王道戦隊キングロード

ススム | モクジ

  第一話『星人が国にやってきたそうだよ』  


 石島剛三は突然上司に呼び出されて緊張していた。だたっぴろい部屋の中央に陣取った円卓。自分がいる場所のちょうど反対側に上司が見える。
 石島は呼び出されるようなことをしたかと、自分の最近の行動を思い出してみた。
 キャバクラに行った時は自分の素性を示すのは偽名を使ったし、飲み屋のつけは大体払い終えたはずだ。もしかしたら必要経費を百円横領した事が原因かもしれない。まさか百円だけで職を辞させられることはないだろうとは彼も思う。
 そう高をくくっていた石島だったが、やはり不安は尽きない。何しろたった数万円のために人を殺すような若者が増えている昨今である。警察内部の締め付けを急激にすることもありえる。
 そして自分はその第一号なのかもしれない。
「石島君」
「せめて退職金ははずんでください」
「……何を言っておるのかね、君は」
 上司はため息をついて石島を見る。石島も最近気になり始めている頭部を左手で触りながら、上司を見た。
「率直に言おう。石島剛三警部補。君にある特殊部隊の司令官を務めてほしい」
「――は?」
 石島は顎が外れそうになるまで口を開いて言った。
 石島はその古風な名前、角刈り、ゴリラに似た顔という三種の神器を備えていることにより、年齢よりかなり老けているように見える。
 しかし実際は二十六という、まだ青春を感じられる年齢である。
 一応、国家一種試験をクリアして警視庁に入ったいわゆる『キャリア組』であるため身分は警部補から始まる。最初からある程度の地位に就く事が出来たのだ。
 しかし、いくら階級が一般の新米警官よりも上とはいえ、石島自身もそんな彼らとほとんど変わらない新米の警察官である。そんな彼がいきなり特殊部隊の司令官を務めろ、と言われて困惑するのも無理はなかった。
「まあ困惑するだろうが、誰が適任、というわけでもない。君は一昨年の国家試験を優秀な成績でクリアしている……君のその頭脳なら、きっと勤めきる事が出来るはずだ」
「いや無理ですよ。すでに試験の知識は頭から消え去ってますから」
 警視庁に入ることが決定した後から、実際に就職するまでの間に遊ぶ事しかしなかった石島の脳は、仕事を経験した一年間を通しても、すでに試験時の八分の一まで能力が低下している。しかし上司は石島の訴えを全く聞かずに話を進めた。
「とりあえずこちらで君の部下となる人員を集めておいた。詳しい資料はここにあるから、眼をじっくり通してくれたまえ。あと、司令部があるのは――」
 そのまま上司は石島に説明を続ける。結局、辞退する事も出来ないままに石島は特殊部隊の司令官となったのだった。
「頼むぞ! 石島君!」
「……はい」
 肯定の声に力はなかった。




