Fly Up! 211

モドル | ススム | モクジ
 渾身の力を込めたスマッシュが相手コートに突き刺さる瞬間に、するりと現れたラケットがそれを打ち返す。威力を完全に殺してネット前に運ばれたシャトルに瀬名は腕を伸ばして捉えようとしたが、ラケット面の先をシャトルは過ぎていき、コートに落ちていた。

「ポイント。イレブンエイト(11対8)」
「……負けた」

 口に出せば更に空しくなる。コートの向かいを見ると、声をかけずらそうにしている姫川詠美の姿があった。早坂のように長かった髪の毛をばっさりと切り、ショートカットになったことで更に動きが速くなったような瀬名にはしていた。十五点ゲームと最初に吉田コーチは告げたが、女子シングルスは通常の十一点ゲームとなっていた。そのため回転が速いのか、この合同練習で姫川と当たるのは三回目。その三回とも負けていた。学年別を合わせれば四回連続、勝てていない。

「どうしてあんたに勝てないのよ!」
「……うーん、相性、かな……」

 姫川は今にも噴火しそうな瀬名の剣幕に引き気味になって答える。噛みつきそうな瀬名を躱しつつ、言葉を続ける。

「私はスマッシュが遅いから、レシーブとかフットワークとか鍛えて、相手のミスを誘うタイプでしょ? 瀬名さんが得点されるのは、全部スマッシュレシーブから。瀬名さんの一番の武器だけど、それが弱点になってる」

 瀬名は少しの間黙って姫川を見ていたが、何も言わないままコートから出た。姫川も慌てて後を追う。何を言うか言葉を選んでいる間、会話はなかったが。
 その間、瀬名も言葉を探していた。姫川の助言が的を得ていた分、どうしたらいいかを考えるために。

(そうなのよね。スマッシュを返されて、点を取られてる。でも、私からスマッシュを取ったら何も残らない)

 女子の中でもスマッシュが速いことから、上位にいられた。早坂には差を開けられてばかりで伸び悩みに苦しんでいたところに、更に現れた天敵。学年別の時とは異なり、点は取れるようになってきても、まだ勝てる確証はない。
 早坂に関してはもう届かないとまで思えてしまうほど差がついてしまっている。

(何とかしないと……でも、どうしたら)

 早足で吉田コーチの所へと集まると、一度休憩ということとなり、各自で休息を取ることになった。瀬名と姫川は比較的試合が終わるのが早かったようで、徐々に試合を終えた面々が戻ってくる。早坂もさして疲れた様子もなく帰ってくる。今や、この地区で相手になる女子シングルスプレイヤーはいないといっても過言ではない。瀬名を見つけた早坂は軽く手を挙げて「お疲れ様」と声をかけてきた。

「お疲れ様ー」

 姫川が早坂へと声をかける。瀬名には学年別の時は後輩のように少し引いて早坂へ接していたように見えたが、今は違和感なく話しかけている。

「なんか早坂さん。合同練習に入ってから調子上がってるよね」
「そう? 確かに自分でも調子はいいと思うけど……」

 二人の会話の外で、瀬名は内にこもっていく。
 気分が沈んでいく中で、今の自分と昔の自分が対比される。
 早坂に闘志を燃やしていた過去の自分から見て、今の自分が惨めすぎる。

(どうしたらいいんだろ……)

 床の一点を見つめて集中する。今のままでは駄目だということは理解できる。しかし、どうしたら打開できるのか袋小路へと追い込まれていた。
 自分に何が足りないのか。いろいろと足りないことは分かる。ならば、どうするか。

「瀬名。どうしたの? 具合悪い?」

 俯いたままの瀬名に向けて早坂が心配そうに声をかける。それに反応した瀬名の表情は、一つの覚悟を決めたかのような強いものだった。早坂も何かを感じて一歩引く。
 瀬名は立ち上がって真っ直ぐに早坂を見る。一つ息を吐いてから、一気に言葉を紡いだ。

「早坂。私にスマッシュを教えて」
「……え?」

 瀬名のただならぬ気配に体を引き気味にしながら、早坂は聞き返す。瀬名は再度「スマッシュを教えてほしい」と言い、一歩足を踏み出した。気圧されて後ろに下がる早坂。更に踏み出す瀬名。二人の様子に姫川が助け舟を出す。

