Fly Up! 159

モドル | ススム | モクジ
(どこまで打てば終わるんだ!?)

 序盤と同じくらい、それ以上に攻め続ける。しかも、今度は真っ向勝負。体力も限界に近い中でリードしてのコートチェンジ。このまま押し切れなければ自分達が危ない。
 それほど攻めても、川島と坂下はシャトルを返してくる。いまや相手の思考も分かっていた。武達が攻めているならば、最後まで返し続けて自滅を計ろうというのだろう。その思考は読めていてもこれ以外できることはない。
 ひたすら攻め続けて、隙を見つけ出して攻めるのではなく隙を作り出してシャトルを叩き込む。
 シンプルゆえに、読みやすい。
 相手も自分達も、これ以上何をするかということが出来ない。最後になっての真っ向勝負。
 分が悪いのは武達。

(いや、どこまでなんて……相手コートにシャトルが落ちるまでに決まってるだろ!)

 武のスマッシュが角度が甘く入り、前で受けていた坂下はバックハンドでドライブ気味に返した。と、その瞬間に吉田が斜線上にラケットを割り込ませてシャトルを叩き落した。
 さらにポイントが入る。またひとつ勝利に近づいて息を吐く。

「武。集中切らせるな」

 吉田の言葉に頷く。この状況に集中を切らせる余裕などない。それでも声をかけるということは。

(自分自身にも言い聞かせてる。何かひとつでも勝てないと思ったら集中が切れてしまう……張り詰めた糸は切れやすい)

 張り詰めることしか出来ない糸。余裕がないままでどこまで切れずに行くのか。

(切れる時なんて考えてられるか!)

 吉田のショートサーブでシャトルが相手コートに入る。川島のプッシュを武はロブでしっかりと奥に返した。


 ◇ ◆ ◇


 武は気づいていなかったが、二ゲーム目の終盤から坂下と川島に対抗できるようになって来たのは、相手のショットをしっかりとコート奥に返せるようになったからだ。速い攻撃の中でシャトルの動きを捉えて打ち返す。それはタイミングが合わなければ無理なもの。第三ゲームがシーソーゲームとなっているのは、シャトルを全て上手く打ち返せているわけではないからだが、それでも第一ゲームの時に比べて格段に確率は上がっている。

(この試合の中で、一番驚いているのは相手で、俺が二番目。武が一番気づいてないよな)

 集中しろと武に伝えた吉田だが、自分は武の成長ぶりに思考を向けていた。
 ロブが返ってくる一瞬で考え、またすぐ後にシャトルの動きを捉える。
 自身もネット前での反応が高まっていくのを感じていた。 
 相手から来るドライブも、スマッシュも今までより一歩前に踏み込んで返す。タッチが早い分カウンター気味となり、磐石に見える川島達の防御にも徐々に綻びが生じていく。
 いわば巨大なダムに武が直接攻撃してひび割れを起こさせて、吉田がそこに穴を穿つ。
 完全な役割分担。だからこそ、武が作った隙を吉田がカバーすればいい。後ろを見なくても、すでに武がどう打てばどこに隙が出来るのかを吉田は把握して、そこをカバーするように立っていた。当然、相手もそれに気づいて吉田のいない場所を攻める。しかし、そこは武の制空権内。

「はっ!」

 ドライブをドライブで返す。ネットすれすれにストレートで飛ぶシャトルを前に飛び込んだ川島がプッシュする。だが、その強い一撃を吉田が近距離で完全に威力を殺し、絶妙なネットぎりぎりのヘアピンを打つ。強打した瞬間にさらに返されると第一シードとはいえ、次のショットは打ち切れずにネットに引っ掛けていた。

「しゃ!」

 ひとつずつ近づいてくる勝利。これが地区大会ならば辛いだろうが、最後までのルートが見えているところだ。だが、今は自分達がリードしていてもまだ先は全く見えない。それどころか少し先の道さえどうなっているか見えないほど、暗い。その中を速度を落とさずに自転車に乗って進んでいるような気分に吉田は陥っている。

(最後まで、終わった時点で勝っている。そういうものだ)