 そこは物々しい場所だった。
 石島は自分が座る椅子と、そのすぐ前にある机、というように徐々に視線を動かしていく。
 石島から見て反対側には石島の百八十センチ、七十キロの体が横に少なくとも十人は並べられるだろう大きさのテレビがある。その手前にはまた机が配置されていて、共にある椅子に座る五人が見えた。
「司令官! もうそろそろ話を聞かせてくれよ!! 何で俺達は集められたんだ!?」
 やけに大きく、耳に障る声に石島は顔をしかめた。
 その男は短い髪の毛を逆立てて、瞳はぎらついている。何をそこまで力を入れているのかと、石島は気になった。が、言わなかった。何故なら彼はその男がどういう人間で、どうしてこの特殊部隊に配属されたのか知っているから。
 だからこそ、石島は説明を始めた。単刀直入に。回りくどく言っても何も解決にはならなかったから。
「えー、みなさんにはこれから戦隊をしていただきます」
『……はっ!?』
 見事に全員が同じ顔をして驚き、声がハモった。
(意外と、いいコンビネーションするかも)
 石島は確かな手ごたえに安心した。特殊部隊が部隊だけに現実味はないが、日本に危機が迫っているのも事実なのだ。警察がそれを考えずに人員を選出するはずがない。
「何を言ってるんだ? あんた、キャリア組だったよなぁ……勉強しすぎで頭イカれたのか?」
 石島に対して毒を吐いてきたのは先ほどの男とは違い、大人びた印象を持つ男だった。
 外見も先ほどの男とは逆で、長い髪は女性のように滑らかに背中に落ちている。顔は美形で、クールという言葉が似合う男だ。
「そんな類人猿みたいな顔をして、冗談よしてくださいな」
 三人目の発言者は百五十センチに届くか届かないかという身長の男だった。前歯は口からはみ出すほどの出っ歯。どことなく切れ者の雰囲気をかもし出している。
 類人猿と言う言葉には深く心は傷ついたが、石島は気にしないようにして続けた。
「まあ信じるのも無理だろうから、これを見てくれ」
 そう言って石島はリモコンの電源を押した。しかし、しばらく待っても大型テレビはつかない。
「すまん。主電源を入れてくれ」
「はいです」
 立ち上がって主電源を入れたのは四人目の男だった。黄色いシャツを着て、その巨体を揺らしながら席に戻っていく。スポーツ刈りで丸めがね。どちらかといえば、戦うよりも縁側で日向ぼっこをしながら寝ているほうが似合っているだろう。
 電源がついたテレビに映し出されたのは、男と女がベッドの上で絡み合っているシーンだった。男が腕を動かすたびに、女は苦しそうに息をしていた。
「あ、間違った」
 石島が冷静にチャンネルを変えると、ようやく目的の映像を皆に見せる。
「これは……?」
 集められた五人、最後の一人。唯一の女性が呟いた。
 その声には驚きが確かに混じっている。
 百七十はあるだろう長身と、整った顔。そしてミニスカートからすらりと伸びる足に、男達の視線は釘付けになっている。人を惹きつけて止まない女性はしかし、他の四人の視線を感じると傍にあった灰皿を両手で掴み、へし折った。
 一斉に場の空気が冷えて、自然と巨大テレビに注目する。
 そこには頭に白い布を被り、子供達に紙芝居を見せている人物の姿だった。それだけなら『白い布を被った変な人物が子供達に紙芝居を見せている』というもっともらしい理由でかたがつく。
 しかし、その内容が問題だった。
 石島はオフになっていたボリューム――単に上げ忘れたのだ――を上げて、音声を聞かせる。
『お父さんとお母さんが夜にベッドに入り、行為をする事によって、君達は生まれたんだよ。君達もまだ六歳くらいだから分からないだろうけどね』
『お父さん達は何をしてたの? 赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんじゃないの?』
『お父さん達に、ベッドの中でお母さんと何をしているの? と聞いてごらんなさい。きっと笑顔で答えてくれるよ』
 そのまましばらく紙芝居は続き、子供達は夕飯の時間に合わせて帰っていった。そこで、VTRは終わっていた。
「この後、子供達はこの人物に言われた通りに夫婦の夜の生活についてや、自分達の出生の事実を聞いたそうだ。無論、青少年の健全な成長上、まだ教えるわけにはいかない。そこで渋った子供達と親との間で険悪な空気が流れてしまっている。この被害は全国のほぼ全域に渡っているのだ」
 石島の説明を五人は思い思いの表情で聞いていた。
 一人は呆れて。
 一人は呆れて。
 一人は呆れて。
 一人は呆れて?
 一人は呆れて。
 五者五様の反応に、石島は予想通りという核心の下、笑みを浮かべていた。
「あのー。出っ歯チビが寝てるんですけど」
 最初に発言した暑苦しい男(仮)が指しながら言う。確かに鼻ちょうちんまで出して寝ている小さい男がいた。
 石島は机にあった灰皿を鼻ちょうちんに向けて投げる。もちろん、ちょうちんを割る事で起きる衝撃により、目を覚まさせるために。
 そして灰皿は見事に出っ歯チビ(仮)の頭にぶつかった。
「さて、さっき紙芝居を見せていたのは……『ドクソー星人』と呼ばれる者達の戦闘員だ」
 泡を吹いて机に突っ伏している出っ歯チビ(仮)は気にせず、石島は解説を続ける。
「信じられんが、奴等は宇宙を渡ってきた者達で、その独創性に飛んだ方法で他の星を侵略してきたらしい。そして今度はこの地球、日本がターゲットになった」
「そんなテレビみたいな話を信じられるとでも?」
 ニヒルな男(仮)が言う。最もな話だ、と石島は内心で頷く。当の自分も上司が用意した書類に眼を通し、実際にドクソー星人を見てようやく認めるしかないことを悟ったのだ。
「信じようと信じまいと、彼等は居る。そして、君らは彼等を倒すために集められたんだ」
「倒すって……具体的にどうするんです?」
 太め猫(仮)がのそっ、と音が聞こえそうな動作で尋ねてきた。
「無論、奴等と戦って、倒すんだよ」
「……そこまで危険な相手なのですか? 見たところ、少しも脅威を感じませんが」
 紅一点(仮)が呆れ顔で言って、ため息をつく。石島はテレビのチャンネルを変えた。
 巨大テレビには、今度はグラフが映し出されている。最初は一緒だった二本の線が、横に行くに従って剥離していく。
「これはこれから二十年先までの、少年犯罪率だ。見て分かるように一本はだんだん増加しているだろう」
 一同は答えない。一人は意識がないからだが、グラフを見て、その意味するところを理解したのだろう。
「このまま子供に不健全な情報を流されたり、親子の関係が悪化すると、こうして少年犯罪は増大していくと学者達が結論付けた。だが、一般人はこの危険性を気づけないだろう。先ほどの彼女のように。だからこそ、気付いた我々がやるしかないのだ」
「そんな……まさか……ここまで……?」
 ようやく気付いた出っ歯チビ(仮)も一緒に巨大テレビを見つめている。彼等の脳に、今、石島が言った事が渦巻いている事だろう。石島は賭けに勝ったと確信した。

 何しろこのデータは真っ赤な嘘だったからだ。

 まだドクソー星人の脅威は全く証明されていない。未来にこうなるかもしれない、という予想を、もっともらしいグラフと自信ある口調で説明したのだ。
 情報が少ないために疑う事も出来ず、疑っても意味はない。
 彼等五人はもう、石島の手中にあった。
「君達は選ばれた戦士だ。ドクソー星人の手から、この日本を救ってくれ!」
 石島の声に五人は巨大テレビから視線を戻した。石島は芝居がかった身振りで場を盛り上げる。
「君達は今日から、『王道戦隊キングロード』だ!」
『……いやだ!』
 五人の声がハモった。




『続く……?』






 次回予告!
 始まる前にすでに終わっていると噂される『王道戦隊』
 果たして彼等は互いに信頼を取り戻し、戦隊として活動できるのか!?

 次回、『王道戦隊キングロード』第二話。

『五人が戦隊になったんだってさ』

 五色の光が、敵を穿つ!!

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