Fly Up! 142

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 敗者審判を終えた杉田が自分達の陣地に帰ってきても武はかける言葉が見つからなかった。ラインズマンとして試合を一通り見届けた自分だからこそ何かを言わねばならないと思い、言葉を探していたが結局見つかることはなかった。

(市内大会とかなら言える……んだけどな)

 惜しかった。相手が悪かった。仕方が無い。
 何でも妥協の言葉は言える。しかし、今回の相手はあまりにも高く遠すぎた。どれだけのダメージを杉田に与えているのか武には想像することができない。
 それは他の選手も同様だったのか、他校の安西や刈田は勿論、早坂や吉田もどことなく警戒しているように武には見えた。
 杉田はその微妙な空気の中を進んで椅子に座ると、ため息一つついた。そのまま俯き加減に姿勢を落ち着かせて動かなくなる。

「杉田。よく頑張ったな」

 杉田に向けて最初の一言を伝えたのは庄司。杉田は一瞬だけ体を震わせて「ありがとうございます」と呟くと、動きを止める。

「汗をかいたままだと風邪をひく。処理はちゃんとしておくように」
「はい」

 今度は即答して立ち上がると、服を入れたラケットバックを持って更衣室目指して杉田は歩き出した。思わず武は声が出てしまう。

「杉田……」
「相沢。ちょっといいか」

 何かを言おうとして呟いた名前ではなかったが、予想外に杉田から声がかかった。武は拒否権を発動することなく杉田の後ろについていく。客席のある場所と、外を隔てる扉をくぐったところで杉田は天井に向けて思い切り息を吐いていた。

「っぷはぁ。息苦しいわあそこ」
「杉田?」

 杉田のまとう雰囲気ががらりと変わる。心臓を押さえるような動作をしてからラケットバッグを背負いなおすと、更衣室へと向かう。武もその後ろをついていった。

「おい、杉田」
「あ? なんかみんな俺が試合に負けてへこでると思ってる感じでさ。別に問題ないとか切り出せなくてな」

 その口調は無理をしているようには聞こえない。確かに杉田自身が言うとおり、精神的なダメージはないようだった。

「汗の処理っつても実はもう乾いてるんだよ。まあ、前の試合のと同じだから汗臭いから変えるけど」

 更衣室までたどり着き、歩いた勢いのまま中に入る二人。適当な場所を探して杉田はバックを置いた。

「ショックは受けなかったのか? あれだけやられて」
「あれだけやられてるからショックがないんだよ。ありゃ化けモンだ」

 杉田はユニフォームを脱いで私服のシャツを頭から被る。その間も口は動き続けた。

「何をやっても返されて、あげくスマッシュ一発で沈められる。なんか分からないんだけどスマッシュが取れないんだよな。全く遠い位置に打たれたならまだしも、前と同じ軌道で打たれたのさえ上手く打ち返せなくて、結局プッシュで入れられるんだ。試合中はどうしようかとか焦ったけど、今思えばもう絶望通り過ぎて笑っちまう」
「あれは、打つたびに微妙にコースを変えてたんだと思う」

 武はそこから淺川のスマッシュについて説明する。ラインズマンの位置で見ていたが、確証はない。同じコースに来ていながら返せなかったという状況証拠からの推測だ。それでも正しいように武は感じてる。

「はーなるほどな。って、そんな微妙な変化が出来るほどか」
「出来る……んだろうな。淺川は」

 言い終えてから改めて淺川亮の実力に武は身震いする。全国の一歩手前。全道にここまでの選手がいるなんて。

「あまり驚くことじゃないさ。北海道はバドミントン王国だし」

 突如かけられた第三者の声に驚いて後ろを振り向くと、西村が更衣室の入り口に立っていた。近くにあるトイレに寄った時に杉田や武の声が聞こえた、という旨の言葉を紡ぎ、二人に近づく。

