ただ一つ確かなこと

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「俺はね、考えるんだ。世界には食糧難に憂いでいる人がたくさんいる。争いに巻き込まれて死んでしまう人がいる。殺人犯になってしまう人もいるし、殺されてしまう人もいる。良い大学を出ることが出来ても社会に対応できずにフリーターになったりニートになったりして最後には引きこもり、アニメや映画や漫画に逃避してしまったりする人もいる。家族の白い目に耐え切れず親を殺したり、自分が死んだ後が不安だからと子供を殺す親もいる。ほんと、死ぬなら自分だけ死んでくれって思うね。他の人は良い迷惑だよ。この前ドラマでそんなストーカー出てくる話あったよ。あとニュースではネットカフェ難民とか増えてるって言ってた。親と仲悪いのかな? 地元からどっかに出てきて泊まれないのかな? ネットカフェ行ったことないから寝心地とか悪そうだけど。それにしても成功者達には支援するけど失敗した人達に政治家はなにもしてくれない。自分の身を自分で守れない人にこそ国家の庇護が必要だと言うのに。それなのにお役所はだらだらと業務中に遊んでいたり、ちゃんと仕事しなかったりする。たらい回しされたりさ。もうね、あの覇気のない顔見るだけでちゃんとしてくれって思うよ。民営化? とりあえず民に任せたら潰れちゃまずいから頑張るんだっけ? ならなんで一部しか民営化されないんだろ。皆すればいいのにね。国は無能だなぁ」
「うるさい」
 走らせていたシャープペンを止めて、和美は言った。明らかに怒ってる。当然のことを……日本の未来について語っていただけなのに。これから先を担うのは俺らみたいな若者なのに。
「何、怒ってるのさ。考えることは必要だよ和美。このままじゃ日本はどんどん悪くなる。世界も温暖化進んでるし、どうしたらいいかえらい学者さん達が考えてるけれど、俺らも何かを考えないと駄目なんだ。地球は大事だよ。確かに俺らが便利になったのは過去の人達が築いてくれた歴史があるからだけど、そこから受け取った負の遺産を少しでも軽減して先の世代に渡さないと。俺らの子供達とかさ。和美の友達の子供とか、隣のクラスの袴田の子供とか。日本史の先生も言ってただろ? 先生みたいな年寄りはもういいから君達が住み良い未来をどうすれば実現できるか考えてほしいってさ。だから俺は考えてるんだよ。ニュース見ながらさ。でも見ているとどんどん問題点ばかり浮かんできてさ。解決策を考えるのも大変だよ。だからずっと考え続けないといけないんだ。考えて考えて。答えが見つかるまで」
「そんなことは今はどうでもいいでしょ。とりあえず課題が先」
 突きつけられたレポート用紙。タイトルは『将来の夢』だ。俺も同じのがあるけど、正直バカらしい。なんでこんな小学生が書きそうな課題をしないと駄目なんだ。俺らはもう高校生だ。俺が考えるべきは自分の将来よりも日本の、世界の将来だ。
「よし、世界の将来を考えよう」
「アホ」
 和美は本当に俺をアホそうに見ながら用紙に視線を移した。俺はアホなはずがない。好きな音楽とかアニメとか俳優とかの話してるだけの人らよりよっぽどアホじゃないはずだ。
「内藤君いるじゃない。公然とオタクを公言して、アニメは世界を救うとか言ってる」
「ああ。あれこそアホだと思う。凄い非現実的だよ。そんなことできるわけないのに」
 そう。アニメとかドラマで世界は救われない。二次元が三次元を救えるか。
「内藤君。高校卒業したらアニメの専門学校入ってアニメーターになって、世界は人間の心で救われるっていうのを前面に押し出した作品を作り続けるのが夢なんだって」
「なんつー夢だ。非現実だ」
「でも目指して、行動してる」
 和美は立ち上がり、レポート用紙を手に歩いていく。かなり怒ってる。まさか内藤が好きなのか? 俺という者がいるのに。
「とりあえず、付き合ってもいないのに二人の子供とか言わないでね」
「か、和美」
「とりあえずだらだらと考えてないでレポート書きなさいよ」
 それが、彼女の最後の言葉。
 黒板前の教卓に用紙を置いてから颯爽と歩いていく。教室の扉が閉められて、俺一人が取り残された。終わった奴らがどんどん消えていく中で、最後まで残っていたのは俺のためじゃなくて、たくさん書いていたからなのか……。何で皆、そんなにすらすら書けるんだ。自分の将来をどうやって形にして書いてるんだ? 分からない。俺は何になりたいんだろう? 何がしたいのかは分かってる。日本の駄目なところを直したい、世界も平和にしたい。分からない。分からないよ。
 頭を前や後ろや横に回しながら考える。そうだ。考えろ。考えて考えて考え抜いて。キングオブ考えるになるんだ。
「う−ん。あ……」
 ヒラメ・板。
 そして書き出す。シンプルイズ、ベストを。

『なりたいものは、日本や世界を平和に出来る仕事です』

 これで、完璧だ。


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