Fly Up! 103

モドル | ススム | モクジ
(俺にできるのは、これだ)

 金田も負けてはおらず、シャトルを追って前に出る。吉田もまた金田に向かうように前へとつめ、視界に自分の体をわざと映す。ヘアピンを狙って水平に構えていたラケットを金田は跳ね上げてロブに変えた。前に飛び込む吉田を追い越すようなロブ。しかし、跳ね上がる直前に飛び上がっていた吉田には、絶好球だった。

「はっ!」

 飛び上がるとほぼ同時に放たれたスマッシュは金田を全く動かさず、左足の傍に着弾していた。

「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」

 吉田の反応速度に周りから感嘆のため息が漏れる。まるで予知のレベルでの速さ。吉田の視界には金田の動きがある程度見えている。それが例え些細な動きであっても。
 これまでの試合で吉田が得たもの。武がスマッシュなど後衛――シングルスの力ならば、吉田はシャトルの動きに即座に反応できる反射神経。そしてシャトルを見る動体視力だ。無論、反射速度に追いつくフットワークなど足腰も鍛え上げてきたが。

(相沢のおかげだな)

 シャトルを持ち、サーブのタイミングを図りながら吉田は思う。西村とダブルスを組んでいた時、最高のパートナーだと信じていた。最速の後衛と自分。未熟でも、経験を積んでいけば間違いなく全国で戦えると。
 中学での別れ。そして、武との出会い。
 今ならば吉田ははっきりと言える。
 最高のパートナーは武だと。

「一本!」

 ロングサーブで金田の背後を浸食する。シャトルに追いつき、放たれたスマッシュを完璧なタイミングでクロスに返す吉田。

(お前に見せてやるよ。お前が望んだこの試合を!)

 武が自分と金田の試合を見てバドミントン部に入ったのを、吉田は薄々感じていた。過去、負けそうになっている自分を見ていた武。その瞳の奥にある強さを背中に感じ、当時の吉田は思った。
 無様な試合は見せられない、と。
 元々負けるつもりで挑んだわけではなく、勝てる算段もあった。しかし中学でもトップクラスの実力は壁として立ちはだかり、吉田の自信を砕きかけた。
 崩壊を防いだのは、まだ弱々しかった一人の男のおかげかもしれない。

「一本だ!」

 ドライブで返されたシャトルに喰らい付き、吉田のバックハンドプッシュは金田が追いつく前にシャトルをコートに落としていた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」

 先行したのが吉田ということに、一年も上級生も驚きの声を上げた。その手段が金田よりも速い動きからのプッシュ。完全な速度負けなのは明らかだった。

「っし!」

 金田は鋭く気合を入れるとシャトルを拾い、吉田へと返す。伝わる闘志は更に高まっていき、際限がないように吉田は思っていた。

(金田さんの力もテンションによって上がっていく。相沢と似たようなタイプだ。この手のタイプは疲れとか関係ないな)

 ロングサーブで金田を後方に追いやってから吉田は次の手を模索した。スマッシュが放たれたならクロスに打ち分けるのみ。ショートかロングが。それだけで二通り。金田のフットワークならば追いついて来るだろうが、ぎりぎりの位置を狙い続ければいつか誤差が生まれて隙になる。

「だっ!」

 クロスに放たれたスマッシュに吉田も反応する。だが、明らかに今までよりも速かった。

「はっ!」

 ヘアピンでは押し切られて浮いてしまうと咄嗟に判断し、吉田はストレートロブを高く上げる。金田は最初からそうなることを読んでいたように、迷いなくコートを移動していく。

(俺がストレートにロブを打つことまで分かってたはずがない……でも、動きが速すぎる!)

 ショットの速度も力も、フットワークも明らかに点を取られてからの金田は今までを上回っている。更なるパワーアップか、あるいは――

(ようやく本気を出してきたってことか?)

