Fly Up! 143

モドル | ススム | モクジ
 杉田が敗退後、試合全体はテンポ良く進んでいく。接戦がなく、刈田と小島、早坂はそれぞれ順調にゲームポイント2対0で勝ちを取る。
 敗者審判を終えた杉田は客席で進んでいく試合を見ている。武と吉田はそれぞれ刈田と小島のラインズマンを終えて客席へと戻ってきていた。二回戦も終わり、遂に次はベスト8を決める試合。ここで勝ち残ったものが三日目の決戦に進むことが出来る。

「試合のコールをします。翠山中、刈田君。札幌玉林中、坂田君。第五コートにお入りください」
「おっしゃ! 行って来る」

 両頬に気合の張り手をして刈田は立ち上がる。二試合をして疲れはあるだろうが、テンションは最高潮に達している。ここで勝てば、三日目は淺川亮と当たることになる。

「あれだけスマッシュを見せつけられたら、俺も負けるわけには行かないからな。同じスマッシャーとして」
「ウォーミングアップ、手伝うよ」

 立ち上がろうとした武をしかし、刈田は押し留める。視線はすでに吉田へと向いていた。

「吉田。お前に頼むわ。スマッシュをレシーブしまくってくれ」
「オッケイ」

 武は少し残念な気持ちがあったが、それも仕方が無いと割り切る。刈田は自分を奮い立たせるのはスマッシュを打つことだと分かっている。それを短い時間で効率よく打つにはレシーブ力に優れた吉田は最適だ。

「頑張れよ。勝ったら若葉とのデートをセッティングしよう」
「……それはかなり期待したいが本人の了承ないだろ」
「うん」

 武も本気で言ったわけではない。刈田も分かっているからか笑ってその場から去っていく。客席からじっくり見ようと位置を移動しようとした時、小島の表情が固いことに気づいた。

「どうした? 小島」

 小島は「ああ」と短く呟いてから一度言葉を止め、再び呟く。

「刈田の次の相手、小学生の時に全道大会で試合したことがある。刈田には相性が悪い奴かもな」
「相性……」
「とにかく拾うし、動く。刈田はフットワークが鈍いから、動きに振り回されるかもしれない」

 小島の言葉に武は息を飲む。それをアドバイスしてやればよかったのに、と詰め寄ろうとしたが止めた。今更言っても仕方がないことだ。

「まあ、あいつはパワーだけはあるからな。力でねじ伏せるかもしれない」

 その言葉に少しだけ、武は心が温まった。
 小島の言葉に、武の心が少しだけ温かくなった。あまり興味が無いように振舞っていても、小島もまた刈田を認めている。だからこそ、何か否定的なことを言っても最後にはフォローするのだと。

(俺は俺で、応援するだけか)

 今日も残り試合が少なくなっている。勝ち残っているシングルスプレイヤー三人の中では、勝てば刈田が先んじてベスト8に進出する。勝ち負けが早坂と小島に影響するかどうかは分からないが、それでも勝てば二人は背中を押されるに違いなかった。

「刈田ー。頑張れよ!」

 客席の柵にもたれて眼下の刈田を激励する。ちょうどスマッシュで基礎打ちをしていた刈田を、審判が止めた。試合が遂に始まる。
 相手をしていた吉田はそのままラインズマンに入り、審判がネット中央を上げると刈田と対戦相手――坂田が握手を交わす。
 前髪が長く、片目が隠れるほどの風貌。果たしてその髪形で遮られた視界でシャトルを捉えきれるのかと思うほど。それでも小島が何も言わなかったところを見ると、小学校時から似たような髪形だったに違いない。

「ラブオールプレイ!」

 審判の声に呼応して、刈田はサーブを打った。大砲から放たれる砲弾があげるような音を立ててシャトルは坂田をコート奥へと運ぶ。そこから坂田はストレートハイクリアで刈田のバックハンド側を狙った。だが、刈田は背中を向けてバックハンドで難なくストレートに打ち返す。坂田は意表を疲れたというように体を反転させてシャトルを追った。

