Fly Up! 69

モドル | ススム | モクジ
 シャトルの音が加速する。見ている側にも、シャトルの音が鳴る感覚が徐々に速くなって行くことが分かった。スマッシュをより前で。ハイクリアをより高くより強く上げ、優しくヘアピンをかける。
 四人の速度は更に上がっていく。

(速い……疲れる……でも!)

 武はドリブンクリアをスマッシュで叩き落す。狙うのはクロスで相手の右サイド。小笠原がバックハンドで前に落とそうとしたが、威力に押されて浮いたところを吉田にプッシュされた。

「ポイント。フォーティーンエイト(14対8)ゲームポイント」

 得点差だけを見れば7点と差が広がっている。しかし、ここまで来るのにシャトルを三回交換していることからも試合の激しさが垣間見えた。

「よし、ラスト一本!」
「一本!」

 吉田のサーブに武も合わせる。ショートサーブを小笠原へと打つと、すぐ前でラケットを上げた。威嚇と、あわよくばインターセプトのために。
 しかし小笠原はネットぎりぎりに運ばれたシャトルを同じようにヘアピンで吉田へと返す。即座に吉田はロブを上げて陣形を横に広げた。

(吉田がヘアピンで返せなかった)

 今までの吉田は攻撃態勢を崩さぬように、自分が前にいる間は極力相手に上げさせていた。無論、全ての試合で出来るわけではないが、試合を決める重要な場面では迷い無く打っていた。

(それだけ厳しいヘアピンってことか)

 まだ一ゲーム目とはいえ、サーブ時以外は今までとは違う速度で動いていた。人間が有酸素運動を続けられる時間は短く限られている。いくら体力の容量が多くてもその瞬間瞬間で使い続ければ疲れるのは明白だった。体力の消費が吉田の集中力を奪ったのか、やはり相手の技量が優れていたのか。

「らぁ!」

 思考の途中で飛んできたシャトルを強打する。藤本へのストレートスマッシュ。身体の内側に突き進むシャトルを藤本は身体を横にしてバックハンドで返した。
 フレームに当たった時の乾いた音を響かせて。

「ポイント。フィフティーンエイト(15対8)チェンジエンド」

 審判のコールと共にコートを出る。武は内心でほっとしていた。雑念が入っていた分、スマッシュが失敗しないか不安だったからだ。

「ナイスショット」

 吉田に言われてようやく緊張がほぐれる。次の試合へ向けて、一つ深呼吸した。
 二ゲーム目に入り、吉田のサーブがキレを増していく。先ほどヘアピンを打たれたことがショックだったのか、打つたびに一呼吸置く。その後のサーブで放たれたシャトルは全てネットぎりぎりだった。見送ってもフロントのサーブライン上に落ちるという精度を見せた。

「ポイント。フォーラブ(4対0)」

 連続ポイント。それでも吉田の身体からちりばめられる緊張感に、武は精神を張り詰める。一瞬の油断ですぐ取り返されるだろう点数差。このままラブゲームで押し通すくらいの集中力を保とうとした。

「一本!」

 激しい咆哮と優しく正確なショートサーブ。藤本はまたしてもロブを上げ、武がその下に入りスマッシュを放つ。一ゲーム目から続くように、スマッシュは取られて武がいる反対側へと飛ばされる。その弾道がドライブ気味なだけに、追いついた頃には武もドライブで返すしかなかった。
 しかし。

「はっ!」

 半歩後ろに下がった吉田がラケットを伸ばしてシャトルに追いすがる。そのままインターセプトし、ヘアピンでネット前に落とした。

「ポイント。ファイブラブ(5対0)」
「しっ!」

 ガッツポーズ。そして後ろを振り向いて武とハイタッチを交わす。乾いた音が響き、藤本達が眉をひそめたようだった。

(吉田の反応速度が上がってる)

