Fly Up! 09

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 団体戦が午前中に終わり、午後から個人戦が始まる。男女の多さから次の週の日曜日に進むベスト8を決める試合。団体戦の熱気が収まらぬ中で、各校の選手たちが更に熱い戦いを繰り広げる。

「バドミントンじゃないみたい」

 林がそう呟くのを右隣で聞いていた武は内心で笑う。自分の左側にいる杉田と大地も同じように感じているんだろうかと、武は思いをめぐらした。
 彼らがいるのはコートを見下ろす位置にある観客席。人が落ちないようにつけてある手すりにもたれながら、試合を観戦していた。普通ならば線審にかり出されるのだが、十分数が足りているために武達は休息の番だった。
 練習の合間には先輩方の練習光景を見ているし、自分達で玄関で練習していても想像していたバドミントンという競技とは違うと分かっていたはずだ。しかし、今、彼の目の前に広がっている光景は更に予想を越えたものだったろう。
 それぞれのコートで繰り広げられている試合。さすがに一回戦が多いからか実力差の激しい物が多い。特に自分達の先輩の試合を見ていると、顕著に表れている。
 個人戦に出ているのは部長の桜庭や時期部長と称される金田など団体戦メンバー六名を含めて十二人。シード選手を除いて誰もが一回戦を突破していた。

「うちの先輩、本当強いな」

 杉田と大地も嘆息と共に言葉を吐き出す。思ったとおりの回答に武は笑った。自分のことを褒められたわけではないのに嬉しくなる。それもバドミントンが好きで、その競技を知らなかった人達に認知されたことによるものだろう。

「僕達もあんな感じに打てるようになるのかな?」

 大地が羨望の眼差しを送っているのは二回戦の始まり。第一シードとして登場した桜庭の姿だった。団体戦でもシングルス、ダブルスに登場して圧倒的な強さで勝ってきた男。見ると他の中学の男子や女子も桜庭がいるコートの周りに集まっていた。女子はその瞳に好意的なものを。男子は、瞳に一挙一動を見逃さないという強い意志を込めている。

「いつかあれだけ強くなりたい」

 武も本心を自然に打ち明けていた。圧倒的な存在感を持って、桜庭は試合を開始する。武もまた、他の人達と同じように、桜庭の動きに魅入られていた。
 桜庭の動きは非常に滑らかで、しかし力強さを失っていない。高く飛び上がり、ジャンピングスマッシュを繰り出すのも、ネット前に沈むシャトルを優しく捕らえて相手のコート前に落とすことも、一つのラケット、その右手によって行われている。
 動と静。剛と柔。二つの対極の要素を完全に自分の物とし、操っている。
 一度もサーブ権を与えずに、桜庭は第二ゲームに入った。反射的に時計を見ると、十五分も経っていない。

「早いな……」
「もう、なんだか分からなかった。強すぎて」

 杉田と大地があっけに取られてコメントする。その隣で武も同じような感想を抱くかと自分では思っていたが、何故だかすんなり飲み込めない。

(何か……違うような)

 入学したての自分ならば間違いなく桜庭の実力に圧倒されるだけだっただろう。しかし、今のゲームの中で桜庭の動きというものが、武には『見えた』
 後ろに深く飛ばし、返って来た打ちごろのシャトルをスマッシュで叩き込む。
 十分な返球でもジャンプスマッシュで叩き込む。
 同じようにジャンプして、同じラケット軌道から一瞬で力を抜き、ドロップがネットをぎりぎり越える。
 同じく、スマッシュをすると見せかけて相手が構えた瞬間にハイクリアでコート奥に飛ばす。
 やっていることは武でも出来るだろう。ただ、そのタイミングと威力が桁外れなだけ。
 相手の一挙一動を見過ごさず、自分が打つにしても相手を見ている。
 その余裕があるからこそ、フェイントが生きてくる。

(コートの外からだとはっきり見える。次に動く行動。予測できる)

 そう思った瞬間に武の予想は外れた。何度かスマッシュを繰返していた桜庭を見て、自分ならば前に落とすだろうと思った次の返球を、桜庭はクリアでコート奥へと飛ばす。相手はスマッシュを取るために腰を深く前に体重をかけていたため、その軌道についていけず動けなかった。

