Fly Up! 81

モドル | ススム | モクジ
 武のガッツポーズは全身に力がみなぎるように強い。それだけで体力消費をしてしまうような不安さえ見ている側は感じる。それでも武から溢れてくる気迫は不安を凌駕していた。

(これがあいつの一番の持ち味、か)

 今回の試合で武達は一貫している。相手の得意なことを破っていく。真っ向から対峙して打ち破ることだけを考えているようだった。
 一ゲーム目からのレシーブにしろ、二ゲーム、三ゲームのスマッシュ攻勢にしろ。団体戦でやられるにはハラハラするが、吉田が止めないところを見てできるという確信があるからやるのだというには想像に難くない。

(相沢。吉田。お前らも進化の時だな)

 また一つ、スマッシュを決めて叫ぶ武に笠井は微笑む。金田も一緒になって「よっしゃ!」などと力を込めていた。

「一本!」
「応っ」

 今度は後ろで構える武が吉田に檄を飛ばす。それに応えるように綺麗なショートサーブで相手はまた上げるしかない。それをスマッシュ。すでに同じ絵を見せられているかのような、綺麗な模写。そして、一つ前と同じようにシャトルを取りきれないラケット。

「ポイント! ツーラブ(2対0)」

 コートに転がるシャトルを一瞬止まったまま見る鈴池。その背中を叩いて正気に戻す菊池。どちらも二ゲーム目までと勝手が違うと気づいたのだ。笠井もまた場を包む違和感に気づいていた。

(相沢のスマッシュ。威力が上がっている)

 三ゲーム目まで来て更に威力が上がるというのは通常ならばありえない。体力が落ちてくれば自然とフォームも崩れ、力の伝達が追いつかなくなる。金田でも三ゲーム続けてスマッシュを打つ体力は無い。武は逆に、一ゲーム目からずっと打ち続けているのだ。体力が持つはずが無い。

(いや。それでも体力が持ってる)

 落ちていくはずの体力が落ちきっていない。だからこそスマッシュを打ち続けられる。緩急をつけるにしても攻撃に回るのなら移動し続けなければいけない。いきなり体力が付かない限り、何かしかけがあるのかと疑うのが本音だろう。

(でも、崩れない)

 武のスマッシュフォームを笠井は凝視する。右手が振りぬかれ、後ろから前へと体重移動。打ち終えた後に揺れる身体。

(揺れた?)

 そこで知る。武もまた、限界が近いのだと。それでも、その先に向かってラケットを振りぬいている。
 武のどこにそんな力があるのか笠井には分からなかった。現状、団体メンバーの中で一番技術が無いのは武だと思っていた。速いスマッシュに頼るしかなく、だからこそ技術に優れた吉田とのペアが最高の威力を発揮するのだと。
 しかしいまや、自分が見誤っていたのだと笠井は認めた。武もまた気合や筋力だけではなく、技術も磨いてきたということを。

(あそこまでフォームを崩さないようにするのは、筋力だけじゃないな)

 ポジショニングや移動のためのステップ。自分の持ち味であるスマッシュを最高の力で打ち出せるようにするために必要な移動技術。同じタイプである金田を見ているかのような錯覚に笠井は陥った。苦手な部分よりも長所を伸ばし、磨き上げてきたのが分かる。

(相沢も、大丈夫だな)

 危惧が一気に消える。精神的な弱さや技術の未熟さなどもう見えない。武ももう、浅葉中バドミントン部を十分引っ張っていけると笠井は確信した。

「一本だ!」

 笠井が手でラッパの形を作り、激を飛ばす。応えるようにスマッシュがうなりを上げて相手コートに突き刺さる。そのまま得点が重ねられ、遂に八点目が取られた。

「ポイント。エイトツー(8対2)。チェンジエンド」

 宣言した審判の後ろを通り抜け、エンドを変わる二人。ラケットバッグの中に入ったタオルで顔を拭きながら金田のアドバイスを聞く二人にはまだ余裕があった。疲れてはいてもテンションは十分。精神が肉体を凌駕している。

