Fly Up! 342

モドル | ススム | モクジ
 星が真一文字に口を結んでラケットを振り抜く。
 安西からのスマッシュに対して狙いを定めていたのか、一歩速く回り込むとラケットを短く握って強打する。だが、鋭く返されたシャトルは吉田のラケットによってネット前で叩き落とされていた。吉田が横から滑り込んでくるのは視界に入っていても、既にラケットを振っていた星には止めることができなかったのだろう。それでも、インターセプトされるとは思っていなかったに違いない。自分のコートに落ちたシャトルを茫然自失といった様子で見ていた。

「ポイント。フォーエイト(4対8)」
「しゃ!」
「ナイスインターセプト!」

 安西に駆け寄ってハイタッチを交わす吉田。まだ得点はリードされていたものの、完全に動きをとらえて叩きつけたシャトルには手ごたえがあった。遂に星の動きを捉え始めたという自信が吉田の中に生まれている。
 セカンドゲームが始まって序盤は思うようにはいかず、星のシャトルを後ろに通してしまっていた。安西は攻めることを止めなかったが、インターセプトされるだけ攻めきれない。それでも吉田は、安西にハイクリアやドライブを打たせずに星が打つ機会を増やす作戦をとった。
 得点はリードされたが七点目を取られた後から星の動きを読んでインターセプトすることに成功し、続けざまに得点することに成功する。
 吉田は三度目のサーブで気合いをこめる。

「一本!」
「一本だ!」

 背中から押してくる安西の気合い。もう一つ、今は山本と星がいる側から南北海道の面々の応援が届く。むろん、吉田達も北北海道の応援を背中に受けているのだが、驚くほど気になっていなかった。集中していることで自分に不要な情報を切り捨てているのかもしれない。

(ここで捉える……)

 サーブ体勢を取ってから慎重に自分の中にサーブの軌道を思い描く。
 流れは自分達に来ていることは分かっているが、吉田の中にはまだ嫌な予感が消えていなかった。
 星も山本も、まだ本気を見せていないという予感。山本は明らかに自分の力を隠しながら試合をしているが、星はアクロバティックに前衛をこなすことが奥の手だとも考えられる。しかし吉田は、星には裏があるような気がしてならなかった。
 脳裏に軌道を確定させて、シャトルをイメージ通りに乗せる。シャトルがイメージの筒の中を通るように進んでいくのと同時に、星の視界を潰すように前に出る。ラケットを掲げて、シャトルのコースをできるだけなくすことで残りはハイクリアかヘアピン。だが、セカンドゲームに入ってヘアピンを放ってくる機会は減っていた。星にとっても吉田のヘアピンから何度も得点を決められていることもあるのか、十分な体勢でしか打ってはこず、以前なら打っていた軌道でも無理せずロブを打ち上げる。
 代わりに、安西からのスマッシュを読んでインターセプトして落とす方向に力を入れていた。

「はっ!」

 吉田のラケットの軌道から外すようにシャトルを打ち上げる星。
 だが、そのコースは既に安西が移動している。吉田の立ち位置から相手のレシーブ軌道を読んで先回りすると十分な体勢からスマッシュが打てる。

「はぁああ!」

 安西が気合いと共に放ったスマッシュを、星は第一ゲームと同じようにインターセプトする。だが、その表情や返球に余裕がなくなっているのは明らかに見てとれた。返ってくるシャトルも打ち込めないほどではなく、吉田のプッシュが相手コートに突き刺さろうとする。それを防いでいるのはひとえに後ろに控える山本の力だった。
 ファーストゲームよりも山本が前に出て、シャトルをすくい上げる。余裕がある時はヘアピンを打ってくるなど、少しでも吉田が気を抜けた攻撃をすれば、機会を奪おうとしてきた。
 最初は後方からの援護によって上手く攻撃を躱されて逆にポイントを取られていたが、中盤以降は吉田も山本の動きをある程度見切り、シャトルを打ち込めるようになっている。星のマークをしつつ、さらに後方からの山本の動きまで視界に捉える。視野の広さを保ち、コート全体を俯瞰するようなイメージでシャトルを独りで打ち返していく。
 周りにはファーストゲームの星の姿を見ているように思えただろう。だが、吉田は星以上に攻撃を通さなかった。

