Fly Up! 125

モドル | ススム | モクジ
 早坂の試合とほぼ同時刻。
 男子ダブルス決勝は序盤から盛り上がりを見せていた。

「ポイント。ファイブオール(5対5)!」
「しゃ!」

 武の咆哮が響き渡る。スマッシュを左端に打ち込んで決めたことで自然とテンションが上がっていく。返って来たシャトルを掴んで一度だけ息を吐く。熱くなるハートとは裏腹に脳は氷水をかけられたかのごとく冷たく。武の中のイメージだが、現在の状態はまだまだ思考も熱い。

(安西達……今までと本当に違う!)

 サーブの姿勢を取り、目の前に立つ岩代を見る。背筋に上る悪寒を力で押さえつけて、武はショートサーブを繰り出した。

「はっ!」

 シャトルがネットを越えた瞬間、岩代のプッシュが武の肩口に放たれる。
 武は体を反転させてそれをかわすとそのままサイドに広がった。吉田もネット前には落とさずクリアを上げて武とは逆方向に移動する。
 攻撃を待ち構える形になり、シャトルの下に入った安西の次手を待つ。
 安西が体勢を整えて放つのは、ここまで五点をもぎ取ってきたスマッシュだ。

「はぁ!」

 今まで聞いてきた安西のスマッシュの音とは一線を画した、破壊音。
 武は自分に向かってきたシャトルをバックハンドで打ち返す。その速さも重さも、中体連時点の安西には見られなかったものだ。

(まるで、刈田みたいだ……)

 弾き返したシャトルに追いつき、安西は更にスマッシュを放ってくる。集中力が高まっていることでシャトルを目では追える。しかし体の反応が一瞬でも遅れれば甘い球を打ち上げてしまうということで精神的に疲弊していく。

(そして、岩代も)

 スマッシュを打たれまいとヘアピンで落とすと、今度は岩代が素早く反応してプッシュしてきた。今度は武の体をブラインドにするようにして吉田へと放つ。それに惑わされること無く吉田は打ち返したが、今度は安西のドライブが待っている。
 安西がスマッシュとドライブなど後衛の武器を。岩代がプッシュやヘアピンなど前衛の武器をそれぞれ鍛え上げてきたことが武には理解できた。その精度は吉田さえも驚くほど。元々才能がある二人が、ある分野に特化して鍛えてきた。それも勝利のため。安西達からすれば、武達に二度と負けないためになるのか。

「おら!」

 安西達の気迫を吹き飛ばすかのように、武もドライブを鋭く決めていた。

(負け惜しみだとしても、中体連は実力で負けたとは思わなかった。あくまで、俺が崩れたからだって)

 安西達の姿を中体連の頃と重ね合わせようとする。試合が再開されシャトルを追っても、記憶の中にある姿から外れて速度が上がっていく。その差はとうとう大きくなり、スマッシュが武の体へと叩き込まれてしまった。

(でも間違いない。このままじゃ今度は本当に負ける)

 実力で負けていると思ったことはなかった。小学生から積み重ねた力が中学で一気に開花した。一方で相手は中学から始めた。才能があったとしてもその差は吉田とのダブルスでいる限り埋まらないだろうと武はどこかで思っていたのかもしれない。

(もう、俺がしっかりしてればとかのレベルじゃない!)

 ショートサーブをしっかりとプッシュで叩きつけて拳を掲げる。自分を鼓舞して乗せるために。自分のテンションを早め早めに上げることで調子も最高潮にしていく。一瞬でも気を抜けば間違いなく試合をもぎ取られる。勢いでも偶然でもなく、力で強引に。

「ストップ!」

 武の熱に呼応してか、吉田も全く浮いていないシャトルをネット前に叩き落した。一瞬の間にサービスオーバー。武へと左手を掲げ、自分からハイタッチを要求していく。武は掌に打ち返しつつも、吉田の中にあるいつにない緊張に気づいた。

(吉田も、安西達の力に今まで以上の危機感を持ってる……んだな)

 武の体感では、安西達の力は自分達を超えているようにも思える。これから先、体が温まった時にどうなるのか不安になるほどに。それでも負けるつもりはなかったが、けして勝てるという確信もない。

