花火

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 真奈美は自分の部屋のベッドに横になりながら出来たての写真を眺めていた。
 少し茶色がかった長めの髪は部屋内の湿度のために湿っていて、いつもの生き生きとしたオーラが出ている感じが出ていない。
 タンクトップにハーフパンツという涼しげな格好にも関わらず、真奈美の肌は汗で滲んでいた。
「……もう。暑苦しいんだから」
 真奈美はうんざりしたように言って傍にあったうちわで自分を扇ぐ。その間にも写真を自分の横に落としながら見ていた。
 ふと、手が止まる。
「なんだろ?」
 その写真をよく目をこらして見てみる。
 場所は二日前に行った花火大会で取った集合写真。埠頭の水際で取られた写真。花火も光源の役割を果たしていたからかはっきりとみんなの姿も花火も映っている。
 何か違和感を感じたので目を止めたのだが、一瞬何が引っかかるのか分からなかった。

 チャーンチャチャチャーン……

 不意に鳴った携帯電話の呼び出し音に真奈美は思わず小さい悲鳴をあげてしまう。
 高鳴る心臓を何とか落ち着けて、真奈美は電話を取った。
「もしもし……」
『理緒だけど』
 友人の理緒の声を聞いて真奈美は安堵する。自分がなぜか必要以上に緊張していたのだと認識してしまうと不意に笑いがこみ上げてきた。
『どうしたの? 急に笑って』
「ううん。なんでもないの」
 真奈美は笑いをおさめて軽く答えた。そして理緒の様子がおかしいことにすぐ気づいた。
「そっちこそどうしたの? 何かあった?」
『うん。実は……一昨日の花火大会の写真なんだけど……』
 その言葉を聞いて急に緊張が戻るのを真奈美は感じた。さらに理緒は続ける。
『みんなで取った写真のやつなんだけどさぁ……』
「それ、今、わたしも見てたよ。何か違和感があったんだけど分からなくて……」
『……』
 急に黙り込んだ理緒に真奈美は内から来る恐怖を感じた。外からはここ数日続いて行われる花火大会がまた始まった様で、打ちあがり、花を咲かせる花火の音がよく聞こえる。
 真奈美はパニックにならないように勤めて明るく理緒に尋ねた。
「どうした? あれって心霊写真なわけ?」
 心霊写真。
 よくある話だ。何かが人の顔に見えたり、肩に手が乗っていたり。さっき見たときには自分達にそんな物があるなんて見つけることはなかった。おそらく理緒の勘違い。 
 しかし理緒の次の言葉は真奈美の予想とは違っていた。
『花火がね』
「花火?」
 真奈美は反射的に手に持っていた写真を取る。
『……花火がね、形が違うの』
 真奈美は花火の方に視線を移した。自分達の後ろには確かに花火が写っている。そこには空に打ちあがり、綺麗な華を咲かせている光の粒が見える。それは渦巻き状や、アニメのキャラクターなど、爆発した後に様様な形の火花を咲かせる花火の一種のようだった。
「形が違うって、なにが?」
 真奈美の言葉に一瞬迷う気配が受話器越しに伝わってくる。そして理緒は答えた。
『その日のその時間の花火は、普通の花火なんだよ』
「……え?」
 その言葉の意味するところを真奈美はすぐには理解できない。
(普通の花火って……)
 真奈美の沈黙に理緒は次の言葉を伝える。
 それは真奈美にとって決定的な物となった。
『真奈美には何の形に見えるの、花火』
「どんな形って……」
 その時、真奈美は始めて気づいた。
 花火の形は――
『人の顔に見えるでしょ』
 確かにそれは人の顔だった。
 中年の男のように少しふけた顔。
 髪の毛は七三分けで、左眼が潰れたように無い。
 花火の形だというのにそんな顔がはっきりと真奈美の脳裏に浮かんだ。
「どういう、事……」
『わたしも怖くて……。そしたら、偶然お母さんが写真を見てさ、教えてくれたの。この理由を』
 そうして理緒は花火が人の顔の形を取る理由を話した。
『わたし達が生まれる前に、あそこで花火を打ち上げる人が死んだんだって。花火の打ち上げに失敗して自分に打ちあがるはずの花火が直撃したんだってさ。その次の年から連続じゃないけど、あの時間にどんな花火を打ち上げても死んだ人の顔になるんだって』
 真奈美は理緒の話を聞き、恐怖の対象を知ったせいか落ち着きを取り戻していた。
「そうなんだ……でもそんな怪談めいた話なんてすぐ噂になりそうだけど」
『うん。でもその人自身もいい人だったし、花火に人生をかけてたって話だから、死んでからも花火が好きなんだねって言われてるらしいよ』
 真奈美はほっと胸をなでおろした。
 確かに幽霊の話だが、全く怖くない、いい話ではないか。
 その事に気分を良くしたのか真奈美の声は弾む。
「理緒、最初のおびえてる雰囲気。嘘だったんでしょ。わたしが花火の形の話で怖がるかと思ったんでしょ!」
『うん。実はそうなんだ』
 ようやく二人の間から緊張が抜ける。
 二人は笑いあい、それからいくつか言葉を交わして電話を切った。
 花火大会はまだまだ続いているらしく、連続して花火が打ち上げられる音がする。
 真奈美は再びベッドに横になり、写真を見る。
 そこには自分達の写真。先ほどまで話題に出ていた人の形の花火。その理由を知ってしまえば可愛いもので、真奈美はしばらく眺めた後に次の写真をめくった。
「……えっ?」
 そこで真奈美はしばらく硬直してしまった。
 今、自分が見ている写真が意味することを理解するのに時間を要する。そして、気づいてしまった。その意味に。
「なんで、もう一枚あるの?」
 そこには同じような写真がもう一枚あった。
 空に人の顔の形の花火が打ちあがり、みんなでそれを背景に写真に写っている。そして真奈美は二枚の写真を見比べ、その違いに気づいた。
「水面に花火が写ってない……」
 その日、空には雲がなく、また満月だったために光量は十分。さらに花火の光も十分あったので水面にもはっきりと花火が正反対に写っていた。
 しかし片方の写真には、それが無い。
 真奈美は恐怖が再び襲ってくるのを感じていた。
 そうなのだ。理緒が言っていた花火の写真とは二枚目の写真なのだ。ならば、水面に写っていない花火の写真は一体何なのだろうか?
「――ひっ」
 硬直して、最初の写真をじっと見つめていた真奈美は、花火の顔は少し笑ったような気がして放り出した。
 体を震わせ、縮ませて真奈美はベッドの上で足をかかえた。

 遠くから聞こえる花火の音は、今や真奈美に恐怖を運んでくる存在でしかなかった。


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