(そうだ。刈田はこれがあるからそう簡単には崩れない)

 バックハンドでハイクリアを飛ばすにはタイミングが重要だった。パワーがある武でも今時点ではバックハンドではドロップが限界であり、ハイクリアを打つ場合は強引に体を入れてフォアハンドのまま打つ。
 だが、刈田は腕の力のみで強引に力強いハイクリアを放つ。スマッシュの威力や速度はほぼ同じでも、やはりパワーが上だと分かるのはこのプレイを見る瞬間だ。坂田も今のワンプレイでバックハンド攻めが有効ではないことを悟ったのか、今度はフォアハンド側にクロスハイクリアを打つ。刈田は十分な力を溜めて、ラケットを一気に振り下ろした。
 空気が弾ける音と共に、シャトルが高速で坂田の真正面に飛んでいく。ラケットを構えるも、シャトルはフレームに当たってコートに落ちていた。
 最初の得点は刈田。自分の武器を最大限に生かした試合運びでの一点はいつものそれと大きく異なる。
 試合の流れを自分へと引き寄せるためには、自分の得意分野を生かしたやり方が一番良い。刈田で言えばそのスマッシュだ。

(うん。固さもないし、いける!)

 シャトルを返されてすぐに刈田はサーブラインの前に立つ。一点取ったことで場所が変わり、武から見える部分も変わる。そこで気づいた。
 刈田の顔がかすかに笑みになっている。自分でも上手くいったと思っているのか。

「一本!」

 声と同じくらい大きな炸裂音を後ろに、シャトルが飛んでいく。坂田がドロップでストレートに落とすと、刈田は前に突進した。その動きの豪快さとは裏腹にラケットは床と水平にして優しく置くように伸ばす。シャトルがラケット面に当たると、ほとんど浮かずに相手側にシャトルが落ちていく。坂田もまた前につめており、刈田を抜くようにロブを飛ばした。刈田は前に踏み込んでいた右足を後ろに戻して、そのままシャトルを追っていく。
 追いついたところはフォア側。飛行距離を出来るだけ短くするためにストレートに飛ばしたのだろうが、刈田の動きのほうが速い。

「うら!」

 スマッシュが坂田へと叩き込まれる。コースは先ほどと同じく胸部。最も取りづらい場所に最速の一撃を叩き込む。しかし、今度は坂田もネット前に返していた。

「おらあぁ!」

 シャトルがネットを越えて落ちていく。最短距離を進むシャトルに対抗するように、刈田も真っ直ぐシャトルに進む。ラケットを伸ばして少しでも届けば、リストの強さに任せたロブを上げられる。
 しかし、ラケットが届いた時にはシャトルはコートへと落ちていた。

「サービスオーバー。ラブワン(0対1)」

 悔しそうに刈田は自分の右足にラケットを叩きつける。それからシャトルを拾い、坂田へと返した。シャトルを受け取った坂田はゆっくりと自分のサーブ位置に戻る。
 上からその様子を見ていた武は、気づいた点を小島に確認した。
 
「なあ、もしかしてあの坂田ってやつ」
「ああ。あいつの戦法はあの通り。最短距離をずっと狙い続ける。読みやすいが、対応しきれるかは別だ」

 武は小島の言った「相性」の問題をようやく理解した。
 坂田の打球は読みやすい。小島への確認からも、シャトルがコートに着く最短距離を狙い続ける。ただ、打球が読めることと実際に追いついて打てることはまた違う。
 もし坂田の打ち筋が最後まで変わらないのならば、体力のある序盤ならばまだしも打ち疲れが出る後半になればなるほど追いつくのが辛くなっていく。刈田からすれば、体力がなくなる前に勝負をつけなければいけないだろう。

「ストップ!」

 坂田のサーブが上がって、刈田は叫ぶ。スタイルは変わらずに、スマッシュを坂田へと叩き込む。今度はバックハンド側にストレートの軌道。坂田はクロスヘアピンで手前に落とした。刈田は追いついて同じくヘアピンで少しだけ前に落とすと、坂田は体を深く沈ませてロブを上げる。再び上がったシャトルにまた追いついてから、刈田はハイクリアでコート奥に坂田を追いやる。素早くシャトルの下に入った坂田は深く膝を折って飛び上がった。

(ジャンピングスマッシュ!)