「相沢のスマッシュはまだ走ってる。今のように連打して、ちょっとだけドロップしてみろ。きっと思い切り通用――」

 金田が武へのアドバイスを止める。笠井が不思議に思って視線を移すと金田の驚愕した表情が見えた。そのままアドバイスは終了し、武達は試合へと進んでいく。

「どうした、金田」

 ささやくように尋ねる笠井に、金田は半分笑いながら答える。

「見てれば、分かるよ」

 指差したのは武の姿。真意を確かめる前に試合が再開する。吉田のショートサービスからシャトルはヘアピンで返され、それをまた吉田がクロスヘアピンで相手コート前に落とす。打ち合っている菊池も武のスマッシュは受けたくないとヘアピンを応酬するが、遂に根気負けしてシャトルを上げた。
 待ち構える武の体勢は十分。

「お――らぁ!」

 今までと同じような音が――響かなかった。


 ◇ ◆ ◇


(作戦、通り!)

 武は心の中で叫び、拳を突き上げる。実際には「しゃっ!」と気合のみを乗せ、吉田とハイタッチを交わす。視線を一瞬だけ相手に向けると呆然とした顔で武達を見ているのが分かった。

(破壊力抜群だな)

 目で吉田にそう問いかける。通じるとは思っていなかったが、意に反して吉田は目を合わせると笑いかけてきた、あたかも「そうだろう?」といわんばかりに。

(力で押し切る、と見せかけて最後の最後にドロップ、か)

 武自身、体力が辛くなってきたこともあったがスマッシュの威力が上がっていることにも気づいていた。打ち続けてきたスマッシュの何かが切り替わるタイミングが分かる。打った瞬間に失敗か成功かを感じ取れる。ラケットの中でのインパクトの場所。中心に良いタイミングで当てる。
 一試合を通してスマッシュを打ち続けてきたことで、タイミングを身体が覚えてきた。武の力を十分乗せて打ち出せる場所を。

(だからこそ、効くドロップか)

 得点は九対二。突然にドロップに慣れるまでには逃げ切れるというのが、始まる前からの吉田の作戦だった。
 そのためには吉田がずっと上げさせ続けることが重要だというのに、試合前からそれができることを前提に話を進め、事実その通りに試合が運ばれている。自分の成長も嬉しいことだが、吉田の成長ぶりにも驚いていた。

(あいつと俺の差はどれくらいあるのかね。今は、試合に勝つことに集中か)

 吉田の影に隠れるようにして、菊池達を見る。顔には既に動揺もなく、ただ勝利だけを目指す気迫があった。特に目は射抜くように武を見ている。

(俺の体力が尽きると想定してるって感じだな。点差が逆に開き直らせるか)

 吉田のショートサーブに飛び込んできた菊池はプッシュで左サイドを狙う。武のラケット側ではなく逆。更に吉田の身体に隠れるために反応が遅れるだろうことを予測したショット。点差には全く動揺せずに冷静に考えれられていることが分かる打ち方だ。
 だが、それを超えたのは吉田の反応速度だった。前をクロスで通過していくシャトルに、吉田は一瞬で追いつくとバックハンドでヘアピンを放った。急激な体捌きにも関わらず浮かないシャトルに、追いついた菊池も上げるしかない。
 そこで待っていたラケットは、武のではなく吉田のものだった。
 吉田のラケットが振り切られると同時に、シャトルが菊池の胴体へと突き刺さっていた。シャトルを打った瞬間に打ち返され、あまりの速さにかわしきれなかったのだ。
 痛みに顔をしかめて後ずさる相手に吉田は「すみません」と一礼しつつ、ネット下に落ちていたシャトルをラケットで引き寄せる。十対二。あと五点で浅葉中の一回戦突破。

(本当。どこまで伸びるんだか)

 吉田の背中を見て、武は内心で呟く。半分は呆れ、半分は感嘆。吉田の成長振りは外から見ていてとても心地よく、心の奥底では対抗心が湧き上がる。

(お前の背中が凄い大きいぜ!)

 吉田のサーブ体勢に呼応して武も構える。ほぼ鉄壁の前衛があるからこそ後衛を思い切りプレイできる。鋭いドライブやドロップを吉田が全てヘアピンで返してしまうからこそ、武には打ち頃のシャトルが上がってくるのだ。

(っと!)