 吉田がショートサーブを打ち、今度は川島がシャトルをヘアピンで落とす。上げたくないためにまたヘアピンで返すと、川島はあっさりとロブを上げた。
 このままヘアピン勝負を続けられれば負けるのはこちらだと思っていた。しかし、川島はコートチェンジの直前から積極的にロブを上げるようになっている。明らかに武にスマッシュを打たせて体力を削る意図があった。だからこそ、そこを通るしか吉田達に手はない。

(俺が後ろに回ってスマッシュを打てば、武は休める。だが、前の攻防は武は無理だ)

 強打は武が。ラケットを用いた技術は吉田が強い。分かっているからこそ、この陣形を崩さないのだ。いや、崩せない。

(この陣形が崩れた時には攻撃できなくなる……!)

 シャトルがドライブで抜けていく。一瞬の隙でラケットをすり抜けたシャトルは、コートに落ちようとした。

「広がれ!」

 武が滑り込んでバックハンドでロブを上げる。
 シャトルが上がると同時に吉田は右側に広がる。武は左側に。防御体勢を整えるしかないが、この瞬間に相手ペアの攻撃が始まる。

「うら!」

 後ろにいた坂下がスマッシュを鋭く打ち込んでくる。角度も速度もある一撃を武はしかし、綺麗に捕らえてヘアピンで返していた。

(なに!?)

 ロブではなく、ヘアピン。それはローテーションを守るならば吉田が後ろに回り、武に前衛を任せるということ。明らかに技術が劣っていると分かっていてもとめるわけには行かない。

(無理するなよ!)

 心の中で呟いて、伝わると願いながら後ろに回る。武が前にいることに川島は不敵な笑みを浮かべてヘアピンを返す。武もラケットを伸ばしてぎりぎり浮かないように返したが、川島の反応が早くプッシュでシャトルを叩き込もうとし――
 武のラケットがシャトルを弾き返して、坂下と川島のちょうど中央に落としていた。

「ポイント。トゥエルブセブン(12対7)」
「しゃ!」

 武があげた咆哮に、吉田も坂下も川島も動きを止めた。
 誰もが今起きたことに理由が見つけられない。本来なら返されるはずのないタイミングで、シャトルを返された。
 決められた坂下達よりも、決めた側の吉田も何が起こったのか分からない。

(武……何をした?)

 驚きを抑えつつ、ショートサーブの姿勢に入る。武が見せた動きが頭にちらついたまま打ったシャトルは少しだけネットから浮いた

「しまっ――」

 後悔の言葉と、シャトルをかわすのはほぼ同時。何とか返そうと体を横に流したがラケットは届かない。
 まだセカンドサーブがあるという諦めが頭をよぎり。

「はっ!」

 武がロブを奥まで上げていた。まずシャトルが着弾するタイミングで返されたシャトル。それに遅れずに反応した坂下は後ろからスマッシュを解き放つ。

「はあっ!」

 ストレートスマッシュを武は前に飛び込み、シャトルがネットを越えた瞬間にプッシュで叩き落す。川島が反応してロブを上げると、その先には武のラケットがあった。

「はっ!」

 ラケットに当てるだけ。それでもインターセプトしたシャトルは川島の胸に落ちていた。

「ポイント。サーティーンセブン(13対7)」
「しゃあ!」
「……よっしゃ!」

 吉田は右手を掲げ、武とハイタッチを交わす。武の成長振りに驚きながら。

(武の反応速度が飛躍的に上がってる)

 今までよりも更に反応速度が上がっている。スマッシュを的確に弾き返し、今の段階ではスマッシュをプッシュで返せるほどに、前に踏み出せるほどになった。
 それだけではない。
 シャトルタッチも急激に良くなり、近距離で強いショットを打たれても勢いを完全に殺して返せるようになっていた。それは吉田さえも持ち得ていないもの。

(武のやつ。この試合で……また一つ段階を上げた)

