そこは調度品など何も無い殺風景な部屋だった。そこにあるのは唯一つ、部屋の中央に

鎮座している王座を模した椅子だけだ。

 それ以外は何も無い。正方形のこの部屋は全くと言っていいほど生活感は無い。

 これまでの調査の結果が無ければ、ここに人が住んでいたなどとは誰も信じられなかっただろう。

 しかし、実際ここにはつい最近まで彼等を騒がせた人物が確かに存在したのだ。

 その当人は物言わぬ死体となって椅子の傍で倒れている。

「ハリス……」

 クーデリアはその瞳に少々の悲しみを漂わせて、もう乾いてしまった血の海に沈んでい

る男を見ていた。

 ハリス=ローフィールド。

 それが男の名だった。

《クラリス》を破門になり世界各地を転々としていたと記録にあるこの人物は、ほんの数

日前、一都市を壊滅まで追い込んだ重要参考人として《クラリス》執行機関《リムルド・

ヴィーズ》が捜索していた人物だった。

 そして目撃証言などからこのアジトを発見し、横たわる死体を彼女等は発見する事にな

ったのである。

「クーデリア、辛いか?」

 クーデリアの背後から気遣わしげな声がかけられる。クーデリアは振り向きもせずに声

の主に言った。その顔を見られたくなかったからだろうか。

「いえ、大丈夫です。ラーレス隊長」

 ラーレスはそう言ってくるクーデリアが自分で自分を傷つけているように思えて顔をし

かめた。

「無理はしなくていいんだ。彼は……」

「昔の事です。もう、気にしていません」

 クーデリアはラーレスに言葉を最後まで言わせずに言葉を搾り出すようにして出すと、

その場から去った。ラーレスはその後姿を見て軽く溜息をつく。

「悪い事をしたか……、しかし」

 ラーレスは瞬間的に思考をクーデリアから横たわるハリスの死体に眼をやった。

「どこに行ったんだ、デイジーの死体は………」

 ラーレスは訳がわからないというように頭を振った。

 椅子の横には車椅子が静かに存在していた。ただし、そこにあるべき主の姿がどこにも無かった。

 部屋は椅子以外何も無い正方形の部屋。隠れる場所などもちろん存在していない。隠し

部屋というものも無かった。

「ハリスが今回の犯人ではないのか?」

 ラーレスは手に持った円形のものを見た。その中心には紅い宝玉が埋め込まれていて、

今は何も色を灯してはいなかった。

 それと同じ物が多数この部屋には残されている。この事からもハリスが今回の事件の実

行犯である事は間違いない。

「じゃあ、誰が、何のために魔術師をさらっている? こんな怪物達を使ってまで」

 ラーレスの問に答えられるものはこの場にはいなかった。

 そう、この場には……。





 エスカリョーネは流れる川面をじっと見つめていた。

 その眼には何も感情というものは浮かんではいない。

 周りに満開に咲き誇っている名も知らぬ花を――エスカリョーネは知っているようであ

ったが――手で弄びつつ、ただじっと見つめていた。

 吟遊詩人がその光景を見ていれば、過去の罪業をそのまま流してしまわんとするように

も見えただろう。

 しかし彼女はそんな事は少しも考えてはいない。そう、考えてはいないのだ。

「綺麗な花だね」

 背後から唐突に声がかけられた。近づく足音さえも聞こえさせない、確かに背後に存在

するはずなのに気配さえ感じないのだ。そんな人物が背後にいるのにも、もう慣れたのか

エスカリョーネは平然と後ろを向いた。

「この花は……リリスと言うのよ」

 背後にいたのは座っているエスカリョーネよりも小柄な少年だった。

 ただ、その持っている雰囲気がまず少年のものとは思えないし、髪の色が透き通るよう

な白という事からも普通の人間ではありえなかった。白いシャツを着て白い短パンをはい

ている姿は歳相応の男の子に見えなくも無い。

 しかしそれを意図して着ている訳でもないようであるが。

「もう絶滅してしまった花。ここでしか、この花は育たないの」

「どうしてそんなに気にかけるの?」

 少年は単純な好奇心を全面に押し出して問い掛けた。エスカリョーネは少し躊躇った後

に言った。

「この花の花言葉……」

 少年は笑みを浮かべたまま話を聞いている。しかしエスカリョーネも気づきはしていな

かった。その笑みは、単に顔に張り付いているだけの物。けして心からのものではないと

言う事を。

 エスカリョーネは自嘲気味に言った。まるで、今の自分にはけして得る事ができないと

言うかのように。

「花言葉は、『真実の絆』……」



HOME/NEXT