成城東高校。

 北海道内で、そして俺の住む街では一応進学校に入るのだろう。

 生徒数七百二十名。一学年二百四十名。大学進学率九割。六大学進学率七割は立派な

成績のはずだ。だからこそ親はこの高校を選んだ俺を特に咎めはしなかったし、特に秀才

の学校ではないために気楽にやれると考えた俺の思考を理解しても何も言わなかった。

 いい言葉を使えば『俺の自主性に任せた』と言った所だろう。しかしその裏側を、俺は

知っていた。

 親は俺の事を特に何も思ってはいなかった。

 よく言えば放任主義。悪く言えば無関心。

 言葉とはよくよく、事実をどうにでも解釈できるように作れるものだ。

 けして何とも思っていないわけではないだろう。俺が人生の岐路に立たされて、どうし

ようもなく悩んだ時にはアドバイスもくれるのだろう。しかしそれまではけして親は手を

出さない。

 俺はそれを悪くは思わなかった。

 しかし、味気なく感じていた。このまま俺の人生は刺激が無いまま終わってしまうのだ

ろうかと少々心配になっていた。

 だがその退屈な日々もこの高校に入って終わりを告げた。

 三年経って卒業する時、俺は思うだろう。

『この場所から離れたくない』と。







 と期待に胸を膨らませてはいたのだが……。



「じゃあ、1年C組の級長は高瀬雄太君に決定です」



 皆の猛烈な拍手に迎えられて、俺は席から立ち上がり頭を下げていた。誰も彼もが、自

分が救われたと思い、俺を軽く哀れむような気持ちで見ていることだろう。

 どうしてこうなったのか俺には納得できなかった。

 今日は入学式とホームルームを終えた後には腐れ縁の武田と一緒にゲームセンターに寄

って帰るという、中学時代と変わらない放課後を過ごそうと思っていたのだ。

 だが軽い自己紹介が終わった後、よりによって、学級級長を決めるということになって

しまった。そしてたまたまこの席――教卓の前の席に座り、俺の目線が目の前で誰を級長

に指名するかを吟味していた先生と合っただけなのに、この先生は俺をこの教室の級長に

任命した。

 ばら色の高校生活を送る三要素。

 彼女・親友・自由。

 その内すでに自由が失われた。



「誰が適任かなんて分からないから、誰がなっても同じですよね」



 さらりと暴言を言った荒木先生は副級長を決めるために女性陣を見ていた。級長が男な

ら副級長は女。よく分からん固定概念だったが、俺もやるならばパートナーは異性がいい。

 基本的に級長なんて教室の雑用だからだ。



「うーん、じゃあ君。えーと……中村渚さん」

「はい……」



 呼ばれて立ち上がった女の子を見て男どもが息を呑むのが分かった。実際、俺も彼女を

見て少し心臓が高鳴った。

 中村渚は顔も小さく、綺麗にまとまっていた。肩まである髪の毛は少し栗色に見える。

 染めたというよりは最初から色素が薄いのかもしれない。

 この高校のシンプルな制服に、彼女の顔が乗っている姿は制服が彼女に着られるために

作られたと思うくらい似合っていた。

 ……制服に気に入られるってのも問題かもしれないが。

 まあなんにせよ、俺は少しだけ級長という仕事が楽しみになってきた。あれだけの美人

と仕事が出来るのだ男なら誰でもうれしい。



「はい。じゃあ級長、副級長はこの二人にお任せします。改めて自己紹介してください」



 俺はしぶしぶ立ち上がり、さっき言ったことと同じように自己紹介をした。



「高瀬雄太です。出身は翠山中。何故か速算が出来ます。よろしく」



 俺が座った後で、中村が口を開いた。

 そういえばさっきはどんな自己紹介だったか……?



「中村渚です。浅葉中出身です。目標は……友達百人作ることです」



 その瞬間、時が止まった。俺にもその場の空気の流れがよく分かる。



(……まじめなのか?)

(ギャグ? いまどきそんな事言う子いるの?)

(えー、見た目とのギャップ激しくない?)