「おあぁああ!」

 吉田のバックハンドプッシュがシャトルをコートに叩きつける。長いラリーとなったが無事に得点で終わり、吉田は吼えて闘志をむき出しにする。いつも抑えていた物を解き放って相手へとぶつける。荒々しい様子を見て、近くに寄ってきた安西が笑って言った。

「まるで相沢みたいだな」
「……そうか? 確かにそうかもな」

 武のようだと言われて興奮しすぎと思い、吉田は呼吸を落ち着かせる。そして返ってきたシャトルの羽を整えてサーブ位置に立った。共にコートに立つ時は武につられて気合いが入るのかと思っていたが、いなくてもこうして気合いを押しだす。
 体の奥に秘めて静かに燃やして爆発させることも必要だが、時と場合によっては自分からも放出する必要がある。
 今は正に、その時。
 目に見える形で自分達に風が吹いていることを示すことで勢いづけるのだ。
 自分の中に刻まれている武という存在を解き放ち、山本と星の抵抗を吹き飛ばそうとまた吼えた。

「一本!」

 得点は5対8でまだ追いつかない。まだ相手が底を見せていないとしても、見せた時には上回ってみせるという思いを胸にショートサーブを打った。

「だっ!」

 シャトルが白帯を越えた瞬間にラケットを突きだす星。
 しかし、直進したシャトルの先には吉田のラケット。手首の力だけでクロスヘアピンを放って星から離れさせる。文字通り飛んでシャトルを追いかけた星だったが、並行移動でついてくる吉田の姿を視界にとらえて顔を歪めてロブをあげる。しかし、動揺したのか跳ねあげる力が弱く、吉田は垂直に飛んでインターセプトに成功した。

「はあっ!」

 シャトルが星のすぐ後ろに落ちる。全く動けないままバランスを崩して星は尻もちをついてしまった。

「ポイント。シックスエイト(6対8)」

 審判の声が終わるや否や、飛び上がって立ち上がる。
 星はシャトルを拾い、羽を整えてから吉田へと渡した。そこにはショックを受けた様子はない。自分が実行して試合を優位に進めていたことを、そのまま返されることにダメージを受けないとは思えないが、心の底にはまだ支えがあるのかもしれない。
 吉田がサーブ位置について相手コートを見ると、星が山本と会話していた。声をひそめているためこちらには何も聞こえてこない。だが、山本が力強く頷いたことで星の瞳に力強い光が灯るのを吉田は見逃さなかった。

(遂に来るか)

 まだあると思っていた『底』を遂に星が見せるのか。更に底があるのかは分からない。だが、今は間違いなく相手にとって窮地で、新たな展開を迎えようとしていることは理解できた。

(どんな手で来ても、シャットアウトしてやる)

 ラケットをバックハンドで構えてシャトルを添える。意識を集中させてコートを越えた先にいる星を射抜くようにして、小さくシャトルを打った。鋭い放物線を描いて白帯を越えたシャトルを星が角度をつけて落とす。強打を捨ててあくまで下から上に上げさせるために。吉田はあえてロブをあげて、再び前衛の中央へと戻って腰を落とした。ファーストゲームで星と山本が使った陣形。
 トップアンドバックの体勢を崩さずに、スマッシュやドライブをシャットアウトしていく。今度も同じように構えたが、違ったのは相手側の行動だった。

(なんだと!?)