(……本当、相手の筋肉の軋みとか見えてるみたい)

 相手を倒すためのショットを打つその合間に、相手の隙を見つけ出す。動き、構え、打つという流れの中に更に「相手を見切る」という最も難しいだろう項目を追加する。
 それが素早い動きの中で出来るからこそ、桜庭は地区の頂点に立っているのだろう。
 武はいつしか、拳を強く握り締めていた。



 結局、桜庭はすんなりと初戦を突破し、また二度目も勝ち上がり、八強が出揃ったところで終わりの時間がくる。
 八強の内、四人が浅葉中の部員がしめていた。第一、第四シードの桜庭と金田。第三、第二シードと対戦する三年の副部長・田沢と二年の笠井。女子のほうは武には情報が入ってこない。

「で、どうだったの?」

 ラインとして貢献したテープを外しながら、隣を後ろ歩きしている由奈へと問い掛ける。由奈は応援し続けたからか、掠れた声で答えてくる。

「こっちは部長だけだね。話してるの聞いたけど、団体戦は組み合わせの妙だったらしいよ。相手の第一ダブルスを上手くかわして――みたいな」
「そういうのあるんだな」

 初めて体験した団体戦というのも、武には面白く思えた。自分が勝つだけではチームとしては勝てない。バランスよく強い選手をそろえてないと勝てないかと思えば、組み合わせ次第で女子のように優勝も出来る。
 まだ来週に続きはあるが、この日の試合は武にとって完全に小学生の時のものと違っていて、良い体験となった。

「あ」

 テープを剥がし終えたところで、由奈が短くあっけに取られた声を出す。危うく指を差しかけた、といわんばかりに右手を左手で抑える彼女の視線の先を武は見た。巨体と、小さな身体。明らかにミスマッチな二人がそこにいた。
 どうやらコミュニケーションは取れているらしく、たまに小さな身体――女子のほうは口元に手をあてて笑っている。
 普通ならば何も気にすることではないだろう。
 片方が自分の妹でないのなら。

「わかちゃん。いつの間に仲良くなってたんだろう」
「あれって確か刈田とか言ってたな」

 同じ学年、吉田と友人。そして力強い腕。
 先にぶつかって少し話した時の圧力が甦る。
 刈田と若葉はしばらくの間、お互いに話をしあって別れた。少し離れた場所から由奈とともに見ていた武は思わず一歩踏み出す。しかし、由奈が肩を抑える。

「先に片づけしちゃおうよ。気になるなら武は家でも聞けるでしょ」
「んー……そうだな」

 もやもやとした気持ちを抑えて、武は残りの作業を終わらせる。全てのテープを剥がし終えて用意されたゴミ袋に入れてから自分の荷物の場所へと戻る。その途中で若葉の傍による機会が出来た。

「若葉。さっき、話してたやついたろ」
「あー、刈田君」

 すでに少し親しげな言葉。武は更にもやもやとした気分になる。

「知ってるの?」
「ううん。知らなかったけど、さっき話し掛けられたの。結構面白い人だったよ」

 初対面の男に話し掛けられてそんなに気にしないのは、小学生の時から他のクラスのあまり知らない男子に告白されたりしていたからだろう。あれだけの巨体は初めてだろうが、相手が気軽に話し掛けてくるならば、拒まないのが若葉だった。

「やっぱりあれだけ大きいとスマッシュ凄いらしいよ。いつか見せてくれるって」
(ん?)

 武は変な引っ掛かりを覚えた。しかし、すぐにそれは解かれる。

(刈田……若葉に惚れたのか)

 小学生の頃に何度か若葉に聞いた、彼女に振られた男達の話と似通っていた。特に試合に出ていたわけでもない。やっていたならば線審くらいだった若葉に、どこでそういうことになったのか分からない武には、刈田の行動は意味不明だった。

「? 顔に何かついてる?」

 無意識に若葉の顔を見ていたらしい。武は首を振って若葉から離れ、自分の荷物のある場所へと歩いて行った。

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