 序盤から惜しげもなく実力を出されるということは、認められた証という考えもある。しかし吉田が持ったのは金田の実力を引き出したという達成感よりもむしろ、しびれるような怖さ。

(これから先、まだまだ速度が上がっていったら……)

 自分自身が金田の動きに着いていけないかもしれない。そんな不安が頭を過ぎり、吉田の動きが一瞬だけ鈍った。そこを逃す金田ではない。

「はっ!」

 右寄りに構えていた吉田のバックハンド側に、シャトルが突き刺さった。

「くっ……ストップ」

 サービスオーバーの宣告後、早足でシャトルを拾いに向かう。そこで金田が声をかけた。

「もっと集中しないと俺は倒せないぜ」
(ほんと、その通りだ)

 言われなくとも分かる。そして弱気が混じった自分に吉田は腹が立っていた。
 試合中に弱気など駄目だと、いつも武に言っているのは吉田自身。武が崩れた時に支えたはずの自分が今は弱気に心を蝕まれそうになっていた。二人の試合に慣れすぎたのかと思い、すぐに首を振る。
 金田を目標にしてきた自分を思い出す。一年生の初めに部活に来て、金田と対決し、その後にも何度か試合をした末に入部した。小学生時点で市内に敵はなく、目指すは全道レベルだった吉田に立ち塞がった壁。身近で見てきたからこそ、尊敬し、超えようと思ったのだ。

「ストップ!」

 金田から放たれたロングサーブに追いつき、瞬時に隙を見極めてスマッシュを叩き込む。そのまま金田に決まるとは吉田も考えてはいない。ストレートにドライブが返って来るのを勢いを殺してネット前に落とす。金田がヘアピンをクロスに打ち、吉田はストレートにロブを上げる。金田はハイクリアをクロスに打って吉田をコート右奥へと追いやると、中央で次手を待つ。
 吉田はその様子を見てクリアを打ち、また金田を揺さぶる。

(何度も揺さぶって、隙を作る。持久戦やってやろうじゃないか!)

 ラケットを出すだけで精一杯なほどの速度で迫るシャトルをコントロールして前に落とす。金田がそれを上げると吉田も後方シングルスラインを狙ってスマッシュを打ったり、ドロップで前に落としたりを繰り返しながら、徐々に金田の動く幅を大きくしようとする。
 金田はそれでもなかなか隙が出来ない。

(足腰が強いんだな……)

 集中を切れさせずに隙を探し続ける吉田。何度目かのスマッシュがその時、少しだけ浮いてネットを越えてきた。

「はっ!」

 前に更に一歩踏み出してラケットを押し出す吉田。斜めに進んでいた軌道がネットを越えてからほぼ平行になって金田へと返る。正確には弓なりに近いものがあったが、速さの前ではまっすぐ返って来たように金田には映っているはずだった。
 金田はバックハンドでネット前に落とそうとシャトルを弾いた。
 次の瞬間、前につめていた吉田がシャトルを叩き落す。金田から離れたクロスショット。
 シャトルが落ちるまで三分ほどかかる、長いラリーだった。

「サービスオーバー。ワンラブ(1対0)」
「しゃ!」

 吉田のガッツポーズ。最初は頭の中だけに起こった闘志が全身に回っていく。
 金田の力の上が見えないのなら、見えるまで引き出す。逃げずに真っ向勝負しかない、と吉田は覚悟を決める。ラケットを握る手に力が入り、意識して緩めながら返されたシャトルを手に取る。

(今みたいに粘ってほんの少しでも隙を見つけたら、押し込む。忍耐勝負だ)

 ロングサーブに見せかけたショートサーブで前に落とすと、金田はストレートにヘアピンを返していく。第一打では浮かず、吉田も諦めてロブを上げた。

(焦るな。焦って攻撃したら隙が出来る……)

 スマッシュを前に落とす。前に詰めた金田は床を踏み砕かんとするような力で蹴り、またしてもヘアピン。吉田はクロスヘアピンで金田からシャトルを離そうとするが、金田も即座に追いついてロブを上げる。
 落下点から金田の側を見ると前側に立ち位置を持ってきていた。ドロップ対策なのは分かる。そこでスマッシュを放てば、取られれば間違いなくカウンターだがリターンを失敗する可能性も高い。

(試してみるか!)