 より高い打点から鋭いスマッシュを打つための技術。扱う武がそう考えたが、実際はハイクリアでシャトルは返される。スマッシュと見せかけてのフェイントに刈田の体が一瞬沈みこんだ後にまた跳ね上がる。
 最短距離を打つという読みやすさが特徴にも拘らず、たまに取り入れられるフェイント。武が見る限り、意図的にランダムに入れているようだ。読みやすい打ち方に慣れた頃に突然フェイントを入れることで、あわよくばポイントを取り、悪くても相手の体勢を崩す。そうすることで体力を奪っていく。正に試合巧者だ。

(吉田や小島ならそれに最後まで対抗できるフットワークや体力があるだろうけど、刈田はどうだ?)

 思い浮かべた二人よりも大きな体躯。パワーがある分、フットワークには体力をより多く使う。

「うおおお!」

 コート奥に上がったシャトルをスマッシュで坂田のコートに叩き込む。またバックハンド側に。坂田は追いついてドライブ気味のショットを打ち返したが、そこにはすでに刈田が届いている。刈田もまたバックハンドで今度は逆サイドに打ち返し、坂田がそれを追う。伸ばされたラケットがシャトルを捉えきれず、フレームに当たって打ち上げた。
 ネット前にふらふらと上がったシャトルを刈田はコートへと思い切り叩きつけていた。

「しゃ!」

 息巻く刈田の姿に武は身体が震わせる。坂田が自分の得意なスタイルで押し通すように、刈田もまたパワーで押し切るという自分のスタイルで挑むのだ。コート上を何度往復させられようと、強力な一撃を叩き込んで形勢を逆転させる。スマッシュこそ、自分の真骨頂だと。

(しばらくあいつのシングルスを見てなかったけど、また強くなってるんだな)

 ダブルスとシングルスで完全に分かれた感はあるが、一番初めにシングルスで対戦した時を思い出す。その時から流れて、学年別で一度試合をしてからほぼ一年。武がダブルスプレイヤーとして覚醒すると共に、刈田もまた強くなっていた。今年度はどちらか片方のみ出場と決まったため、学年別で対戦することも無いだろう。
 だからこそ、武は内からくる衝動を抑えることに必死だった。

(俺だったらどう刈田と戦うだろう? あいつのスマッシュを抑えて、こっちのスマッシュを叩き込む……)

 武が脳内でシミュレーションしようとするのを、現実の音がかき消す。
 坂田のいる位置と完全に逆方向に刈田はスマッシュを叩き込んだ。フットワークが素早いはずの坂田が振り回されている。それとも刈田のパワーに押されて思うようにシャトルワークが出来ていないのか。

「ナイスショットだ!」

 両手で簡易メガホンを作り刈田を激励する武。今は応援だけ。仲間なのだからと自分に言い聞かせる。声を上げた武に対して刈田は右手を拳にして掲げた。

(うん。いいテンションだ。今の刈田はそう簡単には止まらない)

 刈田は更にサーブを打ち上げて坂田を追い詰める。武もその様子を見て更に胸を熱くさせた。そこで後ろから冷静な声がかかる。

「刈田の体力がどこまで持つかにかかってるな」
「……確かにな」

 小島の一言で現実に戻される。
 刈田が力で押し切るか。坂田がシャトルワークで刈田の体力を枯渇させて、盛り返すか。勝負は二人の戦術にかかっている。後半になればなるほどスマッシュの威力は落ちていくはずで、刈田に不利な勝負とは思う。それでも、武は刈田が負けるとは思わなかった。

「あいつは勝つよ。ぎりぎりでも、楽勝でも勝ちは勝ちだ」
「そうだと、いいがな」
「良いけどって思ってるんだな」

 武の言葉に小島は黙る。その間に、また刈田のスマッシュが決まった。
 試合はまだ、始まったばかり。
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