THE LAST DESTINY

 第九話 《ライデント》


 ライアスがライネックを倒しフォルド城へ向かっている頃、フォルド城門前では凄まじい闘いが展開されていた。
「はっ! はっ! はっ!!」
 フェリースは連続して黒い球を生み出し、リーシスへ向かって放つ。
 それをリーシスは片っ端から手にした剣で一刀両断する。
 真っ二つにされた黒い球はそのまま地面に激突しすさまじい爆発を起こした。
 並大抵の威力ではない事は分かるが、そんな球をリーシスは余裕に、そう余裕を持って軽々と斬って捨てているのだ。そんなリーシスの様子にフェリースは動揺していた。
(まさかこれほどの力が………)
 リーシスとフェリースの様子を比べれば明らかにフェリースの方が押されている。
 実際に攻めているのはフェリースであるが、リーシスはこれまで一度たりとも自分から攻撃してはいないのだ。
 リーシスの絶大な闘気がフェリースにプレッシャーを与え、フェリースはやむなく攻撃しているという状況である。
「おまえの力はその程度か?」
 リーシスがおもむろに口を開く。フェリースはそれだけで大量の闘気が自分を包み込んでいくような感覚を味わっていた。何かが体の底からこみ上げてくるように思われる。
(恐怖を感じてる? そんなばかな!?)
「やはり力ではあなたの方が上か………」
 フェリースは心に生まれた動揺を必死で隠そうと言葉を紡ぐ。
「分かったのなら、この結界を解いてここから立ち去れ」
「あーら、まだ負けたわけではないわよ」
 フェリースの言葉にリーシスは一瞬顔をこわばらせる。
 フェリースはかまわずに言葉を続けた。
「確かにあなたの方が力は上でしょうけど、じゃあ何で自分から攻撃してこないのかしら? 答は簡単、あなたが本気になって攻撃するとこの結界内一体が吹き飛ぶからよ。あなたがそこから動かないで私の攻撃を受け続けたのは被害を最小にとどめようとしているからでしょう」
(やはり頭が切れるな………)
 リーシスは内心、このフェリースという魔族に賞賛を送っていた。
 見事なまでの戦術、観察眼………。確かにフェリースの言う通りだった。
「でも、いつまでもそれじゃあ駄目なんじゃない?」
「なに………?」
 リーシスはフェリースの真意が読めなかった。
(確かにこのままでは硬直状態だが………まさか!?)
 リーシスの頭にある一つの可能性が浮かぶ。リーシスは叫んだ。
「貴様………まさか!」
「気づいたみたいね」
 フェリースは会心の笑みをもってリーシスに返答する。
「自分を囮に使ったのか!」
「あっははははは………」
 フェリースの高笑いが響く中、リーシスは拳から血が出るほどきつく握り締めた。
(まさか、敵の大将が囮になるなんて………考えが甘かった!!)
 リーシスは搾り出すように言葉を紡ぐ。
「そうして自分が囮だというのを言ったという事は」
「そう、もう既に私の打った手が目的の物を手に入れている頃よ」
 その瞬間、リーシスの闘気が瞬時に膨れ上がった。
 闘気が生む衝撃でフェリースは吹き飛ばされる。
「な………なに!?」
 呆気にとられるフェリース。
 そしてリーシスがフェリースを見つめる視線には、明らかに先ほどとは違う物が含まれていた。
 即ち、殺気。
「僕を本気で怒らせたな………」
 フェリースは動かない、いや、動けなかった。リーシスの放つ気があまりにも強大で蛇に睨まれた蛙の如くその場に立ちつくしたままだった。
「もう街を破壊したくない、なんて甘い考えが通用する事態じゃなくなってきたな。これからは全力を持って貴様を滅ぼす!」
 そう言うなりリーシスは剣を前に構え呪文の印を踏み始めた。一気に法力が刀身に集まり出す。
「くっ!」
 フェリースはその場から飛び退くが既に呪文は完成していた。
「聖・魔・炎・滅!」
 刀身に凝縮された法力は絶大な威力を持って解放される。
 目が眩むばかりの閃光はフェリースへ一直線に向かった。
「くっ、よけきれない!」
 フェリースは向かってくる法力の固まりに正面から対峙し、剣を構えた。
 するとフェリースの周りを黒いものが包み込む。
「バリアーか!」
 リーシスが言うのとフェリースに法力が直撃するのはほぼ同時だった。


