Fly Up! 165
小島が客席に戻った時、ひときわ大きな歓声が上がった。ファインプレーの余波かゲームが終わったのかは分からない。しかし、武達の試合が自分の予想を超えて白熱していることは分かった。
(ここまでたどり着いただけのことはあるな)
一年の学年別で初めて会ってからの成長振りを考えて、小島は頬を緩める。淺川ほどではないが、武も吉田も、かなりのスピードでこのステージまで駆け上ってきた。
そして、ここから先は本当の実力者だけが残っていく。
(お前達は振り落とされずにいけるか?)
ラケットバッグを置いて自分の立ち居地を探そうとして、フェンスに体を預けて試合を見ている早坂の後姿が見えた。堂々と告白した手前、顔を合わせづらい。
それでも小島は隣に体を寄せた。早坂は小島の存在に初めて気づいたかのように体を震わせたが、すぐに気を取り直して「お疲れ様」と声をかけてきた。
「お前も負けたか」
「小島もね。互いに、第一シードは強かったね」
早坂の相手も第一シード。しかも、年下だったはず。自分の試合に集中していて全く早坂の試合は見ていなかったが、様子から察して完膚なきまでに打ちのめされたといったところだろう。それでも今の早坂には弱さは感じられない。既に消化しているのかもしれない。
「あれだけ堂々と宣言してたのに、負けた。かっこ悪いな」
自分の口から出る弱気な言葉に小島自身が驚いていた。自分は慰めて欲しいのか。それとも言い訳したいだけなのか。他の面々の前では出てこない自分が、簡単に顔を出す。
(早坂を前にすると知らない自分ばかり出てくるな)
知らなかっただけで、存在していた自分。
それを引き出してくれるから、早坂に心引かれたのかもしれない。
そう思って口を開こうとしたその時、また歓声が上がった。
「ナイスショットー!」
早坂も口に両手を当てて声を飛ばしている。先には武と吉田。スコアを見ると十六対十六。あと一点取ったほうがこのゲームを取る。
「まだ一ゲーム目だったのか」
「ほぼ横並び二点取り合ってたみたい。二人とも、何とか喰らいついてるって感じだけど」
それでもサーブ権を今のラリーで取り返して、一ゲーム目を取ろうとしている。喰らいついたところまでは同じ。だが、二人にあって自分にないのはコート上のもう一人の存在。パートナー。
自然と早坂へと口を開いていた。
「あいつら、本当に相性いいんだな。個々人じゃあいつらに勝てなくてもダブルスならより大きな力を出してくる。負けてられない」
小島は早坂の返答を待つ前に、コートの二人へと声を張り上げる。
「ラスト一本だ!」
言葉に呼応して武達も「一本!」と叫び、吉田がロングサーブで橘空人の体勢を崩す。弾道が低いシャトルを体を後ろに飛ばしてラケットが届くようにし、ドライブで弾き返す。それは先ほど、小島自身が返されたものと同じ。空人はすぐに体勢を戻している。冷たい汗が流れるほど、素早い体重移動と体幹。
しかし吉田もまた、サーブを打った直後に前衛として中央に移動し、返されたシャトルをネット前に落としていた。シャトルに全神経を集中して返すことだけを考えた結果の動きだと小島は思う。それは、後ろは武に任せているという思いがさせていることだとも分かった。
(あいつら、本当に強くなりやがった)
ただ個人が力を合わせただけではダブルスは勝てない。一足す一が三以上になることがダブルスの条件。このレベルならば足された値は十にも二十にもなる。
二日前、全道大会が始まった時の二人からは考えられなかった。おそらく、この試合会場では誰も。
(特に、相沢)
武がストレートにスマッシュを放つ。それを橘海人が返し、更にスマッシュを打ち込む。上から見ている小島だからこそ分かる。武のスマッシュは、微かな変化だがただのストレートスマッシュではなく、最初に打った時とは軌道が横にずれていた。海人の右サイドから、徐々に内側に入り込んでいく。四度目に打ち込んだところで海人はロブからヘアピンに切り替えた。
