生者への手紙

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 お父さん、お母さん。俺を生んでくれてどうもありがとう。
 ここまで歩んでこれたのも、あなた達のおかげです。人生が終わる時に過去を回想するというのは、やっぱり未練があるからだろうか。それとも、今までを振り返って地上との繋がりを断ち切るための儀式だろうか。
 そこに答えは出ないけれど、一つ言えるのは。
 俺は、幸せだったと思う。なかなか順風満帆な人生じゃなかったけれど、それでも悔いはない。今まで生きて、悔いはない。



 ああ、一番古い記憶から呼び起こされてくる。普通は逆なんじゃないかと思うよ。だってそうだろう? 記憶を『掘り起こす』って言うならさ……まあいいか。どちらにせよ語ることになるんだし。



 一番古い記憶は三歳の時にブランコに跳ねられて片目が潰れそうになった時だったよ。これは後でお母さんに聞いたから、実際には俺の記憶じゃないのかもしれないけれどね。話してくれた時は肝を冷やした、と笑って言っていましたが、俺はしばらく夢にうなされたよ。夢の中で何度も俺はブランコにはねられた。瞼の上をばこーん!とさ。それが全然痛くないの。さすが夢だね。ただ、血が流れてくるのはやけにリアルに感じられたんだ。あれこそリアリティというやつか……現実にどうかとかじゃないんだよな。



 次に浮かんだのは、初めて失恋した時だ。小学校の四年の頃で、小学校対抗のバスケ大会が開かれることになって、俺は選手に抜擢された。正直、あまりバスケは上手くなかったけれど、たくさん放課後に練習したさ。その時、俺をよく見ていた女子がいた。何度か目があっちゃって互いに苦笑いしたっけ……結局それは、俺の視線の先にいた審判の田中ジョベス(日系三世だったらしくて、なんかエキセントリックな魅力が女の子達の心をわし掴んでいたらしいよ)に向けたラブビームだったらしいよ。ちょうどよく俺が審判に被るんだよな。まあ、ボール持ってる選手を審判から俺が隠してちょっとしたラフプレイさせたりする役割だったんだけれど。ジョベス元気してるかなあ、てか、この前葬式に行ったんだった。百メートルは二十秒かかる鈍足だったけれど、閃光のように走り抜けた人生だったよなあいつ。



 どうも自分が死ぬ時って他の人のこと考えられなくなるな。心広い人間じゃないと駄目だわ。そうそう。確かにジョベスに視線は向いてたけど俺は無謀にも告白しようとしたよ。冬休み、デートに誘って。幸い電話をかけられるくらいの関係ではあったしね。



 ……転校しちゃったけどね。




 俺が。



 あ、あ、ああ〜。記憶が行っちゃった。



 あれ。あっちから凄い勢いで高校時代の記憶が走ってきた。初めて彼女が出来た甘酸っぱい三年間の記憶だよ(感涙)
 中学ってナンデスカ? 美味しいモノ?



 懐かしいなぁ。もう略奪愛? ってやつ? 名前……もう覚えてないけど、まず可愛かった。目が顔の半分くらいあって、キラキラしてて。少女漫画のヒロインを導くお姉さんみたいな人でさ。正に物語の中から飛び出たような人だった。その人をめぐってマジでクラスの男子がしのぎを削ったんだよな……俺は二十六番目に付きあえて、三日で別れて。でもそれは三年間を甘酸っぱい記憶にしてくれた、かけがえのない三日間だった。明日に進むには必要な、約束された三日間だったね。
 それにしても二十七番目の男子っていうか、クラス最後の男子は最後まで抵抗してたけどね。なんか「俺は洗脳されない!」とか。何を思っていたのか。あんな素晴らしい人の毒牙にかかりたくないなんてさふふふ……あはは……



 そんな幸せのまま三年が過ぎて大学で俺が裸でナマ――プチッ








「どうしました?」
「いや、もう良いと言うか」
「この『自分の子供の感謝の言葉を聞こうシミュレーションサービスver.遺言』は気に入りませんか? お二方のデータを反映して最良の言葉を送っていると思われますが」
「……なんかごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」
「いやいや。こちらもサービスですから。気に入る気に入らないはお客様次第ですから。子供を生む前にどんな人生か不安になったら、いつでもいらっしゃいまし」



『生者への手紙』closed



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