明日の世代に託す物

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 昔、俺は魔法が使えたんだ。家の庭を駆け回っていた愛する息子と娘にそう言うと二人は笑って、まさかーとかお父さんのことだからへちょいのでしょう? とか、可愛らしいことを言ってきた。叩いたり殴ったりと子供なりの暴力をトッピングして。どうして子供は口と手が同時に出るんだろうか。親の教育が間違っているのかと不安になる。それでも妻は、他の奥様も自分達の子供のやんちゃに困ってるらしいわよ。だから心配しなくてもいいんじゃない? なんて言う。そうか、あの子達は普通なのか。やはり普通に育ってほしいものだ。青々とした草木が茂る庭の中央で格闘ごっこだ! と殴り合いを始めた二人から目を離し、掌を握ったり開いたりする。
 俺は確かに魔法を使えた。あれはもう二十年も前になる。
 誰もが俺に注目し、そして恐れた。なんだあの力はと近寄る奴らはみんな、傷つけて。今から考えれば三下どもを手下にして暴れまわった。俺達なら世界征服も夢じゃないと大言を吐いて。実際、俺達のチームは強かった。傍若無人に振舞って、物も盗んだし人さらいもした。考えられる悪事に手を染めた。妻はその時に拉致して楽しんだ女の一人。でも、たった一人で気丈に振舞い、自らの力で最後まで貞操を守りきったところを見初めた。それ以来、二人の絆を深めつつ血と肉の残骸の上に俺達は立ってきた。
 そう、あの男が立ち塞がるまでは。
 俺達のチームは既に数百の者達で構成されていた。それをたった一人で壊滅させたあの男。思い出すだけでもむかっ腹が立つが、完全なる敗北だったのは潔く認めるしかなかった。自らの肉体一つを極限にまで高めて、一人向かえば二人がなぎ払われ、二人で挟み撃ちすれば四人が返り討ちにあった。恐ろしいまでの倍返し。三十日もすれば残りは俺と妻だけになった。俺は奴に言ったのさ。女は関係ねぇ。俺を倒せばこのチームは壊滅だ。一対一で勝負つけようじゃねぇか。するとどうだ。男は鼻で笑いやがった。曰く、散々手下けしかけて物量で来た男が言うことかよ、と。否定できねぇ。でもな、俺は言ってやったよ。俺達は悪よ! 褒められねぇことをやるからこそ悪なのさ! てな。だから堂々とあいつに向かったね。俺には魔法がある。どんな相手でも恐れおののき、ひれ伏させる魔法がな! 必殺の一撃を繰り出せば勝負がつくと思っていた。いくら強靭な肉体でもこの魔法には適わない。一介の戦士が、この俺に勝てるはずが無い。でも、男は、信じられない光景を見せ付けた。俺が作り出した大きな光球を拳一つで破壊して見せた。全てを燃やしつくし、消滅させてきた俺の魔法を奴は拳で砕いたのだ。人外の力が、人間の極地に敗れた瞬間、俺の中で何かが砕け散った。確かに必殺の一撃を繰り出して勝負が付いたよ。あいつの、一撃でな。
 そして俺は、魔法の力を失ったんだ。
 ああ、思い出すだけでも腹が立つが仕方が無い。世界を統べる魔王となりかけた俺が最後の最後に人間の可能性に敗れた。思い切りすかっとする方法で。だから腹は立つが悔いはない。ないからこそ、こうして人間と共存して生きていけるのだから。俺の目の前には殴り合って血が滴っている娘と足蹴にされている兄。それを遠くから見て恐れつつも微笑んでいる人間の子供がいる。その傍であいつが微笑んでいる。俺にも笑みを向けている。傍に綺麗な嫁さんを持って。昨日の敵は今日の友とはよく言ったものさ。過ぎた日をこうして懐かしむのも悪くはない。今後は、息子達の世代なんだから。一際大きい音を立てて、娘はロデオ兄さん弱いー、と勝ち名乗りを上げる。俺と揃いの黒翼を広げ、浮遊しながら喜んでいる娘を見ていると、微笑ましくなる。今は無邪気に戯れているがいい。
 世界を賭けて人間と争うことになるのか。それとも完全に協調して暮らしていくのか。それを決めるのは、俺達の世代の行動次第だろう。
 願わくば、穏やかな世界を息子達に渡したいと思う。
 魔法のような破壊の力などではなく、俺自身の拳の力で。


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