事件から二週間。 レイの傷も完治し、ようやく旅立てる時が来た。 ゴートウェルの入り口で荷馬車に荷物を積み込むヴァイ達の前にはラーレスがいた。 「今回は本当にありがとう」 「こっちこそ、仕事料のおかげでだいぶ楽になりますよ」 ヴァイとラーレスは硬く手を握り合う。 「君の姉は必ず見つけ出す。そうしたらすぐに君に連絡するとしよう」 「ありがとう」 二人はその後、いくつか言葉を交わして遂に準備ができた。 「いくわよー」 ルシータの元気な声が響く。ヴァイは苦笑を浮かべてラーレスから離れた。 数歩歩いてヴァイは振り返る。 「ラーレス」 「何だ?」 ラーレスが聞き返すとヴァイは少し意地の悪い笑みを浮かべる。ラーレスは嫌な予感 を抱いたが時既に遅し。 「姉さんの事、いつから好きなんだ?」 「な……」 ラーレスはヴァイの言葉に耳まで赤くして黙った。ヴァイはそれを心底おかしそうな 目で見ている。 「意外とうぶなんだな」 「か、からかうな!」 ラーレスの怒鳴り声にあわせてヴァイは馬車まで走っていき、御者台に飛び乗った。 「それじゃあ」 「さよなら!」 「世話になったな!」 マイスが、ルシータが、レイがそれぞれ別れの言葉をラーレスに投げかける。 ヴァイも視線で別れを告げ、馬車を進めていった。 ラーレスは深く息をつくと馬車の後姿を見えなくなるまで見ていた。やがて完全に視 界か馬車が消えると都市の中に入ろうとする。 そして驚いた。入り口にムスタフがいたからである。 「ラーレス、そう悲観する事もない」 「そう、見えましたか」 ムスタフは我が子でも見るかのような優しい視線をラーレスに向けている。 「ああ、とても、な。しかしお前には次の任務が既にきているのだ。その間にまた彼等 に会えるかもしれない」 ムスタフはそれだけ言うとゴートウェルの中に入っていってしまった。 その場に一人だけ残されたラーレスはふっと、顔を歪ませると自分もムスタフに続いた。 ヴァイ達の馬車を遥か遠くから見ている人影があった。 レイン=レイスターである。レインはその瞳に親しみの感情を浮かべていた。 「ラーレス、ヴァイ……もう少しで、あなたたちに会えるわよ」 レインは小さく言葉を発すると空中に浮かび上がった。そのまま高速で空高く舞い上がる。 そこから見た街並みはミニチュア模型のように見え、先ほどまで見ていた馬車は点に しか見えない。 「行くわよ。オレディユ山へ」 レインは魔術をコントロールして雲間を滑っていった。 翼をはためかせた、黒い天使のように。 運命の日は、確実に世界へと迫ってきていた。