 背筋を上る悪寒。何かを恐れている証拠。ならば、何を恐れているのか。
 目の前に立つパートナー。その姿が、今まで見ていた男とは別の姿になる。

「さあ、一本! 今なら押し切れる気がする!」
「ストップだ!」

 武が気分の高揚に任せて言った言葉を切り裂く、坂下の言葉。
 場が一瞬静まり返り、ラケットが空気を切り裂く音が響く。

「そう簡単に終わらせない。いや、最後に勝つのは俺達だ」

 感情をむき出しにして武達を睨み付ける川島に、吉田はまた別の悪寒が走る。

(そうだ。武を恐れているなんて余分なことはない。目の前の相手が、越えるべき山だ)

 例え、隣の男がその山となろうと。
 今は目の前に山がある。進むべき場所を遮る巨大な山が。
 もう少しで上るところまで来ているのだ。

「ストップ!」
「一本!」

 坂下の気合をかき消すように声を重ねる吉田。そのまま放つショートサーブはこの終盤に来ても精度は落ちず、ネットすれすれを行く。

「おおあ!」

 全く浮かないシャトルを、ラケットをスライドさせるようにして打った川島。シャトルは鋭くコートに落ちる。だが、そこで武が救い上げるように打った。

「あめぇよ!」

 高さが足りなかったのか、飛び上がった川島のラケットがシャトルを捕らえ、今度こそ武達のコートにシャトルを落としていた。

「セカンドサービス。サーティーンセブン(13対7)」

 まだセカンドサービス。しかし、ここで押し切れないところに第一シード。現時点の、北海道最強のダブルスの力が見て取れる。

「さあ、一本だ!」
「応!」

 武がショートサーブの構えを取り、吉田が後ろに行く。
 そこで武の目が一瞬自分のほうを見たのに吉田は気づいた。

(武……おそらく、あれか)

 ドリブンサーブ。鋭い弾道でシャトルを飛ばすサーブを、ここで放つ。
 乱発すれば読まれやすくなるからと、封印していた一手。
 だがこのタイミングならばいけるはずだった。自分の頭すれすれに飛んでくるシャトルを打つには、少し身をかがめて打つしかない。その動作をシャトルが飛んでくる一秒にも満たない間に実施しなければいけない。
 出来てもロブが上がるくらいだろう。こちらにリスクはない。

(ここで、もう一点取る)

 そうすればたとえサービスオーバーでも優位に立てる。第一シードでも、同じ中学生。一点落としたら終わりというプレッシャーは強いはずだ。

「一本!」

 武が吼え、シャトルが打ち出される。シャトルがネットをぎりぎり越え。
 シャトル部分がネットにぶつかり、坂下の前に跳ねていた。

(なっ!?)

 完全なミスショット。不用意に浮いたシャトルを前に坂下は顔を歪めてラケットを振りかぶる。渾身の力を込めてスマッシュを、吉田へと向けて放とうとする。

(完全な、油断!?)

 だが吉田は諦めず腰を落とす。これを返せばまだチャンスはある。武に出来て自分に出来ないはずがないと信じて。

「らっ!」

 坂下のスマッシュの音と――

「はっ!」

 武のラケットが振られる音が同時に、吉田の耳に届いた。

「……ポイント。フォーティーンマッチポイント、セブン(14対7)」

 坂下の胸に落ちる、シャトル。今度もまた一瞬の出来事。坂下のスマッシュがネットを越えた瞬間に武によって叩き返された。しかも、吉田のショートサーブを打った時のように、スライスさせて、全く浮かないシャトルを返したのだ。

「ナイスショット!」
「おっしゃ!」

 吉田も感極まって武とハイタッチする。その瞬間、何かコートを包む空間自体に亀裂が入った音がしたように、吉田は思えた。

「……さあ、ラスト一本」
「おう」

 ここに来て、周囲の声が届く。早坂達が叫ぶラスト一本!という声。諦めるなと悲痛に叫ぶ坂下と川島のチームメイト。
 だが、吉田は分かっていた。
 もう自分達を押し潰さんとしていたプレッシャーがないことを。
 坂下達の集中力が切れた音を、聞いた。

 武が打ったショートサーブ。シャトルが綺麗な弧を描き――

「ポイント。フィフティーンセブン(15対7)。マッチウォンバイ、吉田、相沢」

 二時間半の激闘を終えて。
 吉田、相沢組。準決勝進出。
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