々と生まれていく。 「これで最後だ!! 閃光烈弾!」 生み出された光の球が一斉にズレイスに向かい、直撃した。爆炎が上がり次々と炸裂音が響く。リアリスがその光景を見て安心して結界を解こうとしたその時、ライアスの後ろにズレイスが出現した。 「!?」 ライアスは反射的にその場を離れる、そこにはズレイスの衝撃波の跡がくっきりと残っている。 「なんだと………?」 ライアスは信じられないようにズレイスを見る。あの状態であの攻撃を躱せるはずがない。そう思っていた。現にズレイスの右肩から先は先ほどのように無い。 ライアスが躊躇していると、ズレイスの姿がいきなり消えた。 すると次の瞬間にはすぐ後ろに気配が生まれる。 「うわっ!」 ライアスは何とか反応しオーラテインでズレイスの斬撃を受け止めた。 それを弾くと同時にズレイスに向かって斬りつけるが、その姿はかき消えてライアスの遙か前方に表れる。 「どういうことだ………?」 ライアスの疑問にズレイスは自ら答えた。 「『八武衆』にはそれぞれ独自の特殊能力が備わっている。ライネックは土を操れる。そして俺は空間を渡ることができるのだ!!」 ズレイスの姿は、またかき消えて少しのタイムラグの後、ライアスの真近に気配が生まれる。ライアスはその場からすかさず飛び去る。 そこを衝撃波が抉っていった。 (やはり、消えてから現れるまでに少し時間がある) 先ほどから続いている攻撃は確かに少々のタイムラグがあるようだ。たとえ空間を渡る事ができても姿を現した時には気配が生じる。その気配をライアスは感じ取り、何とか攻撃を避けているのだ。ズレイスもその事には気づいているようだ。 「ふむ………これではキリがありませんね」 口調がすっかり元に戻っている。落ち着きを完全に取り戻しているようだ。 「でも、これ以上はフェリース様が持ちそうもないので決めましょうか」 そう言ってまたズレイスはかき消える。ライアスは精神を集中させてズレイスの気配を探る。ズレイスの気配が現れた瞬間、ライアスはその場から飛び退くが今度はその後ろに気配が現れる。 (!!) それに気づき、またしてもそこから飛び退くが一瞬遅く、ライアスの左足から鮮血がほとばしる。 「くうぅ………」 ライアスは足を抱え込み、呻きながら前にいるズレイスを見据えた。ズレイスの顔には気味の悪い笑みが張り付いている。 「気配を表せば避けると思って引っかけたのだよ。その様子ではもう私の攻撃は避けられないでしょう」 「………そうだな………」 ライアスはゆっくりと立ち上がる。左足の太股からは無視できない量の血が流れている。 顔は苦痛に歪んでいたが、瞳はまだ少しも輝きを失ってはいない。 「確かに避けられない。なら、これが最後の賭だ………。こい!!」 ライアスはオーラテインを構える。ズレイスはその様子を見て顔にさらに笑みを浮かべた。 「最後まで戦い抜くとは、格好いいではないですか。望み通り、行って差し上げましょう!」 ズレイスは姿を消す。この時、エリーザは顔にかかる穏やかな風のために目を覚ました。 そして確かにエリーザは分かった。その風はライアスの方から出ていることに。 リアリスもズレイスも気づいてはいない。ズレイスは先ほどのようにフェイントを使い気配を消したり表したりでライアスを攪乱しようとする。ライアスは目をつぶり神経を集中しているようだ。そして、 「とどめだぁ!!」 ズレイスの声が響いた瞬間、ライアスの目の前にズレイスの影が出現しようとする。 しかしその影は消えて今度は真後ろに現れた。これが本命の攻撃のようだった。 だがズレイスは次の瞬間、驚愕の表情を浮かべながら絶叫をあげていた。 そこにはライアスのオーラテインが待っていたのである。 「ぐがぁぁぁああああ」 オーラテインは出現したズレイスの胸を貫いていた。ズレイスは剣を落とし苦悶の表情を浮かべて問う。 「なぜ………お………おれ……の………がふっ」 ズレイスの口からは血が吹き出し、言葉に詰まる。 ライアスはそんな様子のズレイスに説明した。 「お前が空間を渡る時には空間に歪みが生ずる。それを掴むためにオーラテインの力で本当に弱いそよ風を吹かせたんだ。おかげで現れる時の出現場所をだまされずに見極められたんだ」 「ライアス様!」 エリーザがライアスに向かって声をかける。 その刹那、エリーザの近くで何かが光ったのとズレイスの 「見つけた!!」 という声が聞こえたのはほぼ同時だった。