 城ではリーシスとフェリースの闘いが玉座の間中央の巨大な宝玉に映し出されていた。
 そこにはフェリースを圧倒しているリーシスの姿がある。
「お兄さま………」
 エリーザは兄の闘いぶりに安心しているようだ。リアリスも同じように見えるが、何か釈然としないものを感じていた。
(あれだけの魔力を持つ魔族が何故あんな単発な攻撃を………)
 先ほどからフェリースは生み出した魔力球でしかリーシスを攻撃していない。
 まるで何か大技をくりだそうとしているかのような―――そう思った矢先だった。
 何かがリアリスに向けて飛んできたのは。
「!?」
 リアリスは反射的に身を躱すが、躱しきれずにその「何か」は肩口を切り裂いた。
「くっ………」
「リアリス様!」
「お母様!!」
 周りにいた兵士やエリーザがリアリスに駆け寄る。
 だが次の瞬間、「何か」が飛んできた方向の壁が音を立てて崩れ落ちた。
「なんだ!?」
 誰かが叫んだ時、またしても「何か」が飛んできた。
 それはリアリスの周りにいた内の一人の首を飛ばしていた。
「きゃああああああああ」
 エリーザが恐怖に悲鳴を上げる。そして穴が開いた壁の方には一人の男が立っていた。
 抜き身の剣を持ち、全身を黒い甲冑に包み、髪は銀色で背中まで伸びている。
 瞳は金色でその奥に何の思考もとらえることはできない。
 その男は淡々とした口調で話しかけてきた。
「お初にお目にかかります。リアリス女王陛下」
「あ………あなたはいったい………?」
 リアリスの口調は傷のためか苦しそうである。そんなことは意図も介さずに男は言う。
「私の名はズレイス。『八武衆』が一人にございます」
「『八武衆』!」
 リアリスは驚きの声を上げる。また周りの神官達も動揺に声を上げる。
「魔族の精鋭『八武衆』がここまでくるとは………」
「だが、警備の兵はどうした! 2,30人はいたはずだぞ!」
 神官達の言った言葉にズレイスは無表情だった顔に笑みを浮かべながら答えた。
「ああ………いましたね。でも私に向かってきたので殺してあげましたよ………一瞬でね!」
「なんということだ………」
「王宮騎士団の精鋭だぞ………それを意にも介さずに………」
 深い絶望感が神官達の中に広がる。ズレイスはその光景を、嫌悪感を引き出す笑みを浮かべて見ている。
「ま、まさか!」
 リアリスは突然声を上げるとズレイスに向かって言った。
「あの………フェリースという魔族、自分を囮に使ったのですね………」
 回復魔法で少し楽になったリアリスは、今度ははっきりとした口調で言う。
 ズレイスはリアリスの問の答えに拍手を持って返した。
「すばらしい! といってもこの状況ではあなたほどの人なら気づくでしょうけどね。その通りですよ。フェリース様は最大の障害、リーシス王子を自らの手で引きつけたのです。しかし流石のフェリース様もリーシス王子相手では危険です。私は用件を早くすまさなければなりません」
 そう言うとズレイスは剣の切っ先をリアリスの元に向けた。
「リアリス女王陛下………。《ライデント》を渡してもらいましょうか」
「《ライデント》!!」
 リアリスは思わず身を固くする。ズレイスは少しずつ近づいてくる。
「あれはやはり………魔族の物なのですね」
「わかっているなら渡してください………あれはあなた達が持っていても何も役に立ちません」
「確かにあれの用途は分かりません。でも我々にとって害になる物とは想像がつきます。わざわざ、400年前に神がフォルドに預けたのですから」
「そう、400年前使うことのできなかった《ライデント》を今度こそ使うために、さあ、早く渡せ!」
 ズレイスの口調が荒くなる。と、その時、リアリスとエリーザを囲んでいた6人の神官達が一斉にズレイスに向かって駆け出した。
「女王陛下は俺達が守る!」
「魔族覚悟!!」
 神官達はズレイスに向けて一斉に法力を発射しようとした。その瞬間、ズレイスの声が響いた。
「馬鹿め!」
 そして何か閃光のような物が走ったとたん、向かっていった神官達は悲鳴を上げる暇すらなく無惨にも胴体と下半身が離れて床に横たわった。
「あ………ああああ………」
 エリーザは恐怖で声も出ない。リアリスも、もうその場から動くこともできない。
 ズレイスは神官達を切り裂いた時に血のついた剣を手にさげて、二人の目の前まで来た。
「さあ………《ライデント》を渡してもらいましょう………」
 ズレイスが剣を振り上げたその時、突然すさまじい閃光と共に爆発音が響いた。
「なんだ?」
 ズレイスが視線を向けると、そこにはリーシスとフェリースの闘いを映していた宝玉がある。だがそれにはもう何も映ってはいなかった。
「今の閃光………」
 エリーザはリアリスに問おうとするが、リアリスは既に気づいていた。
「リーシス………あの呪文を使ったのね………『メキドの火』を………」


