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俺達の終戦記念日

【ある感覚の話】

「田野君。好きなの。付き合ってください!」

 唐突な告白で田野は全く動くことが出来なかった。
 目の前にいる女子は顔を真っ赤にして、顔をうつむき加減にしつつも目線だけは恭平の顔を見ている。自分の問いかけの意味を理解し、体中が火照ってしかたがないと示す顔色。そして、恭平に断られるかもしれない恐怖に青ざめる。羞恥と絶望が交互に生まれる顔を見ながら、恭平はどう答えようか悩んでいた。

(初めて、告白されたな……)

 小学校の時に自分が女子の間で人気が高いというのは感じてはいた。それをひけらかすほど嫌みでもなく、勝手に妬んでいる男子がいた以外は平穏な生活を送ってきていた。漫画のように数人の美少女がアプローチしてくることもなく、学校では男女問わず。外では男子とサッカーや野球、ゲームなどをして遊び、町内会ではバドミントンと友達として話すことはあってもそれ以上の距離にはならないまま平和な日常を過ごしてきた。バレンタインデーにチョコをもらうことはあっても、友達としてのチョコの受け渡しが流行っていたくらい。自分ではない誰かが本命のチョコを渡し、渡されて付き合ったという話は聞いたことがあってもやはり自分には告白とは無縁なイベントだったのだ。

(油断した……)

 いくら言葉で格好いいなど言われていても、それは女子の中でのコミュニケーションの一環で使われるもので、自分に向くことはない。そう思っていた恭平にとって人生初めての告白は頭の中を真っ白にするには十分だった。強い衝撃に頭を殴られて考える力をなくされて、次に生まれるのは恥ずかしさと、嬉しさ。自分を好きだと好意を向けてくれる女子にどういう顔をしていいのか分からずに恭平は視線を逸らして頬をかく。

(何か、言わないと。何か)

 心なしか相手の顔に青い部分が増えてきたような気がして、恭平は間を繋ごうと言葉を探す。何も言えないまま何かが終わってしまうのを防ぐために「あー」「うー」と口から声を出してジャブを打つ。結局、発せられたのはストレートな言葉だった。

「あ、ありがとう。嬉しいよ」
「ほんと!」
「うん。こういうの、初めてだからさ、俺。緊張しすぎて何、話したらいいか分からないから、ちょっと待ってくれる?」
「うん!」

 まだ告白の返事はしていないが、顔を輝かせる相手を見て、恭平は心臓が高鳴る。普段、部活で会話をする女子であるはずなのに、印象が違って見えた。

(そっか。髪の毛、ほどいてるんだ。菊池)

 告白してきた相手――菊池里香はセーラー服姿で髪の毛も背中にストレートにおろしている。バドミントンをする際は邪魔にならないように首の後ろで縛っていた。些細な変化もいつも帰る時に見ているはずなのに、今日に限って印象が異なるのは、シチュエーションのせいかもしれない。普段は気にしない制汗スプレーの柑橘系の香りが鼻腔をくすぐり、自分に告白するために身だしなみを整えたということを想起させて恭平の頭を煮立たせた。

「駄目だ。限界」
「え?」

 恭平は口に出して菊池から全身を背けた。その場から半回転して背中を見せる形になる。拒絶のサインと思ったのか、菊池が息を飲んで泣きそうな気配が背中に伝わってきた。恭平は思い切り息を吸い、吐く。勢いがよすぎて強くなったため、菊池が小さく悲鳴を上げた。

「ごめん。ちょっとだけ、考えさせて。とりあえず」
「……とりあえず?」
「一緒に帰るか。暗いし」

 誰もいない自転車置き場。街灯も少ない中での二人の会話。気まずい空気が二人を包んで動きを止める。やがて、菊池は小さく頷いた。
 既に時期は二月で雪も積もっており、本来ならば自転車乗り場に用はない。用務員が通路として使っているのと、自転車を守る屋根が雪の重みで潰れないように除雪はしているため、通れる道幅はある。ほんの少しだが中学の出入り口から表通りに出るまでのショートカットになるために入ったところで、菊池に告白されたのだった。
 一緒に帰るか、という問いかけに無言で頷いて歩き出す菊池の前を行く恭平は雲がなく星が瞬いている空を見上げながら息を吐いた。白くなった息が中空に消えていくのを見ると、冬を感じる。
 前日まではたくさん降っていた雪も小休止らしい。学生の本分として教科書が詰まった鞄の他にラケットバッグを背負ったままバスに乗るのは辛いため、歩くことを決めていた恭平だったが、寒さは苦手だ。今も制服の上に冬用のコートを着ているが、内側には大きめのセーターを更に一枚着ていた。。

「ありがとね、一緒に帰ってくれて」
「あ、ああ」

 後ろから傍にやって来た菊池の顔が月明かりに照らされて浮かび上がる。頬が赤く染まっているのは寒さのせいだけではなく、体の内側から浮かんでくる熱のせいだと恭平にも伝わった。自然と自分の顔が熱くなるのを感じて、恭平は歩調を少し早めた。

(菊池が、俺のことを、か)

 隣を歩く菊池を横目で見ながら、恭平はこれまで知り合ってからのことを思い出した。
 そもそも話すようになったのは三年生が引退し、体育館内である程度自由にバドミントンができるようになってからだ。インターミドルが終わり、主力が二年に移り変わる中で時期エース候補としてもう一人の男子と共に先輩達に混ざって練習を続ける。その合間の休憩時間に同じ小学校出身の女子と話していたところに入ってきたのが最初だった。

(どこがいいんだろな、俺の)

