少年は自分の目の前に広がる光景に全てを忘れていた。

 声を発する事はもちろん呼吸をする事までも。

 自分の心音が外の暴風雨の音を押しのけてやけにうるさく耳へと入ってくる。

 少年は目の前に突きつけられた現実から眼をそらそうとした。

 しかし体がいうことを聞かないため、首をほんの少しだけ下に傾ける事しかで

きなかった。

 顔が下へと傾いた事で少年の眼に入ってきたのは赤色のカーペット。

 そう、今日この日のために少年の両親が新調した物だった。

 そこに上――少年の目線の上から液体がゆっくりと流れてくる。

 液体はカーペットの色と混ざりどす黒く変色しながら少年のほうへと流れ、少

年の足にたどり着く。

 どろりとした液体が少年のブーツを汚し、そのまま後方へと流れていった。

 再び少年は目線を前方へと映す。

 ソファやテーブルなどが置いてある居間を一直線に抜けて食卓がある。

 テーブルの上に置かれていたはずの一流のシェフにも負けない豪勢な料理は全

て下にぶちまけられていて、壁には無数の亀裂が入り、赤い液体が飛び散っていた。

 その中心にいる――あるのは倒れた二人の人間――人間だったモノと、返り血

を全身に浴びて立っている一人の男。

「っあああああああああああああぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 少年は自分でも聞き取れないほどの絶叫を上げた。

 そして次の瞬間、少年の体は全身血塗れの男の前にあった。

 男との間の数メートルの空間をその一瞬で詰めたのだ。驚くべき移動速度である。

 男は驚愕の表情で下がろうとしたが少年のほうが数段動きが速く、少年の腰に

ついた剣が目にも止まらぬ速さで抜かれ、銀光が男を切り裂いた。

 刃は男の体を切り裂いたと思われたが、実際に宙に舞ったのは男の左腕だけだった。

 男は完全には避けきれないと判断し、左腕を犠牲にして切られた反動を使って

自分が侵入してきた入り口――裏口のほうへと体を飛ばし、傷口を痛がる余裕す

らなく急いで裏口から姿を消す。

 だが少年はその場から動かなかった。息を荒げてただ、一点を見ているだけだ。

 その眼に映るのはそばで倒れている二人の人、どちらもこの世界を統一する王

都ラーグランでかなり高位の地位にある事を示す紋章を首からかけている。

 そして少年の首からは王立治安騎士団《リヴォルケイン》騎士団長の証である

三枚の翼に四本足の獣――神獣フィニスを象った首飾りが下がっていた。

 少年は生気を失った瞳で事切れた両親を視界に収めながら糸の切れた人形のよ

うにその場に座り込んだ。

 その時、首から首飾りがするりと床に落ちる。

 首飾りは血だまりに落ち、その銀色に光る全体を血の赤に染める。

 少年はぼんやりとそれを見ていた。

 しばらくして少年の仲間達がぞろぞろと入ってきたが、少年はそんな事はどう

でもよかった。

 もう何もかも……。

 少年は眼を閉じた。次に目覚めた時、全てが夢であったという悲しい望みを抱

いて……。





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