雨上がってしばらく経ったあとの道というのは、乾きかけの空気の匂いに包まれていて私は好きだった。
 手に持つ傘が邪魔ではあるのだけれど、文句を言いながら歩いていく同級生の中で、私はそこまで悪い気分じゃない。人々の喧騒から離れて一人で歩いていると鼻腔から入る匂いが私の身体の細胞一つ一つを浄化していくように感じる。
 ぽつぽつとある水溜りに顔を近づけると、晴れた空が映っていた。一時間ほど前まで灰色の雲に覆われていたのに、過ぎてしまえば一瞬だ。空を見てるとどこか嬉しくなる。前までは、何か切ないような寂しいような気持ちだったけれど、最近はその青さが素直に綺麗だと思える。
 そして、水溜りに映っていたそれは、見上げて視界に収める空よりもどこか綺麗だった。
 揺らめいて、限られた範囲だけの空。
 反射された光で映し出された虚像の空。
 不思議な印象を持つ空に、私は思わず頬を緩めたまま眺めていた。
「何してるの? 咲坂さん」
 見入っていたからか後ろから近づいてきた声の主に気づかなかった。普通のクラスメイトなら驚いてしまうところだけど、『彼』だと声で分かったから安心して振り返る。
「水溜りに映った空、見てたんだよ、水島君」
 彼――水島君は不思議そうに私を見てから、水溜りを覗き込む。映る青空と、私達の頭部。小さな世界に、確かにいる私達。
 何ともいえない気持ちになって、顔が熱を持った。
「どうしたの?」
 問い掛けてくる彼の顔が近づいてくるのに、鼓動がより早まる。
「なんでもないっ」
 水溜りから顔を離して、私は歩きだした。後ろで水島君が首をかしげてるのが分かるけれど、説明するのも癪だった。それでも彼はすぐに気を取り直してついてきてくれる。そんな彼の存在に、癒されてる自分がいる。
(ありがとう)
 水溜りを避けながら歩く。微かに視界に入る自分達の姿が、嬉しかった。



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