 振り返ってみれば、初めて会話をした時からこれまでの間に積極的にアプローチしてきていたのだろうと思う。それも今、告白されたことで相手の秘めた思いを知った前提があるからこそ気づけるのかもしれないが。
 夏頃から今日まで、菊池と話した回数は他の友人達と遜色なく、親しい友人として付き合えると思えるほど。
 ただ、抱いている思いは恋愛感情かというとそうではない。
 まだ恭平の中に菊池への恋愛感情はないのは間違いない。
 冷静になって、自分の中に一つの答えを出す。菊池が恭平のことを思っていたのに対して恭平は全く意識していなかった。意識の外からの告白に顔に熱が溜まったものの、冷静になれば答えも決まってくる。
 どう答えようかと思った恭平だったが、先に口開いたのは菊池だった。

「田野君。どう、かな……」

 怯えた声で自分へと質問してくる菊池を見て、恭平は息をのむ。体が震えているのも寒さのせいだけではなく、恭平の答えが期待にそぐわないものだった場合を考えてしまってのことだろう。

(いやいや。そうだとしても、やっぱり、そこまで好きじゃないのに付き合うなんて……)

 告白されたから付き合うというようなイメージは恭平は持っていない。自分が好きになり、相手もまた好きになってくれることでようやく彼氏彼女という関係が生まれるならば、今は良い言葉を告げるわけにはいかない。
 しかし、断るための言葉を告げるには準備が足りず、恭平はひとまず会話を繋ぐために疑問を口にした。

「どう、か答える前に。何で俺?」

 恭平の言葉を受けて、菊池の顔から力が抜けた。聞かされるなど考えも付かず、どう答えようかという思考さえ回らないという表情だった。恭平にはその顔が可愛く見え、体温が上がって頬が一気に赤く染まる。

「何でって……格好いいからかな」
「……そ、そうなのか?」
「うん。田野君は格好いいし。あとバドミントン強いし。性格もよさそうだし」

 菊池は戸惑いながらも一つずつ恭平の良い点というものを上げていく。いずれもそこまで意識したことはなく、バドミントンも市内で限ってもそこまで強いとは思っていなかったため、一つとして好かれる要因とは考えられなかった。その中で、菊池はためらいがちに口にする。

「やっぱり、よく分からない。トモと話してるの見たり、一緒に話すようになって、いいなって思ったんだ。私、田野君のこと、まだ良く知らないし。表面的なことで好きになったかもしれないけど……もっと知りたいなって、思えたんだよ。よく分からないんだけどね」

 よく分からない、と菊池は言葉を終えた後で再度、小さく呟く。自分の感情がどうして動くのか、分からない。恭平も、菊池の好意の理由は頭で理解できたわけではなかった。それでも、少しだけ気が楽になる。

(はっきりしなくても、いいのか)

 はっきりとした理由。はっきりとした好意がなくても、動ける。動きたいと思えるなら、十分なのかもしれない。

「考えてみれば。前から菊池と話して楽しかったんだよな」
「……え?」
「え?」

 自分の思考を口にする気は、恭平にはなかった。しかし、過去を思い出していって、脳内の過去と現在が混ざり合い、口のタガが緩んでしまった。菊池の聞き返しに対してさらに聞く流れになったが、自分が口に出していたことに気づいて頬をかく。

「あー、うん。そう。言ったとおりだよ。俺、菊池と話してても楽しかったんだよな」
「よかった。嬉しい」

 菊池のほっとする表情に心臓が高鳴る。普段、部活の間に話している時よりも可愛いと今、感じているのは確かだ。一緒に帰ること。告白をした後。恭平の思いを聞いた後で火照っている頬の色が、菊池を「女の子」として恭平に思わせている。

(感じた、かぁ)

 今、菊池を可愛いと感じた自分を疑う必要はないのかもしれない。互いに好きあってから付き合うという事ならば、菊池は十分条件を満たしていて、あとは恭平自身。
 そして、恭平も好きか嫌いかと問われれば前者。

「あ、田野君。私」
「ん?」

 菊池の言葉に歩みを止めて振り返る。まっすぐ進む道と、曲がる道。菊池の家がこの場所から別れるということを恭平も知らなかった。そして、強引に決断を迫られている。
 だが、その強引さが恭平に覚悟を決めさせた。

「付き合おうか」
「――っ」

 恭平の言葉に菊池が息を呑む。体が恭平から見て分かるほど硬直し、顔は耳まで真っ赤になる。望んでいても、本当に望み通りの言葉が出てくるとは思えなかったのだろう。恭平はゆっくりと頷いて、再度言った。

「付き合おう。俺達。俺も、菊池のこともっと知りたい」
「……うん!」

 強ばっていた菊池の顔が明るくなり、つられて恭平も笑う。数歩分の距離を隔てて笑いあうが、恭平が意を決して前に出ようとした時、菊池は自分の家がある方向に身体を向けた。

「ご、ごめん。田野君。ありがとう! 後でメールするね!」

 菊池は一気に最高速で走っていき、あっという間に恭平と離れていった。全力疾走で離れていく菊池の後ろ姿が見えなくなるとため息を付いてまた歩き出す。照れ隠しなのだろうと結論づけ、菊池が離れたことで自分の心臓の鼓動も収まったことに気づくと、菊池が去っていった方向に向けて笑いかける。

「メール、待ってるよ」

 届かないはず言葉。それでも呟くだけで菊池へと届くような気がして、恭平は菊池とは逆にゆっくりと冬空の下を歩いていく。体中に広がった火照りをゆっくりと冷ますように。
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