 吉田は意を決してスマッシュを放つ。取られるリスクを少なくするためにクロスへとシャトルを突き進ませた吉田だったが、そこには既に金田が追いついていた。
 完全にシャトルの勢いを殺し、ヘアピンで落としてくる。吉田は打ってからすぐ斜め前に足を踏み出していたため、ぎりぎり追いつくと金田の顔の横を抜けるようにロブを上げていた。
 金田は動じる素振りもなくシャトルを追っていく。吉田はコート中央に戻って自分の予想が正しいことを悟り、歯を食いしばる。

(金田さんには俺のスマッシュは効かない)

 今、吉田が放ったスマッシュは彼自身の全力を込めたものだった。そのスマッシュにいくらクロスで時間がかかるとはいえ、ネット前で完全に追いつかれたところを見ると、金田には吉田のスマッシュが完璧に見えている。吉田の筋力では、スマッシュ速度を上げるのは無理。
 少なくとも、この試合中には。

(スマッシュは最後の最後に使えばいい。俺の武器は、他にある)

 金田からのスマッシュを受け止めて前に落とす。見えているといえば、吉田にも金田のスマッシュは取れる。ただ、一瞬でも気を抜けば取れないだろうが。その違いがどう左右するのか、吉田にはシャトルを打ち分けながら考える。

(関係ない。一試合くらいなんだ!)

 スマッシュをクロスドライブで打ち返し、前に出る。
 ストレートに返されたシャトルに対して飛びつき、吉田はラケットを振りぬいた。

「うおら!」

 更にクロスに打ち込むが、金田もフットワークを駆使して追いつき、またストレートに打ち返す。吉田がいない場所を狙いクロスに。金田は同様にストレートに。互いにスペースに向けて打ち合い、カバーしてまた打ち返す。試合を見ている部員達はその内容に、二人ともコートのカバーリングにかけては部内一だと考えざるを得なかった。
 バドミントンは相手の隙に打ち込むスポーツ。いかにして思考の裏をかいてラケットが届く範囲にシャトルを打つか。相手のミスを誘うかのスポーツ。
 理論上、基礎がしっかりしているプレイヤーならば取れない球はない。どこに打たれてもフットワークがしっかりしていれば追いつき、打ち返すことが出来る。だからこそ、幾度も打球を散らして隙を生じさせる必要がある。
 だが、吉田と金田にはこの手段は通用しない。
 どこに打ってもホームポジションに戻ってくる速度を二人は持っていた。

(ならっ)

 吉田はドライブを打とうとして、ラケットを直前で止めた。ドライブとして突き進もうとしたシャトルが勢いをなくしてヘアピンとなる。金田は前につめるとラケットヘッドを立てる。

(ヘアピン!)

 足を対角線に向けようとして吉田はかすかな違和感を持つ。右足を強く踏み込んでその場に留まるのと、シャトルがストレートにプッシュされるのは同時だった。

「らっ!」

 咄嗟にバックハンド側に足を踏み出してラケットを振る。コートに落ちるはずだったシャトルは吉田のラケットに阻まれて宙に舞った。

(あっぶね!)

 吉田は膝を落としてシャトルを待ち構える。金田のフォームに感じた微妙なずれ。フォームの違いが見えたというよりはクロスへのフェイントと見せかけるという気配を感じたというのが正確だろう。そのような視力はありえないはずだ。

(経験が生きてきてるんだ。今までの、試合の)

 今まで経験してきた試合の中で闘ってきた対戦相手。その時々のショット。
 試合の流れに沿えばこの状況で何を打ってくるかを、吉田は感じ取れるようになっていた。

(本当にそうかは分からないけど、な!)

 スマッシュと読んでいた吉田だったが脳裏に走るものがあり、後ろに飛ぶように動く。
 シャトルは吉田の動きに引きずられるように飛んでいた。
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