正確には、切り替えるしかなかったのだろう。
速いテンポで打ち込まれた、微かに軌道が違うシャトルをさばききれずに逃げるしかなかった。それでもシャトルはネットぎりぎりのきわどいところを進んでいく。吉田がヘアピンでサイドライン上に落ちるように返し、させじと空人が高く舞い上げた。
(相沢は後衛として。吉田が前衛としてこの三日間でやばいくらいレベルアップしている。逆を言えばこの陣形が崩されれば、橘兄弟には勝てない)
「はっ!」
武が飛び上がり、シャトルにラケットを思い切り叩きつけるように振りぬく。だが、シャトルはラケットの軌道とは別に、クロスドロップとなった。
今まで何度か見たことがあるフェイント。そのキレは過去最高のものだ。空人は完全に出遅れて足を踏み出す。ネットを越えてシャトルがコートへと落ちると誰もが思った。
「うおお!」
しかし、空人はラケットを下にもぐりこませてクロスヘアピンを打つ。シャトルはネットぎりぎりを進み、ついに武達のコート側に入った。
吉田は更にヘアピンで落とすが既に空人は目の前に立ちふさがり、ロブを上げてラリーは再び立て直されることになった。
(あそこを攻めてしのぎきるってどれだけ凄いんだ)
小島も心の底から感嘆する。厳しい手を打たれたところに打ち返し、相手の反撃を抑えて凌ぐ。後手に回っても消極的ではなく積極的に相対する。攻撃は最大の防御をやり遂げる集中力は小島でさえ持ちえるか分からない。
(ミスれば一ゲーム目が終わるって状況でここまで出来るなんてな。一つ下とは思えない強さだ)
自分達の一つ下の世代。早坂が敗れた君長凛や橘兄弟。既に全国レベルの力を持っているだろう選手達の存在に体が震える。自分が追いつけるのか、そして超えられるのか。
(まずはあいつらが超えられるかだ)
フェンスを握る手に力が入る。
ロブを上げられてからは再び武がスマッシュを打ち、空人と海人がロブを上げるという拮抗状態になる。途中ドロップを織り交ぜるが、二人は即座に反応してロブを上げ続ける。前で構える吉田には触れさせない。武の体力負けで落とすのを待っているのか。
「おら相沢! ここで決めろ!」
小島は力を込めて叫ぶ。自分の思いはこの場では消えた。だからこそ武と吉田に託すように、声を伝える。その言葉に乗ってか、武の放ったスマッシュは鋭く橘兄弟の間へと突き刺さる。いつもならば右側にいるプレイヤーが取るはずのシャトル。しかし、今回の打ち返すはずの海人の反応が一瞬だけ遅れた。
打ち返されたシャトルは低い弾道のままネットを抜けようとする。
「らぁ!」
前に詰めていたのは吉田。いままで集中力を切らさずに構えて貯めていた力を開放し、シャトルを橘兄弟のコートへと打ち落としていた。
「ポイント。セブンティーンシックスティーン(17対16)。チェンジエンド」
吉田は小さくガッツポーズをし、武は「しゃあ!」と咆哮する。対照的な喜びの表し方で二人は牙城を崩すための階段を一つ上った。
コートの外に一度出て行く四者。小島の中に湧き上がった勝利の喜びに高ぶったものが、その姿を見ておさまっていく。どちらが勝者なのか分からないほどに、武と吉田は疲れきった不安定な足取りで歩き、橘兄弟はコートを踏みしめていた。次は取るという強い気持ちが体中に満ちている。
(第一シードを破ったことでの体力消費。ここの一ゲームで減らした分も含めると……あいつらはもう限界だ)
これ以上試合をすれば取り返しのつかないことになりかねない。小学校時代から常に上で戦ってきた小島だからこそ分かる。体力がつきかけた時の無理なプレイは怪我の元だ。止めるべきだと。
しかし、庄司は少し離れたところから試合を見下ろしているだけ。動く気配がない。
(自分の生徒を見殺しにするのか……いや、信じてるのか)
