戦乙女に祝福を06

モドル | モクジ
 地方都市のひとつにしか過ぎないとはいえ、治安騎士団員を養成する学び舎がある都市。唐突に起こった大爆発にそれでも住民は不安の声を出さなかった。無論、全く混乱がないといえば嘘だったが、それは直後に現れたリヴォルケインの姿を見て収束する。
 まるで図ったような時にやってきた軍隊に疑問を持つ者も少なからずいたが、鮮やかに爆心地を封鎖して調査を始めたことで疑問を差し挟む機会はなかったのだ。数日もすれば、街は通常に戻る。異質な現実は変わらない日常に溶け込むことはせず、薄まって見えなくなる。けして無くなることはないにしても。
 むろんこれは、一人の調査員の手腕によるものだったのだが。
 影の主役は一通り調査を終えた場所を眺めていた。多少焦げ臭さは残るものの、めくれていた地面も焼け爛れていた草原もある程度元通りになっている。血にまみれた黒装束の男達も<回収>され、身元を割り出されていることだろう。それはもう男――ランスローの管轄外だった。
 今回はあくまでエルとエイクに近づくことが目的だった。その存在を確認し、第一級の要注意人物であるエイクの隙を突いて確保する。それはランスローの役目ではなく、あくまでリヴォルケインが乗り出すはずだった。その点でいえばあくまで運が良かっただけだったのだ。
「こんなところにいたか」
 現れた男は左腕を吊るしていた。厳重に包帯で巻かれた腕がもどかしいのか、何かしら動かしている。その様子がおかしく、ランスローは表情を崩した。
「そのくらいにしておけ。本来ならば腕を切断しても仕方が無かったんだ。運が良かった」
「腕一本で世界救ったならいいことじゃん」
 アレンは反省する様子も無く肩をすくめる。呆れたようにランスローはため息をつき、視線を前に戻した。
「エイクはどうしてる?」
 それを聞くためにやってきたのか、と尋ねようとしてランスローは止める。当たり前のこと過ぎて。
「昨日、目が覚めた。七日ぶりだよ」
 エルが消えた後、エイクはその場に倒れ伏した。今までの無理を全て無くした様に安らかな笑顔で。
「今後、エイクは罪に問われる。強大な魔力の暴走は多少、考慮されるだろうが過去に街と住民を滅ぼした大罪は変わらない。死者を生き返らせるという禁も犯しているしな」
 死者蘇生は禁忌の一つとして広まっている。成功させる素養を持つ者がほぼいないため形骸化しているような法だったが、エイクの存在によって埃を落とす時がやってきた。それを適合させれば、極刑に近いものを受けるだろう。
「死人が生き返ることがそんなにいけないことかね」
 アレンの言葉にランスローの視線が鋭くなる。それに気づかない振りをして、アレンは言葉を続ける。
「少なくとも、エルはその間生きられた。俺もあいつに会えた。悪いことばかりじゃなかった」
「それでも、駄目なんだよ」
 ランスローは長らく向けていた場所から視線を外すと、背中を向けて歩きだす。だがアレンの傍を通ろうとして、脚を止めていた。
「どちらも利点は言える。だが、時は逆さまに動かない。だから、駄目なんだよ」
 歩みを再開するランスロー。その背中はもう止まらず、もう交差することも無いのだろうとアレンに感じさせた。
 もうアレンの左腕は死んでいる。左腕が治ったとしても、もう戦士として戦うのは無理なほどに。
 リヴォルケインに入る道が無いのならば、もうランスローと会うことはないだろうと、彼は思う。
 だから、最後に伝える。
「おい」
 これが最後だと、心の中でも。
 止まった背中に向かう。振り向いたランスローの顔面にそのまま右拳を叩きつけた。
「じゃあな」
「……ああ」
 それは完全なる別れ。顔に届く直前で受け止められた拳を数回握った後で、アレンは自分の頬も殴る。鈍い音と共にふらつく身体を強引に立たせ、アレンはランスローよりも先に進んだ。
 時は逆さまに動かない。
 前に進むだけ。
 エルの、エイクの思い出もいつしか胸を痛めなくなるだろう。
(その時までは、痛んでいよう)
 失ったものは小さくない。だが、潰されるほど大きくも無い。
 戦士への道は閉ざされても、道はいくつもあるのだから。
「良く頑張ったな、エル」
 アレンの呟きは、風に乗って空へと消えていった。


 ◇ ◆ ◇


 エイクは一人、闇に浸食される部屋の中にいた。
 魔力を封じるための腕輪は重く、エイクの身体を床へと縫いつけた。目覚めてから何度も話をさせられ、終わるたびに引き込まれた部屋。明かりはなく、窓からの月明かりでさえもエイクの目を焼く。
 それでも食事は三食出され、ベッドも柔らかい。待遇面はけして悪くは無いが、エイクは目覚めてから一度も食事を取らなかった。
 自ら死に向かうように。
(罪は、償わないと)
 エルとの別れ際に決めたこと。
 逃げずに、罪を償うこと。しかし、エイクの心を攻め続けているのは人の憎悪の念だ。実際に憎しみをぶつけられたわけではない。それでも彼の中に生まれては消えていく怨嗟は、身体を血まみれにする。
(死にたい。でも、償わないと)
 生きようとする意志はある。しかし、身体は食事を受け付けない。だから生命力が削られていく。結果的に、エイクはあと数日もしないうちに死ぬだろう。
「ねえ、さん」
 自分の思い出の象徴。そして、弱さの象徴。
 全ては自らの弱さゆえに、エルを殺し、生き返らせ、また殺した。二度、愛する者を殺してしまったのだ。自分を最後まで守った女性を。
「それでも、生きて償わないと、いけない」
 これからどんな思いをするのか、エイクには想像も付かない。守ってくれた姉はもういない。助けてくれる友もいない。
 だが、言葉を紡いだ後のエイクの瞳には決意の光が宿っていた。
 何度も挫けるだろう。それでも、立ち上がり続けると決めた光が。
「僕は、生きる。死が決まる、その時まで」
 目を閉じれば蘇る、姉を殺す瞬間の光景。それを断ち切るように頭を振ると、エイクは目の前の冷めた夕食に手をつけた。 
 味もせず、腹が満たされる感覚も無い。それでも生きるため。彼女に応える為に、進み続ける。 
「ごめんなさい。そして、ありがとう」
 頬を伝う涙が月明かりに反射する。
 エイクの声は囲う壁の中に染み入り、消えていった。

 終わる悲劇の物語。そこから始まるのもまた苦難の道。

 それでも進む者達に祝福を。

 そして、仮初でも命を翔けた戦乙女に祝福を。
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