 吉田の中で殻が破れかけている。武は心臓の鼓動を感じながらその光景を見ていた。サーブから始まる集中力の持続が今までの吉田以上の反応速度を与えているのが分かる。相手の配球に慣れてきたこともあるだろう。試合の中で戦況は変化していっても攻めのパターンはそう簡単には変わらない。頭で考えるよりも身体が覚え、あとは手を伸ばせれば取れるという段階まで吉田が来たことになる。

「一本行こう」
「おう」

 吉田の目にはまだまだ光がある。集中力に身体がついていかないということはなさそうだ。それでも、今のまま続けて体力が尽きない保証はない。

(その時は俺がやるしかないな)

 あるいは吉田が止まる前に終わらせる。そう思うと自分の神経も研ぎ澄まされていくのが分かった。雑音が消え、藤本と小笠原の姿に焦点が集まる。

「続けて一本!」

 客席からの応援は聞こえている。一度、武の身体を通り流れていった。
 吉田がサーブ体勢に入り、武も後ろで身体を低くして返球に供える。そこで吉田は軽くかかとを浮かせた。近くにいた者が気づくか気づかないか微妙な動き。それが合図だと今の武が気づくのは簡単だった。

(ロングサーブ!)

 吉田がサーブを撃つと同時に横に広がる。同じ体勢で放たれたロングサーブに藤本はすぐさま反応してジャンプした。高くなった打点によって、ラケットがシャトルを捉える。

「は!」

 長身とジャンプから生み出されたスマッシュは急角度で武の前に落ちようとしていたが、素早く横に広がって防御姿勢を整えていたため、すぐに前に踏み出すことが出来た。余裕を持って捉えたシャトルをコントロールする。いかに苦しい状況でもコントロールを失わないか。いかに楽な状況を作り出してシャトルを取れるかもバドミントンの強さ。そこまでの配球を考え出し、より優位な姿勢で相手を迎え撃つ。吉田が生み出したチャンスを武が掴む。
 武はストレートにヘアピンを返して前につめる。そこに追いつくのは小笠原。藤本がスマッシュを打ったと同時に斜め前へと飛び出していた。

(ヘアピンか)

 今までの攻撃パターンではヘアピンをクロスに打っていた。それを取れるかどうか武はまだ分からない。それでも自分の役割を果たすだけ。前を守っているのなら、守るだけだ。
 集中力が研ぎ澄まされていく。小笠原が足とラケットを伸ばしてネット前に飛び込んでくる様子がスローモーション、とはいかなくともゆっくりに見える。打つ瞬間の手首の返しさえ、武は見えたような気がしていた。

(クロス――だ!)

 真っ直ぐ進んでいた足に急制動をかけ、右へと飛ぶ。ちょうど目の前をシャトルがクロスで飛んでいく。武はそのままラケットをシャトルの射線上に置いた。自然と当たり、また敵コートへ落ちていくシャトル。しかし小笠原も武の前に現れる。クロスを打つと分かっているのは小笠原自身だからこそ、打たれた後の対処も早い。
 フロアぎりぎりのシャトルの下にラケットを差し込んで、再びクロスヘアピン。絶妙なタイミングでネットを越えたシャトルを、武はロブを上げることしかできなかった。

(しかも、浅い!)

 ネットに触れるか触れないかのシャトルを上げても角度がつかず、絶好の決め球となる。それでも武は相手の動きから目を離さなかった。
 絶体絶命でもけして目を離さない。シャトルの行方を、相手の動きから目を逸らしラケットを振らなければ可能性はゼロとなる。藤本の目の動き、ラケットの動きに意識を集中させると脳内で一つの軌道が見えた。

(ここだ――!)