「さすがだな」
 リーシスは吹き付けてくる爆風の中、呟く。リーシスの魔法が炸裂した周囲の建物などは跡形もなく消え失せ、地面には巨大なクレーターができている。しかし爆風の中心には確かに人の影が映っていた。やがて噴煙が収まってくると、そこには周りを覆っているドームと同じ、くすんだえんじ色の球があった。
 そしてそれがなくなると中からフェリースが出てくる。
「僕の最大呪文、『聖魔炎滅』を防ぎきるなんて、さすが魔族トップクラスの力の持ち主の事だけある」
 だがフェリースは完全に余裕をなくしている。明らかに苦痛の表情を浮かべ、今の攻撃のダメージが決して少ない訳ではないことを物語っている。
「忘れないわ………」
 フェリースは喉の奥から絞り出すように声を出す。
「そう………忘れないわ………。『聖魔炎滅』、400年前私を滅ぼした魔法………」
「へえ………」
 フェリース言葉にリーシスは感嘆を含んだ声を上げる。フェリースはそんなリーシスにかまわずに言葉を続ける。
「そう、400年前、私は当時の大神官と対峙して今の魔法をくらって消滅したわ。それを繰り出した大神官の方も法力と共に命を使い果たしたけれど………。私は同じ過ちは2度と繰り返さない方なの。対抗策ぐらいは用意してあるわ」
「だが流石に防ぎきれなかったようだな。剣がそんな様子じゃ戦えまい」
 フェリースは自分の剣を見る。フェリースの剣は所々に亀裂が入り、戦闘に使うのは不可能な状態になっていた。フェリースはバリアーを剣から発動させていたようだ。
 バリアーの負荷は剣に直接行くためこのようになったのだ。
「さあ、この国から立ち去れ………それとも大人しく俺に滅ぼされるか?」
 リーシスは剣を構えフェリースに問いかける。だが、次に起きたのは魔族の撤退でも滅びを選ぶことでもなかった。
「はっはははははははは………」
 フェリースは突然、かなりの勢いで笑い出した。それは普通の笑いではなく。明らかに狂喜をはらんでいる。リーシスは背中に走る悪寒を感じずにはいられなかった。
「何がおかしい!」
 思わず声を荒げるリーシスにフェリースは笑いを止め言う。
「リーシス王子! 私は、あなたは頭がかなり切れると思ってとても楽しみにしていたのよ。闘うことを! でも、失望したわ、ここまで頭が悪いなんてね!」
 フェリースは吐き捨てるようにリーシスに向かって嘲りを含んだ瞳を向けて言う。
「何がだ?」
「簡単よ」
 リーシスが聞き返した瞬間、フェリースの明らかに弱っていた魔気が爆発的に上昇する。
「最初に言ったでしょう。この空間は魔族に力を与える………。今までの会話でだいたいの力は回復した。そして!」
 次の瞬間、フェリースは剣を投げ捨てるとリーシスに向かって突進してきた。
「!」
 あまりのことに一瞬、対応が遅れる。
 迫ってきたフェリースの拳がリーシスの腹にめり込んだ。
「ぐ………は」
 リーシスはとっさに後ろに飛びダメージを軽くしようとしたが、それも間に合わずに後ろに飛んだ反動で地面に倒される。フェリースは攻撃の手を止めずに倒れているリーシスに向かって拳を叩きつける。だが、今度はリーシスもそれを躱して間合いをとる。
 フェリースも後を追わずにファイティングポーズを崩さないで話し出す。
「私は、剣よりも格闘のほうが得意なの………『四鬼将』の力を甘く見ない事ね」
「ああ………確かに僕が………悪……かった………」
 腹への一撃が効いているのかリーシスは苦しそうに言うが、次の瞬間には剣を大地に突き刺してフェリースのようにファイティングポーズをとる。
「私と格闘で勝負する気?」
「400年前には無かっただろう………。フォルド魔法体術『流星体法』、受けてみろ」
 リーシスの体の周り、特に両の拳に法力が集まってくる。
「法力を投げてぶつけるのでなく、直接相手に叩き込むのね………おもしろい!」
 フェリースはリーシスに向かって駆け出していく。その表情には歓喜が混ざっている。
 リーシスも同様に駆け出し、お互いの距離が一気に詰まる。
「はあああああ!!!」
「おおおおおお!!!」
 二人の拳がぶつかりあい閃光と爆発が辺りを支配した。




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