吹雪は少女の視界を覆い尽くしていた。

 辺り一面、白一色。他に見えるものは無い。徐々に感覚がなくなっていく手足。

 少女の姿はこの極寒の地にいるような物ではなかった。

 白い袖なしのシャツに、同色の膝までのパンツ。ともすればこのまま雪の中に融けてい

ってしまいそうな、そんな感覚。

 少女の眼はただ一点を見つめていた。

 どこから来たのか、何処に行くのか分からないにもかかわらず、その向いている方向に

自分の求めている物があると信じて疑わない瞳。

「還りたい」

 少女は呟いた。その呟きは吹き荒れる暴風にかき消され、空へと昇っていった。

「どこに?」

 いつのまにか少女の後ろに人影が存在していた。少女はそれに驚く事なく振り向き、視

界に姿を入れる。声質からして男のようだが、男の姿見は吹き荒れる雪のために全くと言

っていいほど見えなかった。

 ほんの数歩しか離れていないというのに黒い影となって少女の前に立っている。

「還りたい」

 少女は同じように呟いた。

「どこに?」

 人影は同じように訪ねた。

 少女は人影の顔の部分を見ながらしばらく考え込んでいるようだったが、やがて口を開く。

「わたしの、ところに」

 少女の言葉は近距離でも風によって掻き消えてしまう。しかし人影は正確に聞き取り、

そしてその意味不明な言葉もしっかりと理解しているのか、躊躇わずに手を差し出した。

「ならば、今は私と来るがいい。いずれ、君を還してあげよう」

 差し出された手。

 その手は手袋に覆われていた。その手をじっと少女は見つめる。人影は気づいたように

手袋を外した。

「おいで」

 それは優しい声。甘美な誘惑。少女の心に響く声。

 少女は人影の手を握った。

 手はこの冷気に閉ざされた世界の中で唯一の温もりだった。

 この時から少女の新たな時間が動き始めた。

 それからどれだけの時が過ぎたのか――





「……雪」

 シール=ツァリバンは窓の外を降りていく雪を見て呟いた。デスクワークを中断して窓

に寄る。雪が降ってくる空を力の無い瞳で見る。

「なんだろうか? この感覚は……」

 自分の中に生まれ出る、奇妙な感覚。

 それはいつか体験した事のある感覚。しかしそれが何時だったか、なんだったかは思い

出せない。ただ、ひどく落ち着かなくなる。

「『ゲイアス・グリード』としての感覚が、わたしに何かを警告している……?」

 強大な『力』によって創られた自分。

 ある目的のために創られた存在の、おそらく最後の生き残りの自分。

 その特殊な力が奥底から警告している。

「なぜ、わたしはおそらくと言う言葉を使った?」

 それは無意識にした事だった。『ゲイアス・グリード』に数えられたのは三人。

 自分と、二人。

 二人は四年前の戦いで死んだ。それは紛れも無い事実だった。

 全てが終わった後で自分を創りだした国王にそう聞いたのだ。

『ゲイアス・グリード』として生き残っているのは自分だけのはずだ。

 なのに……。

「なんだ? この、何かを忘れているような感覚は……」

 シールは呟きながら自分の胸の辺りを手で掴んだ。湧き上がる不安は増大していく。

 何が起こっているのか?

 何を求められているのか?

 今の時点では分からない。

「運命は変わった。終わらないはずだったワルツも、遂にその演奏を止めた。それでも、

まだ世界は試されているのか? 生きるに値するかを……」

 ふいに浮かんだ言葉はしかし、今から起ころうとしている事態を明確に示しているように思えた。

 シールは窓の外に視線を戻した。

 雪はその強さを増し、風も暴風になろうとしていた。視界が真っ白に染められる。

 先ほどまで見えていた城門も今は吹雪のために見えない。

 すでに数メートル先は視界から消えていた。





 創造暦2004年・冬

 あの『魔大陸決戦』より四年。

 世界は痕を包み込み、新たな時代へと動こうとしていた。



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