青春の輝き

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 会社へと続く坂道には沢山の光が溢れていた。
 泣く子も母親と共に笑っている朝八時は、登校時間のメインらしい。中学生高校生入り混じったこの坂には昨日のテレビ番組について話していたり、ラケットバッグを担ぎなおしていたり、あるいは参考書を読んだままだったり、女子が男子と並んで微笑んでいたりとほんわかした音色が奏でられている。陽光までが柔らかく彼らを包んでいるようだ。実際、まだ蕾に過ぎない若人達を天が守っているんだろう。
 そんな空間に混じっている、俺達のような社会人達も数名。黒いスーツが坂を上る姿を、今の学生達はどう見ているのだろうか。
 過去の自分はどうっていたかというと、全く覚えていない。
 中学や高校の頃の自分は、大人に構えるほど世界は大きくなかった。好きな子の姿を追いかけて頬を緩ませたり、大好きな友人達と笑いながら歩いていた。きっと大人達から見れば幼い発言もしただろう。注意されても「大人は何も分かっていない。俺達は大人が思うよりも分かってる」とか言って、悟った振りして語り合っていた、はずだ。今にすればなんとバカな。愛すべきを超えておろかなバカだった。でもそれも大人へと進むための儀式だと思えるようになった。
 受験も控えて徐々に未来への足音が聞こえてきているはずだったのに不安よりも楽しさが多かったのは、共に過ごす仲間達の尊さとなんだかんだ言って学生ならではの時間の余裕のなせる技だったに違いない。社会に出ると確かに世界は広がったし自分の能力を駆使して渡っていけた。学校という箱庭の中よりも遠く高い世界へと羽ばたいていけた。俺達の肩甲骨は羽となった。
 でも、空を飛べるようになったからこそ地上を懐かしむ。
 過去にいた場所に懐かしさを感じる。
 もう戻らないものに手を伸ばすことは、まるで禁断の果実を取るような……コンビニのシャープペンの芯を万引きする時のような興奮を俺に残す。それをググッと堪えて、会社へと続く坂道を登る。
 社会人になって三年間歩き続けた坂。途中にある分かれ道の先に高校や中学があるらしく、学生服を来た男子女子が歩みを進めていた。新人の時に共にこの坂を登った高校生達はもう大学へと進み、いなくなったんだろう。中学生だった子達は高校生となり、何人かは制服を変えてまた登り続けているんだろう。少年少女からの脱皮。制服を着替えて、脱いで……。
 若者達に囲まれて歩いているとなんともいえない気持ちになる。これから先、彼らにどんな未来が待っているんだろうか。学校が変わって離れ離れになるカップルもいるのか。それで相手に新しい恋人が出来て、涙にくれてた時に傍にいてくれた異性に惹かれて、一週間も経たないうちに新たな恋に落ちる。でもその人にはすでに恋人がいて……。
 未来を想像するのは楽しい。あどけなさが残る少女達の顔は楽しそうで、でも裏側に少女特有の残酷さや男子への狡猾さを含んで生きている。
 あの制服の膨らみの下は会社の同期にも勝る女の子は少なかったり、あの顔はやはり同期に勝る女の子は少なかったり、あのスカートの短さは同期とか別にして敵わなかったり。五分も歩けば汗が滲むくらいの角度はあるこの坂では、距離があれば先にいる女子生徒のスカートの中身は見えてしまう。無論、見たくて見たいわけじゃない。見えてしまうのだから仕方が無い。
 俺は神に誓って覗いてはいない。
 視界に入って、しまうんだ。
 それに幸福を感じてしまうのも仕方が無い。
 男なんだから。
 制服。少女。うら若き乙女。制服のスカート。
 外し方を遂に学べなかった制服上。無邪気な微笑み。
 ここは最高の道だ。会社へ行くのが楽しみで仕方が無い。
 青春の輝きは俺の心を癒してくれる。明日への活力を生み出してくれる。奥底にしまった思い出の欠片をそっと取り出して、見せてくれる。
「青春って素晴らしい!」
 わざと掠れ声にして絶叫する。聞かれないように。でも聞かれたら恥ずかしいがむずむずと気持ちよいからと折衷案。
 結果、怪訝そうな顔をして何人かの生徒が見る以外は特に問題はなかった。三年間続けてきたんだ。四年目の今年も、これからも。
 もっと青春の輝きを取り入れていこう。
 一瞬で失われ、一瞬で生まれていく。はかなくも尊いこの輝きを。
 坂の上にたどり着くと共に楽しい時間も終わりを告げる。
 目の前には重苦しい会社の門。色気がない自動ドア。筋骨がある程度隆々の守衛。にこやかにおはようございますと言ってくるのにどうしてこんなに切ないんだろうか。
 挨拶に応えて会社内に入り、エレベーターで同じような男達に囲まれ、降り、自分のデスクへと向かう。ああ、大人臭い。大人の輝きよりもまだ俺は若者の煌きが好きらしい。デスクについても課長の禿かけた頭からの反射くらいしか俺に元気を与えてくれない。
 そんな課長が、俺を見て言う。
「城野君」
「はい」
「一月後くらいに、君は○○県に転勤することになるから」



 一瞬の輝きは、一瞬で、失われるらしい。


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