武はまだしも、吉田もまた小島まではいかないまでも上で戦ってきた人間。怪我の可能性も考えているだろう。本当に無理かどうかの境界線を、判断できるというのか。
「小島。信じようよ」
早坂の言葉で、自分がフェンスをずっと握り締めていることに気づき手を離す。掌は汗で滲んでいる。自分の緊張感を素直に表している。
それを見ても早坂は変わらない。
「怪我するかもしれない。でも、無事に帰ってきてくれるよう信じようよ。あいつらを」
「体震わせながら言っても説得力ないさ」
「え?」
小島の返しに早坂は自分の体を見下ろす。言う通りに震えていることに全く気づいていなかったのか、唖然とした顔を小島へと向ける。その顔がおかしくて小島は笑った。
「信じるか。俺らに出来るのってもうそれ以外ないからな」
ラインズマンをしている岩代も、ここで見ている他の選手達も。
この場で何かを自分達の手で掴めるのは、武達を含めて数人だけ。残りは祈り、思いを託すだけ。
「相沢! 吉田! ファイト!」
早坂が言うと共に他の女子達も次々に声援を送る。須永や川瀬は普段通り口を開かなかったが、フェンスから少し体を乗り出して食い入るように見ているところは想いを何かしら込めているのだろう。
「二人とも! 一本だぞ!」
安西も岩代の分を込めて叫んでいるように思えた。
小島もまた、これで終わりにするように思いのたけを込める。
「もう一ゲーム、取れるぞ!」
皆の声援が揃ったところで、武と吉田は右拳を握って振り上げた。
◆ ◇ ◆
拳に込められた想い。それは確かに小島達に伝わった。依然として苦しい状況は変わっていないが、もう信じて最後まで応援する。その覚悟が応援する側にも出来た。
コートサイドをチェンジして、二組がコートに入る。吉田と武は屈伸をしながら体の動きを確認し、橘兄弟は攻め方を決めているのか小さな声で話している。
「セカンドゲーム、始めます」
そう告げて、ファーストサーバーの吉田へとシャトルをほうる審判。シャトルを受け取ってサーブライン傍で構えて息を整える。
「一本!」
「おう!」
吉田の声に呼応する武。ショートサーブが打たれた瞬間、腰を落として防御姿勢を作り出す。空人がプッシュしてきたシャトルを逆らわずに高く上げる。サイドバイサイドに陣形を整えたところで今度は海人がスマッシュで二人の間を突いてくる。バックハンドで取ろうとした武よりも先に、吉田がラケットで奥へと弾き返していた。反応速度が上がっているのか、武の速度が下がっているのかは外野からは分からない。
「どっちだと思う?」
小島が早坂へと問いかける。何がとは聞かなかった。何故か小島と同じことを考えていると早坂は思っていた。今のこの空気の中ではならば。
「吉田のほうが、速くなってる」
「なるほどな。この状況で更に速く動けるなんて……大丈夫か?」
小島の言葉の意味は早坂も分かった。体力が減っている今、更に動きを速くしたということは、勝負に出ているということではないか。体力が尽きるその前に、十五点を取ってしまおうという、追い詰められた上での作戦。
「そう見えるけど。多分、相沢はそんなこと考えてる余裕ないんじゃないかな?」
「やっぱり余裕がないってことじゃ」
「確かにね。でもそれは、早く終わらせるってことじゃなくて。このハイレベルの戦いについていこうって想いからだよ。どちらにしろ、今の段階だと相手のほうが数段実力は上なんだから、無理するしかない」
「結局、やばいってことじゃないかね」
そこで言葉のやりとりは終わった。小島にとっては結論で。早坂には、これ以上は言葉にする必要がないという結論で。
(追い詰められてなんかない。最初から、持ってる力を精一杯出そうとしているだけ。その気持ちだけで、この試合は左右される)
早坂はしっかりと拳を握り締めた。その分、力が送られるとでも言わんばかりに。
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