「一本だ」

 だからこそ武は鋭く、静かに言い放つ。
 焦りは禁物。まだまだ同点なのだから。

「吉田。この試合、勝とう」

 言いなおす必要も無く、吉田も思っているはずだった。それでも言ったのは再確認するため。自分達は一体に、何に勝とうとしているのかということを。

「必ず、一位で全道に行くぞ」

 悔しい思いをしないために。中体連予選の時の思いをしないために、必要なことは安西達に勝つことではない。

(そうだ。あいつ等が強いのは分かってたことだ。更に強くなっていただけ。なら)

 一度だけ深く息を吸い、ゆっくりと吐き終えたその後に、武はラケットを振った。
 シャトルがネットを越える瞬間にプッシュされる。けして甘くは無い。武も一試合で何回打てるか分からない会心の出来。しかしシャトルは武の顔の傍を抜けていく。危うく触れるところだったが、咄嗟に上体を捻ったことでかわし、慣性に逆らわず横に移動する。
 吉田がシャトルを上げて、武とは反対方向へと移動する。それを見越して、武は吉田の場所を目で確認することなく後ろに下がる。練習で培ってきた連携はわざわざ視覚で確認することは無い。

「ストップ!」

 視覚外から届く吉田の声に体の奥から力が湧き出してくる。安西のスマッシュがストレートに襲ってきても完全に弾き返す。クロスに返しても安西は素早いフットワークで下にもぐりこみ、今度は吉田へと叩きつける。吉田はネット前にヘアピンで返し、武はすぐにコート後ろに下がる。吉田の背中を前にして、その大きさを頼もしくする反面、向かいに立つ岩代の存在感も同時に感じた。
 レシーブ力やネット前の技術を鍛えてきた岩代の動きやラケットワークは吉田に負けていない。岩代はネットぎりぎりに打たれたシャトルを同じようにクロスヘアピンで返した。吉田もまたヘアピンで応戦する。安西がスマッシュ力を鍛えたことで、いかにして二人にスマッシュを打たせるかが岩代と吉田の役割だ。それにはネット前の攻防で相手にロブを上げさせることが効果的だった。
 つまり、ここでヘアピン合戦に勝ったほうが試合の制空権を握ることになる。

(吉田……!)

 短い間にシャトルが互いの間を行きかいする。ネット際の攻防だけに浮かなくともプッシュは打ちやすい。だからこそクロスヘアピンが多用されて中々狙い球を絞らせない。叩けばラケットがぶつかるという位置をすれすれで戦う二人。
 そして――

「らっ!」

 それはほんの一瞬だった。武からも、おそらく外から見ていた観客達も分からなかっただろう小さな隙。そこでシャトルは、安西達のコートに叩き込まれていた。

「しっ!」

 本当に少しだけ、ネットから離れたシャトルを吉田はプッシュで押し込んでいた。ポイントがコールされ、シャトルが返されてもしばらくは拍手が収まらなかった。それほど吉田のショットが与えた衝撃は大きかった。

「さぁ! 一本だ!」

 武の掲げた左掌に同じ左手をぶつけながら吉田は叫ぶ。
 武のサーブは強打される。しかし、吉田がカバーリングすることでその差は埋まる。
 ネット前の攻防も吉田が打ち勝ったからか、数度ヘアピン合戦を繰り広げた後は岩代がシャトルを高く上げる。武は渾身のスマッシュで安西と岩代の間にシャトルを叩き込むが岩代のラケットが完璧に打ち返した。
 しかし、ネットを越えた瞬間に吉田がインターセプトして岩代の体にシャトルを当てた。

「すみません」

 ポイントのコールと同じに頭を下げる吉田。岩代は「気にするな」とジェスチャーを行いシャトルを戻す。受けとったそれを武の手に収めながら吉田が呟く。

「どんどん攻めろ。お前がこぼれ球は俺が全部取る。とどめは俺になるが、それは間違いなくお前の攻めのおかげだ」

 吉田の言葉に武は引っかかる。今更当たり前のことを言われてもと困惑したが、一つ答えに行き着いた。

(俺が足を引っ張ってると劣等感持ってるように思ったのかな。存分に助けてもらってるけどさ!)