「久しぶり、杉田。何食べたらそんなかっこよくなるんだ?」
「それはお前に返すぜ。一瞬見て、西村って気づかなかったわ」
「どうもー」

 わざと茶化して言った言葉に場が和む。だが武はすぐに西村言葉の真意を知りたくて先を促す。

「バドミントン王国って?」
「ああ。大学の話だけど、実はインカレで一番強いのは北海道にある大学の、トップなんだよ。北海道の大学リーグ戦で一位を取ることイコール全国で一位。その原動力は勿論本州から来る選手もいるけど、大体が道内出身だ」
「つまり……高校や中学から進学組みってことか」
「そう。つまりは俺らみたいな奴らの中で全国トップクラスの選手が育つ。淺川がいるのも別におかしいことじゃない」

 西村は一度言葉を切って言いなおした。

「北海道で優勝できれば、全国でもトップクラスってことだ。そんな激戦区なんだよ」

 西村の言葉は重く武の心に圧し掛かる。全道大会とは言っていても、実質全国大会と変わらない重みがあるということだ。段階的に強さが上がっていくということなら武も覚悟は出来ていたが、いきなりレベルの高さが上がるというのか。

「淺川は特にここ数年で一番のやつだよ。だから負けても仕方が無いだろ」
「まあな。全国トップレベルの強さを感じれたって言っておいてくれ」
「おう」

 杉田の言葉を聞いて西村は更衣室から出て行った。残された二人。武は西村の言葉に硬直していたが、杉田は手早く着替えを終えていった。

「あいつ。らしくないことするじゃないか」
「西村が?」

 杉田は笑って一度頷き、言う。

「俺が落ち込んでないか慰めにきたんだろ。でも、らしくないって思うのも違うか。俺が見ていたのは中一の一学期くらいだけなんだから」
「あいつはあいつで、この一年以上の間に変わったんだろうな」

 身長も体重も。バドミントンの実力も。心のありようも全てが知っていた頃と違う。武も一年前の自分を思い、違いを受け入れた。一年前の自分が今の自分を想像できていたとは思えない。ただ、実力の高い先輩のプレイを見て驚いて、吉田の力に驚いていたのだから。
 ダブルスを組むようになってもそれは加速し、必死になって何とかついていったのだ。その上での全道。そこにいる、正にトップの実力を垣間見た。

「それにしてもなあ。多分、淺川は全然本気出してないんだろうな」
「……多分」
「相沢もやっぱりそう思ったか」

 西村に言った当人がそう感じているのだから、隠す必要はないと武は語る。
 あまりに実力差があると特に動くことも、実力を出すこともなく勝てる。それは自分自身が市内大会でも経験したことだ。バドミントンは知略と手持ちのショットの精度。そしてフットワークを用いて試合を展開するが、全ての要素を用いて試合をすることがそのプレイヤーの実力となる。今回の杉田との試合ではその内、スマッシュだけしか使っていないと分かった。

「単純に打って、上がってきたシャトルをスマッシュで叩き込むだけ。その微妙にコースを変えるっていうのだけ実力出していて欲しいとは思うけどなぁ」
「あいつが本気を出すところ、見てみたい」
「どこかで、出すと良いな」

 どこでも出ないこと。それは全道に敵がいないということ。
 当たる可能性のある刈田や小島は本気を引き出すことが出来るのか。
 勝つことができるのか。

「俺らが心配することじゃないな」

 脱いだユニフォームをバックに入れて、背負う。武に声をかけて杉田は歩き出した。
 武も頷いて後に続く。
 確かに人のことを心配している余裕はない。自分と吉田も勝ち進めばベスト8で第一シードとぶつかる位置にいる。勝てば全道でベスト4。勝ち進むと仮定すれば、最も可能性があるのは橘兄弟との対決だ。安西達とも再戦することはあるだろうが。
 そして決勝では西村とそのパートナー山本龍が待っている。終わった試合は反省材料。来るべき試合に備えなければいけない。