 脳から指令が伝達され、ラケットが振られる。同時か、少し遅れてか外から見ても判断できぬほどの一瞬。シャトルの衝突音が二度聞こえていた。

「うわ!」

 渾身の力で飛び、スマッシュを打ち込んだのか藤本がラケットを振り下ろした状態のまま固まっている。その上を飛んでいくシャトル。力加減が全く出来なかったが、威力に負けたのかコートの後ろに入るよう飛んで行った。

「くそ!」

 逆サイドにいた小笠原が追いかけていき、落ちるぎりぎりでシャトルを拾う。しかし体勢が悪すぎるためにロブを上げても奥には飛ばない。ならばとクロスでネット前へと落とすように打っていた。追い詰められた状況でのその判断は十分だったが、前にいたのは吉田だった。

「はっ!」

 正確にシャトルを叩き落す。藤本も小笠原もいない右サイドに弾ける。ポイントがコールされたところで客席から拍手が起きていた。

「ナイスショット!」

 吉田に駆け寄りハイタッチを交わす。スマッシュを弾き返した時点で武はその場で動きを止めてしまっていた。集中していたと思っていても、まだ心に隙があった。しかし、吉田はその先まで見ていたのだ。

「まだ終わりじゃないだろ。ラブゲームで抑えるくらいでいくぞ」
「おう!」

 小笠原が返してきたシャトルを持って、武の肩を叩く吉田。伝わってくる熱さに身体が震える。自分の力が増していくのが分かる。

(試合前よりも、強くなってる)

 自身の成長に合わせて、相手のプレッシャーが消えていくのが武には分かった。


 * * *


「ポイント。フィフティーンファイブ(15対5)。マッチウォンバイ、吉田・相沢」
「しゃあ!」

 最後のスマッシュを藤本がコート外に弾き、審判が試合の終わりをコールする。武は感極まって雄たけびを上げていた。団体戦の第一試合。大事な一勝目をもぎ取ることは武自身が考えていたよりも縛っていたらしい。

「相沢。握手握手」

 吉田に促されて試合後の礼をしていなかったことに気づき、武はネット前に向かった。
 握手を終えると藤本と小笠原はそそくさと武達から離れていった。その態度に武は不快感を表に出す。相手の目を見て「ありがとうございました」くらい言えないのかと。吉田も武の内心を読んだのか、肩を叩いて気分をほぐそうとした。

「ま、仕方が無いさ。ああいうのもいるって。それより金田さんだ」

 そこでようやく金田も試合をしていると思い出し、武は視線を隣のコートへと向けた。ちょうどスマッシュが金田のラケットを潜り抜けて着弾したところ。ポイントがコールされる。

「ポイント。シックスエイト(8対6)」

 試合は二ゲーム目に入っている。どうやら金田が一ゲーム目を取っていた。第二ダブルスの試合が武達がいたコートで始まるため、二人も一度選手達がいる客席のほうに向かう。そこでスコアシートを付けている林を見つけた。

「どんな感じ?」
「刈田、頑張ってるよ」

 林の後ろから覗き込むと、一ゲーム目のスコアは十八対十三。金田相手に刈田はセティングまで持ち込んでいた。点数の流れを見ても交互に一点ずつ取っている。それでもセティングからは五連続で金田が得点を奪い、勝利していた。

「あいつ、これだけ強かったんだ」

 刈田に学年別の時は勝っていた吉田でも、金田に対してここまで抵抗できるのかと武は思う。考えてみれば二人が直接対決したことなんて部活でもなかった。基本、ダブルスの練習で金田・笠井ペアと試合は何度もしていたが。吉田の様子を伺うと特に何も感じていないような表情だった。

「吉田。気にならない?」
「別に。刈田や金田さんが俺より強いなら、追いつけばいいだけだ」

 さらりと言い流す吉田だったが、かすかに感じ取れる動揺に武はこれ以上言うのを止めた。今日の時点で実力のことを言っても変化は無いだろう。それよりも吉田の心の内を読み取れるようになっている自分への驚きと嬉しさが勝ったからだ。

(俺も吉田に近づいてるかな)

 技術ではまだまだでも、パートナーとしては。

「一本だ!」

 刈田の怒号にも似た気合が爆発する。弾ける音を携えて飛ばされたシャトルに、金田は狙いをつけてジャンピングスマッシュで対抗する。

「らっ!」

 実際にはありえないが、垂直に叩き落されたようなシャトルは刈田が構える位置の三歩ほど手前に落ちていた。
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