 苦笑を抑えて武はサーブ姿勢を取る。ショートサーブを打つと今度はヘアピンで打ち返される。武は無理せずにロブを上げてシャトルを飛ばした。安西のスマッシュを待ち構え、放たれた瞬間に右足を踏み出すとバックハンドを作る。構えたラケットがシャトルをドライブで打ち返した。岩代がまたドライブを放とうとしたのを見越して前に出ると、更に裏をかくようにロブを上げる。
 今度後ろにいるのは吉田。

(これが、お前達との違いだ)

 安西と岩代に向けて、心の中で呟く。
 放たれたスマッシュに岩代は反応が遅れ、シャトルはフレームに当たり甲高い音と共にネット前に上がる。

「うおら!」

 武は飛び上がり、落ち着いてシャトルをスマッシュで沈めていた。

「うっしゃ!」

 吉田がしたように武も吉田に向けて左手を掲げ、上げてきたと同時に掌を打つ。
 勢いはつけたが、痺れが残らないようにするだけの冷静さはある。

(吉田のスマッシュは、俺の次に速いし、俺とは違う鋭さがある)

 武のスマッシュは威力もスピードも随一だ。吉田のスマッシュはパワーはないもののそれ以外は武と同じ。
 武が大砲ならば吉田はスナイパーが持つ銃だろう。一点集中で相手の急所を打ちぬく、岩代にはない吉田の武器。

(安西が俺のスマッシュ。岩代が吉田のレシーブ力なら、吉田の攻撃力がある分だけ、俺達の勝ちだ)

 吉田のレシーブ力を信じていることでサーブも思い切りよく打てる。多少浮いてもプッシュされたシャトルを吉田がロブで返すことで、次の手を狙える。安西のスマッシュも徐々に武は慣れ始めていた。自分のスマッシュや刈田のそれを体感しているということ。速いスマッシュに触れた経験が武の中で生きている。
 武の中で一つの確信が育っていく。

(見える……!)

 二度三度とロブでシャトルをコート奥に飛ばしてから、四度目。

「はっ!」

 繰り出されたスマッシュとほぼ同時にラケットを振る。完璧にシャトルを捉えて威力を倍増させてドライブを飛ばした。岩代もインターセプトしようとしたが届かずに、打ち終わった安西の真正面にシャトルが打ち込まれていた。

「ポイント。イレブンセブン(11対7)」

 一進一退だった点数がいつしか開いていく。安西と武の攻撃力が互角な分、吉田と岩代の攻撃力が明暗を別け始めた。一点に絞って磨き上げた部分は武達に追いついたとしても、残りの箇所で差が広がる。

「ポイント。トゥエルブセブン(12対7)」

 付いた勢いは簡単には止められない。特に武のスマッシュと吉田の反応速度は更に加速して安西達を引き離す。怒涛のような攻撃を止めようと安西はスマッシュで、岩代はヘアピンを駆使して攻撃に転じる。
 それを吉田は一人でしのぎ、安西達にロブを上げさせて武の攻撃に繋げていく。試合が進むごとに動きがキレてくる吉田に武は戦慄を覚えていた。

(お前は、どこまで強くなるんだよ!)

 頼もしいと思う反面、恐ろしくもなる。味方である自分でさえこう思うのなら、対峙している安西達にはどう映るのだろうか。

「ポイント。フォーティーンセブン(14対7)」
「よし、ラスト一本!」

 サーブ権は武から吉田に移動していた。しかし、それでも六連続得点。第一ゲームを取るのも時間の問題だろう。そう武が考えた矢先にコートの向こう側から覇気が飛ぶ。なんとしてでも止めてやるという気合が伝わってきた。

(まだ、まだ終わらない)

 武が感じた予感は次の瞬間、現実の物となる。
 吉田のサーブに対するプッシュが鋭く、武は上手く取れずに甘いシャトルを上げてしまった。慌ててサイドに広がる武と吉田。そこにできる隙を完全に狙ったように、安西のスマッシュは二人の間に着弾した。
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