「瀬名さん。まずは落ち着いて」
「……私は落ち着いてるわ」
「なら、怖いから止めて」
「はっきり言うわね……」

 姫川は微笑みで返す。はっきり言うのが自分と言わんばかりに。姫川の介入でタイミングが外れ、落ち着きを取り戻した早坂が口を開いた。

「スマッシュを教えてって言っても……速さなら瀬名のほうが上でしょ?」
「速いだけじゃ駄目だって思ったからよ。最近、早坂のスマッシュの速度も上がってるし。何かコツ掴んだのかなと思ったのよ」
「よく見てるわね」
「早坂にどうにか勝ちたいって思ってるからね」

 だからこそ、参考になるアドバイスを聞きたいと思った。その思いからの言葉。ライバルに教えてもらうということに嫌悪感を抱かせていたのは、自分の中にあるプライドだ。足りなかったのは、そのプライドを捨てること。強くなるために、なんでも受け入れようという覚悟だった。

「おねがい。私に教えてほしい」

 それまでよりも、一段階低く、真摯な思いが込められた言葉。
 瀬名の瞳に映る確かな覚悟を早坂は感じ取ったのか、ため息をついて頷く。瀬名は厳しく保っていた表情を崩して、ほっと一息ついた。

「ありがとう」
「でも、私も教えられるのってあまりないよ。相沢の受け売りになる」
「相沢君の?」
「スマッシュを速くするコツをたまに教えてもらってたのよ」

 早坂の言葉を聞いて自然と視線を武へと向ける瀬名。当の本人は吉田や安西と談笑している。
 顔の温度が少し上がっていくのを自覚して視線をそむけた。
 その先にいるのは早坂と姫川。火照った頬の意味を悟ったのか、姫川は笑って言う。

「もしかして、瀬名さんって相沢君のこと好――」
「姫川!」

 姫川の口をふさごうと、瀬名は大声を出してしまった。後悔すでに遅く、周囲で休んでいた選手達の視線が集中する。それらを避けようと姫川を抑え込んで座る。

「ちょっと気になってるだけだし。それ以上言ったらただじゃおかないから」
「はーい」

 言葉通り何も姫川は言わないが、顔は笑みに緩んでいる。その顔を見ているとイラつきが増すために、瀬名は無視して早坂との話に戻る。

「そうなんだ。でも男子のスマッシュって参考になるの? 筋力も違うし」
「刈田とかは力任せだけど、相沢はどっちかっていうとフォームやタイミングなのよ」

 そこから早坂はシャトルを打つ時の立ち位置やフォーム。体重移動について瀬名に語った。
 正確なフォームからちょうどいいタイミングでシャトルを打つ。そうすれば力の伝達にロスがなく、初速が増す。スマッシュが相手のところへ届く間の空気抵抗による減速も最小限に抑えらえる。
 男子ならば力任せに打つことで伝達のロスの不利をはねのけられる。女子は力が足りないだけにタイミングが重要になってくるのだ。

「瀬名は女子の中では力があるから、男子みたいに頼りがちなんだと思う。でもフォーム崩れてるから、打ち終わった後の隙が大きくて、私や姫川ならヘアピンとかいない場所に打ってカウンターできる」
「その打ち返されたシャトルを取れないから、得点される、か……」

 瀬名は自分の試合を振り返ってみる。特にスマッシュを打つ時と、打った直後を。
 一つずつ思い出す間に、吉田コーチが練習再開の号令をかけた。次々と男子に指示を送り、女子に移ると真っ先に瀬名の名前が呼ばれる。

「第九コートで浅葉中、清水と明光中、瀬名!」

 言葉に反応して瀬名が顔を上げると、早坂が苦笑いしつつ言った。

「早速実戦で使えそうね」
「……そうね」

 早坂に軽く礼を言って、瀬名はコートへと向かう。瀬名にとっては合同練習で初めて認識した選手。公式戦ではさほど結果を残していなかったが、ここに召集されて昨日まではダブルスメインで試合をしていた。瀬名もダブルスを組んだが、ミスや速さについていけないなどあまり良い結果を残せていない。瀬名にとってはどうしてこの場にいるのか分からなかった。

(悪いけど、練習台になってもらうわね)

 意地が悪いと自分でも思うが、これも自分の実力を伸ばすため。ここに集まっているのは遊びではない。全道、全国に戦いを挑むためなのだ。自分が成長するために他人も助けるが、蹴落としもする。ついてこれない者は落ちていくしかない。

「よろしく」
「よろしくお願いします」

 同学年でも丁寧語で瀬名に接する清水。ネットを挟んでじゃんけんを終えて、結果、瀬名がシャトルを取る。
 互いにサービス位置とレシーブ位置につき、試合が開始される。瀬名は大きくシャトルを飛ばして清水の出方を確認する。清水はシャトルの下に入り、ストレートスマッシュを放ってきた。瀬名はすぐさまバックハンドで構えて大きく打ち返す。早坂から聞いたスマッシュの打ち方を試すには、まずはシャトルを上げてもらわなければ始まらない。