いきなり残っていた手がズレイスの体から離れたかと思うと、かき消えてエリーザの近くに出現した。 「きゃあああ」 「しまった!」 エリーザの悲鳴とライアスの叫びが重なった時、ズレイスの手はエリーザの側を通り過ぎた。いや、正確に言うと通り過ぎる瞬間、手はエリーザの十字架のペンダントを奪い去ったのだ。 「いけない!」 リアリスがあわててその手からペンダントを取り返そうとするが、一足遅く手はペンダントを持ったままかき消えてしまった。ズレイスは笑いながらライアスを見ている。 「はははははははははは………」 その目はもう既に常軌を逸してしまっている。その姿は徐々に消えていき、ついに黒い霧となって消え去った。ライアスはオーラテインを納めてエリーザの元に駆け寄る。 「大丈夫ですか、姫」 「ええ、大丈夫です」 エリーザはライアスに向けて安堵の表情を向けて言う。 「でも、王家の十字架が………」 エリーザはリアリスに向かってすまなそうに言う。リアリスも表情に不安を隠しきれない。 「大変なことにならなければいいのですが………」 リアリスは次にはっきりと言った。 「あれが《ライデント》なのです」 リーシスの繰り出した何度目かの拳が、フェリースの腹に深く食い込む。 「ぐうっ!」 しかしフェリースはその反動で回し蹴りをリーシスの肩口へと加える。 「がっ!!」 リーシスとフェリースはもうこれで何度目になるのか分からないほどに地面に叩きつけられた。 お互いに息は荒れているがリーシスの方はまだまだ余裕があるようだ。 リーシスが立ち上がってもフェリースはまだその場に突っ伏している。 「もうそろそろ限界のようだな」 リーシスはフェリースに少しずつ近づいていく。フェリースは目だけをリーシスの方に向けている。フェリースのすぐ側まで来るとリーシスは拳に法力を集中していった。 「これでとどめだ! 無に帰れ!!」 リーシスが拳を振り上げたその時、フェリースのセンサーアイがある物をとらえた。 その刹那、フェリースは素早くリーシスから離れる。 リーシスの拳はフェリースがいた地面を深く抉った。 フェリースはしばらく何かを探すようにあたりに視線を巡らせ、やがて一点を見るとそこに向かって飛んでいく。 リーシスは出方が分からずに体勢を整えている。そしてフェリースは空中の一点で止まるとそこに何かが飛んできた。フェリースはすかさずにそれを掴み高らかに笑い始めた。 「あははははは………これで任務完了ね」 「なに?」 リーシスはフェリースの出方が分からずに動けない。 「リーシス王子! またいつか会いましょう」 そう言うとフェリースの姿がかき消えた。それと同時に周りを覆っていたドームも消え失せる。 「どういうことだ………」 リーシスがしばらくその場にたたずんでいると、リーシスを呼ぶ声が瓦礫の向こうから聞こえてきた。魔法兵団の兵隊達である。 「ご無事でしたか!」 「お怪我は?」 口々に言いながら瞬く間にリーシスを取り囲む。 「僕は大丈夫だ。それより街の魔物の状況は?」 「はい。それが………ドームが消えたと同時に魔物達も撤退しました。今何部隊かが追跡していますが王都外までは撤退しているようです」 「そうか………では1時間戦闘態勢を持続した後、何もなかったら市民を解放する。すぐに復旧作業を始めてくれ。僕は女王陛下の所へ行ってくる」 リーシスは法力の力で王座の間まで飛んでいった。フェリースが撤退したのは目的を達成したと言うことだ。リーシスは内心気が気でなかった。もしリアリスやエリーザの身に何か起こったら………と思うと身が引き裂かれそうだ。とにかく今は無事を信じてリアリスの元に行き、現状を把握するしかない。もちろん最悪の事態も考えなくては………そう思いながら王座の間にたどり着くと、そんな心配はどこかに消え失せた。 そこには傷を負っているが無事なリアリスとエリーザ、そしてライアスが立っていた。 「リーシス。状況は?」 「はい。魔族は王都外へと後退。しばらく戦闘態勢を持続した後。市民を解放して復旧作業を開始します」 「任せましたよ。気を抜かないように」 いつもと変わらない淡々としたやりとりにエリーザは静かに笑いを浮かべる。リーシスはライアスの方に顔を向けて言った。 「ライアス、君は女王陛下達についていてくれ」 ライアスは一瞬迷ったが、はっきりと言った。 「分かったよ。リーシス」 リーシスとライアスはお互いに笑みを浮かべた。 |