 そう思っていたところで、吉田のラケットをすり抜けてドライブが飛んでくる。しかし武のフォアハンド側。十分な体勢からのサイドスローで逆サイドへとシャトルを飛ばす。中央で構えていた吉田が少しだけ右にずれ、頭の後ろをシャトルが翔け抜けて行く。一気に相手コート奥へと突き進んだシャトルを打ちぬいたのは鈴池。しかし、ネットを越えた瞬間に吉田がヘアピンで前に落とした。
 徹底的なまでのヘアピン。分かっているが止められない。対抗策は上げるか、ヘアピン勝負。
 前に出ていた菊池が選んだのは勝負のほうだった。ストレートに落とされたシャトルを同じようにストレートで返す。少しでも甘く浮けば吉田は叩くが、菊池が打ったシャトルもまた、絶妙なヘアピンとなる。
 ヘアピン勝負になると、誰もが思った瞬間。吉田は身体ごとラケットを沈めてシャトルを打った。自らの身体と共に浮かび上がるように。
 シャトルはふわりと菊池の頭とラケットの間をすり抜けて背中へと落ちていく。ヘアピンに意識を向けさせた上でのループショット。完全に虚を突かれて菊池は動けない。
 そこに飛び込んできた鈴池は必死に追いつき、シャトルを高く跳ね上げてからサイドに広がる。

「来るぞ!」

 鈴池の叫びを聞きながら、武はスマッシュ体勢を取る。今までも全力で打ってきたからこそ、ドロップが生きる。今のこの体勢でできることが頭を駆け巡る。

「らっ!」

 スマッシュの打点を打ち抜いた。
 上半身を逸らし、右腕のしなりを加えてのフォーム。武自身気づいていないが、周りの誰もが一目を置くほどの柔軟性。多少追いつけなくとも強引にスマッシュへと持っていけるのは、この身体の柔らかさと中空でのボディバランスが優れているからだった。そんな身体だからこそ、勢い良く振りぬくラケットを急激にストップさせることにもコントロールが効く。
 シャトルはゆっくりとネットを越えて落ちていた。

「らっ!」

 だが、後ろに身体を引いていた鈴池が前へと足を踏み出す。しかし、一瞬遅くラケットはシャトルを高く跳ね上げてしまった。吉田が飛び込みプッシュで無防備な場所に叩き込む。

「ポイント。イレブンツー(十一対二)」
「よし!」

 吉田とハイタッチを交わした武だったが、内心は穏やかじゃなかった。フェイントに対して一度見ただけであわせてきた鈴池。分かっていても反応しきれないようにスマッシュ攻勢でいたにも関わらず。ならば、作戦を変えてスマッシュをし続けるかと吉田へと視線を向けたが、交わった目は続行を武に伝える。

(弱気になったら負け。そうだ。あの時に学んだことを今出せ!)

 蘇る敗戦。自身の精神的弱さから生まれた敗北。終わり、体育館の外で涙をした時のことが一瞬で脳裏を駆け巡る。吉田がサーブの姿勢から打ち出す瞬間、武の目に相手の姿が映った。
 鈴池と菊池。
 どちらも相手の中学三年。ここで終われば全道へは行けない。ならば、死にもの狂いで来るだろう。

「ストップ!」

 全てを断ち切らんと叫ぶ。吉田のショートサーブは乱れない。それでも、鈴池はプッシュを放った。今度は完全な、威力あるショット。吉田も取りきれずに後逸してしまう。武はサイドスローの構えを取って相手の位置を確認する。先ほどと同じく右側に偏った体勢。しかし、違和感に気づいた武はクロスではなくストレートに打ち出した。菊池は逆サイドに動こうとしてた足が固まり、その場でバックハンドに切り替えて打ち返す。咄嗟の反応でもシャトルはネット際ぎりぎりに落ちていく。
 吉田もクロスヘアピンでシャトルがサイドに落ちるように打ったが、鈴池はラケットを一瞬前に突き出してシャトルコックを回転させた。

(クロスヘアピン!)

 不規則な回転を与える技に今までヘアピンばかりだった吉田が、遂にシャトルを打ち上げていた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2007 sekiya akatsuki All rights reserved.