 目の前に現れたのは星ではなく、山本。
 ヘアピンでシャトルを落としたならば、そのまま前に入るはずなのにわざわざ後ろにいた山本が前衛に入った。当然、後ろに向かうのは星。移動して、シャトルの落下点に入るとそこから一歩、横にずれた。

(あれはまさか――)

 吉田の視界の中で、星と見覚えのある姿が重なる。
 シャトルに向けてラケットを振りかぶった星は、サイドストロークでシャトルを打ち抜いた。強烈な音を立てて飛んだシャトルは吉田が守る前衛を軽々と越えて吉田達のコート奥へと侵入してくる。吉田に全く反応させなかった星の強打にも、安西は動いてどうにかロブを打ち上げる。だが、シャトルは再び星のいる場所へと返っていく。反応できたとはいえ、打ち返すのに精いっぱいでコースを狙う余裕はなかった。

「吉田!」
(分かってるよ!)

 安西の焦りの声を耳にして吉田も迎撃態勢を取ろうとする。星の奥の手と思われる、ドライブ。同じ部の林もまたドライブが得意技だったが、その数段上の威力を持って星はシャトルを打ち抜く。ただ、速度があるだけなら吉田にもインターセプト出来たが、今は山本がブラインドとなっている。
 吉田の動きに合わせて動く山本の体が壁となって、星の姿を覆い隠している。どうにかしてマークを振り切ろうとしてもそう簡単には隙はできず、結果、打ち抜かれるのを待つしかない。

「だあっ!」

 声がした瞬間にあてずっぽうで左に飛ぶが、星はクロスにシャトルを打ち抜いてくる。安西も吉田の動きに釣られて左に移動していたため、右の空間をえぐってくるシャトルをとらえることができず、着弾を見送った。

「セカンドサービス。シックスエイト(6対8)」
「しゃ!」
「くっそ……」

 ネットを挟んでラケットを掲げる山本と見下ろされる吉田。気を取り直して戻ると安西がシャトルを拾って、壊れたことを審判にアピールしていた。手の中のシャトルをコートの外へと打ち、次のサーブのために位置につく。

「悪い。次は止める」
「ああ……でも、かなり速いぞ」
「そうだな。正直、分が悪い」

 現状を鑑みて、客観的に結論を下す。
 前衛で星の動きに集中できれば返せないことはないだろう。威力がある分、ただラケットに触れさせるだけで綺麗なヘアピンで落ちていくと思われるため、強打である必要さえないと難易度もぐっと下がる。
 だが、最大の障壁は目の前に立ちふさがる山本だった。
 腰をしっかりと落としていても吉田よりも身長が高く、コートの後ろへの視界はかなり遮られる。吉田が動く方向を予知するかのようにほぼ同時に動き、簡単に星が打つコースを悟らせない。吉田が見極めに躊躇している間に、星は全力でシャトルを打ち込めばいい。
 コースはストレートとクロスの二択しかないため、当てずっぽうで足を踏み出せばラケットに当たるかもしれない。だが、外れた時のリスクが今は高い。後方からのショットでも、星のドライブは安西にチャンス球を上げさせるには十分な威力を保っていた。

(そうとう鍛え上げてる。身長が低いからってスマッシュを一歩諦めて、ドライブを打つタイミングや力の入れ方を研究してきてる……不得手を消さないで、長所を伸ばしてきてるんだ)

 バドミントンは究極的には弱点がない選手が勝ちあがる。バドミントンを構成するどの要素も高められた選手達がシャトルを通すため、詰将棋のように隙を作り出していく。その勝負の中で弱いところ、不得意なところがあれば相手にとって付け入る隙となる。だからこそ、吉田も武も学年別大会で互いの弱点を補強しあい、この大会でも強化してきた。
 だが、星は弱点の強化を棄てて長所だけを異常に伸ばしている。弱点があったことから全道大会で名前を聞かなかったのかもしれないが、この団体戦に限って言えば――更に言うなら、この決勝での山本のパートナーとしては十分な力を吉田達に見せつける。