 というような声が聞こえてきそうだ。しかし当の本人は何も気にしていないのか笑顔を

作ったまま頭を下げた。



「よろしくお願いします」



 さらりと下に流れる髪の毛。キラキラと何か効果音でも流れそうな、それくらい綺麗な

髪だ。中学の頃なんてここまでさらさらな髪の子なんていなかったぞ。

 俺と同様の意見だったのか近くの男子が「よろしく〜」とか声を上げている。

 思い切り中村に惚れてしまったようだ。



「あー。じゃあ、二人ともホームルームが終わったら早速職員室にきてくれ」

「……はい」

「分かりました」



 俺と中村は答えて席に座る。荒木先生は皆を見回してからゆっくり、一言一言はっきり

と言葉を口にした。



「これから始まる三年間は、君達の人生で最も輝く時となるだろう。その中で少しでも手

助けが出来ればいいと俺は思う。では、明日から授業だから、忘れ物せずに来いよ。じゃ、

解散!」



 目の前でなかなか感動的な事を言った荒木先生。あれで、顔が髭で覆われてなかったら

言うこと無いんだが……。

 荒木先生はアフロみたいな形をした髭の塊を口の周りにつけているような人だ。スーツ

に顔ではなくアフロが乗っているみたいで、なんとなく面白い。

 そういう理由から、かっこいい言葉を話してもどこか周りの空気は笑いを含んでいた。

でもこういう先生だから、上手くやっていけるのかもとも思う。

 先生が去ると俺は鞄に時間割やならなにやらいろいろもらった物を入れて言われた通り

職員室に行こうとした。そこで中村とも一緒に行こうと思って振り返ると、彼女は男達に

囲まれていた。



「ぜひ、一人目の友達は俺に」

「いや、僕に」

「わたしが先よ!!」



 友達という言葉の裏に絶対に違う感情を隠しているだろうという奴等だろう。

 何か間違っているのが混ざっている気もしたが、おおむねその通りか。俺としてはまだ

興味は無かったので先に行こうと教室の出口に向かった。



「あ〜、待って待って!」



 教室を出ようとしたところで中村が人の塊を抜け出して傍にやってきた。



「一緒に行こ!」

「……ああ」



 俺達は教室を出た。

 俺達が二人で教室を出て行くのを、後ろから殺気に近いものを放ちながらクラスメイト

が見ている。

 これも俺に級長を押し付けたお前等が悪い。いや、押し付けたのは先生か。

 明日から覚悟しないと、何か仲間外れにされそう……。



「この校舎って綺麗だよね」



 明日からのことを考えていた俺に中村が話し掛けてくる。俺は彼女の言葉に従って廊下

を見回した。数年前に改築されたとかで、廊下の壁はまだ黄ばみも無く白い。ワックスが

掛けられた床は靴底と心地よい音を立てている。俺は思ったとおりに口にした。



「もう少しぼろい方が情緒があっていいけどな」

「面白い人だね、高瀬君って」



 何が面白いのかと中村を振り返ると、彼女は笑っていた。その笑みに俺の心臓は一気に

跳ね上がる。

 顔が赤くなってくることも理解した。



「そ、それより中村さんも面白いよ。友達百人なんて最近言わないぜ?」



 恥ずかしさを誤魔化すために俺は先ほどの自己紹介を振り返った。彼女は何の事だとで

も言うように人差し指を顎に当て、少し上を見た。おそらく彼女の考えるときの癖なんだ

ろう。ようやく合点がいったかのように、「ああ」と小さくつぶやいてから俺に向かって

言った。



「適当に言っただけ」

「……それも酷くないか?」



 その瞬間、何か彼女に対する印象が第一印象と変わってしまった気がした。てっきり顔

の綺麗さと同じように心も綺麗なのかと想像してしまったが、現実は甘くないのか。



「わたし、人を笑わせるのって好きなの。でも、どうしても言うこと言うこと外れてね…

…どうしたらいいのかな?」

「まずはギャグとは何かから考えたほうがいいかな」

「あはは。高瀬君、面白い事言うね。わたしがギャグを分かってないと思ってるみたい」

「いや、間違いなく分かってないぞ」



 話しているうちに中村の性格がなんとなく分かってきた。

 間違いなく彼女は第一印象と実際の性格とを誤解されて、それに失望されるか認識を改

められてまた友達づきあいを始めるかのどちらかだ。俺の中学時代にもこんな子はいた。

 その子は結局、周囲に受け入れられなかったけれど。そんな子を知っているからか、中

村を俺は気に入った。

 話しているうちに職員室の前について、俺はドアに手をかけた。その時、中村が言った。



「ねえ、高瀬君。わたしの高校最初の友達になってくれる?」

「いいよ」



 俺は迷いも無くそう答えた。職員室に入って荒木先生の姿を探す。やはり初日だけに始

業式でしか見た事のない先生達ばかりだから、なかなか見つけられない。



「おお〜。こっちだ」



 荒木先生の声に導かれて、俺と中村は先生をようやく見つけ出した。

 先生のところに向かう中で、まだ見慣れない他の先生達の間を抜けていくのはやはり緊

張する。先生達も自分らがこれから受け持つ生徒をじっくり観察しようとしているのか、

あからさまな視線は無かったが気配は感じた。

 荒木先生の元に行くといきなり小さ目のダンボールを渡される。



「それもってついてきてくれ」



 そう言って先生は職員室を出た。俺と中村も後に続く。

 職員室はこの学校の二階の端にあったから、出たところにすぐ階段があり、先生は上に

登っていく。

 四階建ての校舎。

 四階にある一年生の教室。

 二階にある職員室。

 そして、目的地は三階の視聴覚室だった。

 最初からここに来るよう言ってくれればよかったのに。

 先生はドアを開けて俺達を招き入れた。入ってすぐのところにある机にダンボールを置

くように言って、用件をようやく言った。



「じつは二人にはこれを書いてほしい」



 そう言って先生はダンボールの中身を俺達に見せた。それはB5サイズの紙に四角形が

 四十ほど書かれている。俺は何か分からなかったけど、中村は気づいたようで先生へと

訪ねた。



「座席表ですか?」



 座席表?

 何故座席表などを俺達に見せる?



「察しが良いな中村。ここに今のクラス全員の名前と配置が記されてる。これを一枚一枚

複写してほしい」

「……なんでまたそんなことを?」



 俺は思わず突っ込んだ。

 座席表を作りたいならば俺達に書かせずとも、その手に持ってる表をコピーすれば良い

ではないか?

 しかも今はパソコンなんてあるんだから、わざわざ手書きじゃなくとも。

 いじめか? すでに教師からいじめられているのか、俺は!



「いいか、高瀬。世の中、今は簡単に何でも出来る。パソコンを使えばすぐにいろんな情

報を得られるし、こんなのもエクセルを使って表は一発だ。それを人数分コピーすればも

う完璧だ」



 荒木先生はまさに俺が思っていた事を言ってくれた。そこまで言うなら実践してくれ。



「だが、そんな世の中だからこそ! 手書きの温かさを思い出すべきじゃないのか!! 

先生は、心を込めた付き合いをおまえ達としていきたいんだ!!」



 熱く語る荒木先生。

 隣を見ると中村は「へぇ〜」となにやら感心した様子。



「先生、凄く熱い思想ですね」

「おいおい、感化されるなよ」



 思わず俺は中村を注意していた。





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