「さて、負けた俺は気楽に試合観戦してるわ。お前と吉田も頑張れよ」
「ああ」

 杉田が戻っていくのについていくのを止めて、武はトイレに向かう。杉田を一人にしたいと思ったわけではなく、単純に生理現象に勝てなかったのだ。

「それにしても、スマッシュ速かったなー」

 気を使う相手がいなくなると本音が漏れた。その呟きには暗い気持ちではなく感嘆が含まれている。自分の予想を超えての速さ、凄さに単純に感動していた。しかも、淺川のスマッシュは自分のそれに似ている。

(刈田のは単純に腕力を使っての速さだ。俺や淺川のは筋力だけじゃなくて、フォームとかタイミングとかで速くなってる)

 単純なパワー勝負なら刈田のほうが淺川よりも強い。しかし、淺川は鍛えた筋力のほかにストロークフォームの綺麗さによる力の伝道など、他の要素を含めてスマッシュの速さに変換している。それは武に通じるもの。
 つまり、自分と同じ打ち方で自分より速い、初めての相手だ。

(やっぱり練習の回数の問題かな。姿見の前でフォームチェックとかしてるのかな)

 考えながら用を足し、トイレを出てから館内を散策する。自動販売機が数台置かれている休憩エリアにいくと、姿見が一つ置かれていた。他にも休んでいる選手達がいたが、気にせず目の前に立って素振りをしてみる。自宅や学校にないため、新鮮な気持ちになった。

(疲れてる時とか、やっぱりこのフォームは崩れてるんだろうな)

 何度か素振りをしていると体がうずいて来る。試合が近いと体が勘違いしたのか、戦闘状態に移行していくように感じて動きを止めた。

「ふぅ」
「あれ、止めるの?」

 かけられた声に振り向くと、そこには淺川が立っていた。上はユニフォーム。下は中学指定らしきジャージ。ナチュラルに武へと話しかけている。

「淺川……」
「あの杉田ってやつ、結構強かったな」

 負かした相手に強かった、と言っても何のフォローでもないと武は思ったが当人もそれを分かってるのだろう。次には武が思った言葉で自分をフォローする。

「まあ、負かした相手を誉めても仕方が無いけどな。でも、全道大会ってことを体が最初から思い出してくれてよかったよ」

 淺川は武に話しているようで一人語りをしているようにも思えた。この場から去るのは簡単だが、武はあえてそうはしない。コートの中では最強の選手でも、一歩でも出れば同い年の人間として身近に感じたからかもしれない。

「俺ってさスロースターターなんだよ。特に一試合目なんて気合乗らないとかあってさ。この前の中体連の全国大会でも試合の立ち上がりでつけられた点差を結局つめられないで一ゲーム目取られてから、巻き返しが最後まで出来なかったってケースなんだよな。先生から直せって言われてるんだけれど」

 もともとの気質なのか、今日初めての試合を終えた後の興奮からなのか饒舌になっている。武も全国での様子など聞くのは嫌いじゃなかった。

「だからさ。今日も初めからは数点取られるかなって思ったんだ。うちのコーチ厳しくて、一回戦レベルで点取られたら、一点ごとに腹筋二十回とかさせるんだぜ」
「うわ……それはきつい」
「ああ。だから今回もそれ覚悟したんだけど」

 そこで淺川は言葉を切って、言いなおした。

「あの杉田って奴。強かった。だからすぐ本気になれたよ」
「本気……」
「あいつに直接言う必要はないけど、成長したあいつとやり合ってみたい。そう思ったぜ。なんか思ったら誰かに言いたくなってな。姿見かけたからとりあえず相沢に言ってみた」

 一方的にしゃべって、淺川は去っていった。普段ならば怒るところだろうが、淺川の話の内容とかみ合って相殺されてしまい、武は結局ため息をついただけで終わる。

(杉田も認められたんだな。最強の選手に)

 杉田は十分な存在感を全道大会に残した。
 トーナメントの中で大したことはないかもしれないが、最強の選手の心にその存在を認めさせたのだ。また試合をしてみたいと言わせるまでに。

「当人には伝えるのは止めとくか」

 武は気分良くその場を後にした。

 浅葉中、杉田隆人。
 全道大会シングルス二回戦敗退。
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