はるか昔。 まだ、この国に神々が居た頃。 この国には『魔剣』と称される剣があった。 それは世界を構成する元素を司り、自由に操る事が出来た。 その灼熱の炎で―― その清らかな水で―― その力強い刃で―― その激しき風で―― その荒々しい雷で―― その絶大なる力はあらゆる害を消滅させてきた。 禍々しき、人々の悪意が形となった怪物達を屠ってきた。 それら全ての力を手に入れた時、その者は世界を手に入れるという……。 その伝説は徐々に風化し歴史の中へと消えていった。 そして、今。 物語の扉は開く。 周りには奇怪な形をした化け物達の死体が並んでいた。 体に走る斬り裂かれた痕には、沿うように炎が燻っている。 人が死んだ後に漂う物とは違うが、確かにその場は死臭で埋め尽くされていた。 夢。 この惨状は夢。 夢を見ていた。 これが夢だということは分かる。 こんな場所は自分の近く、いやこの日本にあるわけがない。 見渡す限りの草原。 こんな自然は近代日本に残ってはいないだろう。 「全て片付けたな」 声のした方向に顔を向けると自分と同じように手に剣を握った男が立っている。 その男の剣の周りはほのかに光っていて――何かバチバチという音がした。 黒い長髪が顔を隠してはいるが、その奥に光る眼光は紛れもない殺気を放っている。全身を黒い鎧で覆っていて、しかしその鎧は化け物達の返り血で真っ青に染まっていた。黒と青が混ざり藍色へと変わっているその鎧を見て思わず、綺麗だと思った。 「さて、今度は俺達だ……」 手に持つ剣の切っ先がまっすぐに自分へと向けられる。 それに呼応するかのように自分も右手に持つ剣を向けた。その時になって初めて、俺は手に持っていた剣を見た。 剣は炎に包まれていた。 真紅で、とても圧倒的な力を持つ炎。刀身を取り巻くように炎が滑っている。 肌をちりちりと焼く熱さがその炎の温度を直に伝えてくる。 だが、俺は知っていた。 この炎は自分を焼く事はけして無いのだと。 この炎は『敵』を屠るためだけに燃えているのだと。 そして―― 「行くぞ」 相手の男が駆け出した。迎え撃つ形で地面に足を踏ん張る。 自分の中にある何かが警告していた。 男はお前の敵だ、と。 眼前に男が迫る。 圧倒的な殺意の波動が押し寄せる。 上段から渾身の一撃が振り下ろされた。 そこで、意識は途絶えた。 ひどく寝覚めの悪い夢だった。 俺は上半身をベッドから起こして頭を振る。 体中の毛穴という毛穴から汗が吹き出ている感じだ。 夏も終わりに差し掛かり、もうすぐ秋に入るというというのに。まるでサウナの中に入っていたような感覚。 「……頭、いてぇ」 口に出すと少しは和らぐと思ったがさほど効果はない。 しばらくベッドに腰掛けて頭を押さえていたが、結局、今日は学校を休むことにして再び布団に体を包む。大量の汗と濡れた寝具が体温を奪っているのは分かっていたが、今の俺には動いて着替えようとすることも重労働となっていた。 痛みに耐える俺の耳に、階段を上がってくる足音が聞こえる。 「ご飯よ」 階段を上ってきた足音がそのまま俺の部屋の前に止まり、ノックの音と共に言ってくる。母さんの声。 「いらない」 ぶっきらぼうだったが、その口調の辛さに気づいたのか部屋に入ってくる。 「大丈夫、隼人?」 「あまり大丈夫じゃないね」 額に当てている手がひんやりとして心地いい。しばらくその気持ち良さを感じていたかったが、母さんはすぐに手を離した。 「じゃあ、学校には欠席を伝えておきますからね」 「うん。よろしく」 母さんはクローゼットの中にあるもう一つの寝具を俺の前に出して部屋を出ていった。俺は何とか立ち上がって着替えると、ベッドに再び横になる。 ひどく脱力感があった。 凄まじい殺気をしばらくの間浴びつづけていたからだろうか? (あれは夢だぞ。現実じゃない) 自分に言い聞かせるが、夢という言葉では説明できない物がある事も事実。 夢の中で自分に当てられた殺気はやけに現実味を帯びていた。 思い出すだけで背筋に冷や汗が浮かんでくる。 「なんなんだよ……」 そう呟いて、目を瞑った。 疲れていたせいもあるだろう。 意識がなくなるのはそう遅いことじゃなかった。 次に眼が冷めた時、部屋にはカーテンがかかっていた。 かすかにカーテンの隙間から入ってくる日の光が、すでに夕方だと教えている。 朝起きた時の時間がおそらく七時頃。 今、時計を見ると午後四時を指していた。ここまで寝ると頭の痛さは無くなっていたが、逆に体が気だるい。 過度な睡眠は体に害をなす。 「それは仕方ないが……」 気になったのは自分が寝ているベッドのすぐ傍に寝ている人影だった。 「おい、夏海」 そう言って揺さぶるとベッドの縁に頭を伏せて寝ていた女の子――港 夏海は目を擦りながら自分を見てきた。 「あ、隼人ぉ。おはよう」 「おはよう。今日も相変わらずのんびりしてるな」 「うん。わたしのいいところだもん」 夏海は立ち上がった。大きく背伸びをすると着ているセーラー服の上が上がり、へそが丸見えになる。 「お前、だらしないぞ。もう高二だろうが」 思わず言ってしまう。顔も赤くなっているだろうが部屋も薄暗い事だし気づかれる事は無いだろう。 中学からの付き合いだが、年相応の体つきになってきたのに行動が子供だといろいろと目のやり場に困る事がある。 「隼人、照れてるの?」 「馬鹿言うな」 これ以上話すとぼろが出そうだったからとりあえずベッドから出た。 いつの間に取り替えたのかは朝の記憶はあまりなかったが、朝に汗を吸っていた寝具は新しい物になっていた。そしてそのシャツはたいした濡れてはいなかった。せいぜい寝汗程度だ。 どうやら悪い夢は見なかったらしい。 「それにしても、いつの間にいたんだ?」 「学校が終わってから。今日渡されたプリントを持ってきたの」 そう言って俺の机の上を指差す夏海。 「……確かに受け取った。だからもう帰っていいぞ」 いつもならもう少し話しているが、何故か今はそんな気分じゃなかった。それは夏海が嫌だ、と言うわけではなく何か得体の知れない予感があったからだ。 「でもおばさんがまだ帰ってないんだよ。帰るまでお願いって頼まれたし」 「まだ?」 それも妙な話だった。 いつもなら既に晩御飯の用意をしているはず。 そして俺は気づいた。 この部屋を得体の知れない気配が包み込んでいる事に。 「なあ……」 俺は違和感の正体に気づいて呟いた。 背筋を悪寒が駆けていった……。 |