(相手から上手くシャトルを上げさせるように配球しないと……)

 清水の動きをよく見ながら、次以降の手を考える。ハイクリア、スマッシュ、ドロップの三パターン。その打ち先によって更に三パターン増える。それらをシミュレーションし、相手に上げさせるための自分のショットを考える。
 清水から来たのはストレートのハイクリア。
 瀬名はいつもよりもフットワークの速度を上げて素早くシャトルの落下点に回り込んだ。肩に力が入らないようにラケットを掲げ、振りかぶる。いつも以上にフォームを意識して、シャトルを斜め上方でとらえるために集中する。

(少しジャンプしてちょうど落下してくるシャトルを叩けるように、タイミングを計る……)

 シャトルが落ちてきたところに、引き絞った弓を解き放つようにラケットを振り切る。力はできるだけ込めずに、腕をしならせて遠心力で打つようなイメージ。結果、瀬名のクロススマッシュは清水のコートを斜めに切り裂いて着弾していた。

「……ポイント。ワンラブ(1対0)」

 悔しそうにカウントする清水を見ながら、瀬名は今のスマッシュを分析していた。
 考えながらのスマッシュは遅く、よほど余裕がなければ打てないだろう。しかし、一つ一つの動きを自覚して、体重移動をちゃんとすれば、さほど力を乗せなくても、今までの自分並の速度を出せた。あとはこれに固くならない程度に力を上乗せすれば、今まで以上のスマッシュを打てるはず。

(私のスマッシュはもっと速くなる……そして、もう一つ収穫があった)

 瀬名は最初のラリーで、自分に欠けていたものを改めて認識する。
 それは「いかにスマッシュを打つか」ということよりも、大事なこと。
「いかに、スマッシュを打てる球を上げさせるか」ということ。
 いくら自分のスマッシュが強くても、限界はある。相手がスマッシュを打ちやすいシャトルを上げてこなければ、良い位置で打つことはできない。強引に打ったスマッシュでは、今まで通りに鋭いリターンで逆に得点されてしまう。それを防ぐためには、更に前の配球が物を言う。いかにして、相手にスマッシュを決めるためのシャトルを上げさせるか。

「一本!」

 上がってしまえば、ほとんど試合は決まる。スマッシュを打つための意識と、そこに持っていくための意識。それは繋がり、共にあるもの。片方だけでは、上手くいかない。
 ロングサーブで清水を奥へと押しやり、瀬名は前に詰める。スマッシュを打ってくるならばインターセプト。自分の姿を見てハイクリアを打つならば、後ろに下がる準備はできている。
 結果、清水は最も飛距離があるクロスハイクリアを打った。瀬名は斜めにコートを突っ切ってシャトルの真下に到達した。そこでもうシャトルの落下は始まっていて、態勢を整えている時間がない。いつもならばスマッシュに行くところだったが、ストレートのハイクリアで様子を見る。
 打ったシャトルはシングルスラインよりもコート内側にいく。ギリギリを狙うコントロールはまだ、ない。まずは着実に入れて、相手にシャトルを返させること。

(早坂みたいなテクニックも、姫川みたいなスピードもないんだから、私はできる中で最善を尽くすしかないんだ)

 清水からの返球はクロスのヘアピン。瀬名のいない方へと打っていくのは基本に忠実なスタイル。それを読んで、追いつき、瀬名はストレートのヘアピンで打ち返す。普段の自分はめったにやらないヘアピン。それに不意を突かれてか、清水は駆け出しが遅れてシャトルに追いつけなかった。

「ポイント。ツーラブ(2対0)」

 瀬名は自分でカウントしてシャトルを拾う。清水が慌ててレシーブ位置につく前に素早くサーブ位置に立った。
 自分の中に生まれた感覚を忘れないうちに次を打ちたい。今までに蓋をされたものが、一気に開いた気がしていた。

(スマッシュを生かすために、ほかのショットを大事にする。ずっと言われていたはずなのに、初めて意識できた気がする)

 曇っていた視界が晴れたように、瀬名の目は周りを綺麗にとらえていた。
 次の一手を探すため。そして、早坂や姫川にもう一度追いつくために。
 瀬名は声を上げる。

「一本!」

 打ち上げられたシャトルは、瀬名の心のように高く飛んで行った。
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