……ねぇ。私達が逢ったのっていつだったっけ?
確か一年前、私が社会人一年目でさ、電車で通勤するのにようやく慣れはじめて……でもその時に痴漢されちゃって。その時、隣に立っていた雄一が助けてくれたんだったね。
その時の雄一、かっこよかったよ、本当。そりゃあ、今でも格好良かったけれど、その時の雄一は全世界の男性より格好よく見えた。ヒーローだったわよ。後ろにいたサラリーマンの手をぐっと掴んでさ、この痴漢野郎、って声を低くして静かな声で言ってさ、あのサラリーマンも顔を青くして震えてたよね。鉄道警察に連れて行かれるときもずっと私じゃないって言い続けて……痴漢ってテレビドラマで見てるのと同じようなことするんだって思ったわ。
……そうだね。あのおじさんもドラマ見過ぎてたかもね。
それからお礼言ったらさ、雄一ったら顔を真っ赤にして恥ずかしがって。結局、一言も話さないまま駅で離れて行っちゃうんだもん。その時は残念だったよ。でも次の日もその次の日も同じ電車の同じ場所に乗ってるものだから、私、それからずっとあなたのこと見てたんだ。
自分で思ったものよ……これは恋なんだって。
……寒くなってきたなぁ……雄一、悪いけど、部屋の暖房つけてくれないかな?
雄一が暑がりなのは分かってるんだけれど、だからこそ寒がりの私と相性が良かったと思うのよね。布団の中で体をくっつけてるとちょうど良く体温が重なるっていうか……。
あ、馴れ初めのこと話してたんだっけ。
そうそう……一週間くらい過ぎてから、私からまた声かけて、携帯電話の番号とメールアドレス聞いたよね。呆気に取られた雄一の表情を見てたら、自分がとても軽い女なんだと思われたかもしれないって後悔したんだ。私は本当、人を好きになったらこの人だけなんだ! って思う派でさ、もうあなたの恋の奴隷っていうやつ? あの時はあなたと恋人同士になりたいってことだけしか考えられなかったよ。
だから、あなたと定期的に逢うようになって二週間して、私の告白に応えてくれた時は天にも昇る気持ちだったわ。もう死んでもいい! って思ったの。恋は盲目っていうけれど、本当に盲目だった。あなたしか、見えなかった。
うーん、だいぶ眠くなってきたなぁ。……雄一も? そういえば何時だろう?
あ! いつの間にかもう零時回ってるじゃない! 誕生日おめでとう〜。
プレゼントは用意できなかったけれど、こうしてあなたと二人で手をつないでいるだけで嬉しいわ。あなたも寒いの? 手が冷たいけれど……。やっぱり暖房をつけようかしらね? でも体がだるいから、あまり動きたくないし、もう少しで寝るからいいかな?
ああもう! また話が脱線しちゃった。ごめんね、私、話し下手で。でもそんなところがいいって言ってくれたよね。今でも覚えてるよ〜。
付き合ってすぐに私は自分の住んでた場所からあなたの家に転がり込んだね。強引だと思ったけど、やっぱり恋は闘いでしょ? ぐずぐずしてたらあなたを他の誰かに取られちゃうと思ったの。
あなたはすぐに受け入れてくれた。
このマンション、高いけどやっぱり居心地いいから、私の給料でも半分払うってことにしたのが良かったのかな……。
でもあなたが何の仕事をしているのかって結局、今日まで教えてくれなかったね。それだけは不満だったけれど、あなたと過ごせることが嬉しかったから、あまり気にはならなかったんだよ。だからあんなことになったんだろうけど。
仕事の疲れで昼まで寝てたらさ、いきなり男の人が何人も入ってきて驚いたわ。手足を抑えられて、口にハンカチを詰められて……考えただけでもぞっとする。
私が姿を見せたあなたに助けを求めたら、あなた笑いながらビデオカメラを回して……私があの獣達に犯される様を撮ってた。その時初めて、あなたの本性が見えた。
本当、恋は盲目だよね。
きっとあの電車での痴漢も、あなたがやったのをサラリーマンのおじさんに押し付けただけなのかもね。下腹部に鈍痛が走っている間、私はずっと考えてた。あなたの見せてくれていた笑顔と、ビデオカメラを回しているあなたの顔を比べてた。
……同じ顔だった。
他人の空似だと思いたかった自分がいた。
それはとても滑稽に思えるでしょうね。特にあなたにとっては。
でも、私はやっぱりあなたが好きだった。あんな酷い目に合わされても、あなたが好きだったんだよ。男達に辱められなければ、昼の間にあなたへのプレゼントを買いに行くつもりだった。でも、それはもう叶わないこと……もう深夜回っちゃったし。
何時間、こうやって二人で並んで横になっていたんだろうね?
確か獣達が出て行ったのが午後四時だっけ? で、あなたに、撮ったビデオをエッチなビデオとして出品するって言われて、テーブルの上にあった灰皿で殴ったのが三十分後くらいかな? それから、急いで台所から持ってきた包丁で右足にまず刃を立てたのがその一分後。順番に右手、左手、左足、アキレス腱と一分ずつ切っていったんだっけ。
包丁を突き刺して、泣き叫んでいるあなたを見て、湧き上がる興奮が下から溢れていたんだよ。もう湿りすぎて気持ち悪くなるくらい。だから途中で全部服を脱いじゃった。新しい下着買わないといけなさそう。
またまた話が脱線だぁ。ごめんね。
そうそう……私、喜びを感じてた。
ああ、この人はもう私の物なんだって、思ったんだぁ。
私の手の中にこの人はいるんだ。誰にも渡さないんだって。
あなたの声が聞こえなくなって、微かに息が漏れるのを聞いて、満足しちゃった。
一緒に寝て天井を見ていて落ち着いてきたら、ふと思いついたの。このまま一緒にいこうかなって。だから私も包丁で自分の手首を切ったの。あなたの手に包丁を握らせて切ったのは分かるでしょう? あなたにも、私をあなただけの物にしてほしかったからだよ?
……あ、いつの間にか雄一、寝ちゃったんだ。今まで微かに聞こえてた息も聞こえないし……しょうがないなぁ。いつも私よりも早く寝ちゃうんだから。最後まで雄一だね!
しょうがないなぁ……私ももう少しで後を追えそうだし……あ、ドアが叩かれてる音がする。鍵はかかってたよね……人が入ってくるのは嫌だなぁ……折角私と雄一が新しい生活を始めようっていうのに。
……ん? なぁんだ。手首の傷、いつの間にか止まってるじゃない。私の力が弱かったのかな? 雄一の血に塗れてて流れてないの気づかなかったよ。雄一がちゃんと包丁を握って引いてくれないからだよ。大事なところが抜けてるんだから、雄一は……。
ドアを叩く音がしてる……。何だろう? 変質者かな? こんな夜中に訪ねてくるなんて変な人だよね……なんだか怖い。
ねえ、雄一……起きてよ。何で寝てるの? あれ? よく見たら赤い服着てるね。いつも白い服が好きって言ってたのに珍しい……。しょうがないから私が見てくるよ。雄一はゆっくりしててね。
私達の邪魔をする人は皆殺しにしてくるからさ、安心して待っててね……。
『完』
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