「一本!」

 安西がサーブ体勢を整える後ろで腰を落とし、すぐに前に出る準備を整える。安西のショートサーブを山本がプッシュして右サイドへ落ちるようにシャトルを飛ばす。追いついた吉田はヘアピンを打って、シャトルの背後を付いていくように前に出た。山本がすぐに立ち塞がったがシャトルをプッシュできなかったのか、クロスヘアピンで逆サイドへ飛ばす。吉田も簡単に前衛の勝負を譲る気はなく、ストレートのヘアピンで返していた。
 星と繰り広げていたヘアピン勝負を今度は山本と繰り広げる。ユニフォームとハーフパンツから覗く手足を見ても筋肉がついているのがよく分かる。淺川亮が天性の運動能力とすれば、山本は後天的に作り上げた肉体。本気のスマッシュがどれだけ速いのか想像するだけで緊張が走る。
 しかし、その筋肉の真の力は別にあると吉田は分かっていた。

「はあっ!」
「くっ!?」

 渾身の踏み込みで巨大な音を響かせながら山本はヘアピンを返す。ラケットを力強く振り、シャトルに触れる瞬間に完全に静止させる。力技でのラケットコントロールによって、シャトルは最小限の軌道を描いてネットを越えてくる。逆に吉田は自分の体が相手のフェイントによって硬直するのが分かっていても止められない。

「この!」

 無理な体勢からヘアピンを放とうとした瞬間に背筋を走る悪寒。咄嗟にロブを高く上げると、シャトルの軌道スレスレを山本のラケットが空を切っていく。
 前衛の中央に戻りながら吉田は悔しさを押し殺す。目の前には山本が同じように中央に戻り、吉田の視線を受けて笑っていた。シャトルの行く先に星がいると視線を外すも微妙に体をずらして視界を遮ってくる。先ほど屈したことも重なってふがいない自分自身への怒りがこみあげてきた。

(くそ……ヘアピンで俺が負けた……)

 星には終始優勢だった前衛の勝負に、完全に負けた。
 パワーに任せた強引なフェイントに体は反応し、何とか打ち返そうとした時には山本のラケットの軌道を無意識に予測して避けたのだろう。結果としてラリーは続くが、前衛の勝負で一歩引いてしまったことには変わらない。一回の勝負では分からないかもしれないが、まず一敗を自分が喫したことは間違いない。

「おらぁあああ!!」

 これまでにない星の咆哮と同時に放たれるシャトル。吉田は咄嗟に左側に踏み出してラケットを伸ばしたが、半歩届かず抜かれてしまう。シャトルは安西の真正面へと向かっていき、バックハンドで構えて打ち返したものの威力は弱まってネット前に落ちていく。
 そこに待ち構えるのは山本。
 仁王立ちでラケットを身構えている姿に、吉田は背筋に悪寒が登るのを感じずにはいられず、止まってしまった。

「はっ!」

 予感の通り力強く叩きつけられたシャトルは吉田の膝の位置まで跳ね上がり、再びコートへと転がった。審判がサービスオーバーを告げても吉田はシャトルを見たまま動けない。着弾した時の音を間近で聞いたためか、耳に響きが残っている。

(なんてパワーだ。刈田より線は細いんだろうけど……恐ろしく筋肉の密度が高いのか)

 力が強ければスマッシュが速いということにはならないが、前衛で身構える時間が短くても強打を強引に放てるというのは武器になる。体勢が崩れていても山本にはエースを決める力がある。これまで感じたことのない威圧感を込めて放たれるシャトルに委縮する自分を意識して吉田は違和感を覚えた。

(なんだ……確かに強いが……)

 自分が山本のプレイに気圧されているのは分かる。初めて対戦しているとはいえ、普段の自分ならばもう少し対抗できるはずなのにと思ってしまう。

「シャトルを渡してください!」
「あ、はい! すみません!」

 審判の声が聞こえて吉田は反射的に謝ってからシャトルを拾った。羽を整えてから投げて渡すと、山本はラケットで受け取り軽く礼をしてから星へと私に行った。

(負けられない……)

 心の奥から滲み出てくる焦燥感をどうなくすか。吉田は思考の海に潜っていく。
 セカンドゲーム、8対6。
 山本・星組リード。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2017 sekiya akatsuki All rights reserved.