ゆうれいと一緒!

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「ゆうれいと一緒! ってなんだよそれ。小学生か」
 企画者の高らかな声とそれに従う萎えた声を思い出しながら悪態をついてみた。
 だからといって周りの暑さも汗ばんだ体もすっきりするわけはなく、滴る汗を拭う。手についた液体は心なしか粘ついていて、ジーンズに擦りつけてもしばらく取れなかった。
 天気予報だと気温は三十度を超えているはず。もう夜の二十二時を回ろうとしているのに今日は風もなく気温も下がらないという最悪の夜らしい。
 肝試しのメイン会場の林は、ゲリラ豪雨も防いだり、暑さを凌ぐような枝葉も少ないから光源が月明かりくらいしかなくても迷わず歩ける。ただ、曇れば足元が見えなくなるから、今のような気候でいいのかもしれない。
「まあまあ。これから来るのは中学生なんだから仕方ない」
 俺の肩を叩こうとして動きを途中で止めた全裸男は、代わりに満面の笑みを浮かべて言う。あり得ないことだろうけど、体が月明かりに照らされて光っているように見えるのは、表面を流れているように見える液体のせいじゃないだろうか。
 黙って見ている俺に首をかしげる仕草がやけに可愛らしく、ムカついた。
「いやいや。最近の中学生はきっと進んでるからな。こんな子供だましっぽいタイトルつけてるなって、スマホ見ながら鼻で笑ってるさ。さっさと終わらせて風呂入ってビール飲みたいよ」
 すんなり納得するにはプライドが邪魔をして反論してみる。でも、全裸男は別のところに食いついてきた。
「すまほ? すまん。日本語で言ってくれないか?」
「日本語だよ。今はガラケーよりスマホが主流なの」
「ガラケー? ポケベルの仲間なのか?」
 いつの時代だよ、と言いかけて口を閉じる。全裸男の先にある木々が素通りして見えると同時に再認識する。
 俺の隣にいるのは今の時代を生きていない奴なんだ。スマホが出る前の人間が、スマホを知ってるわけはなかった。
 意識してしまうと、背後に広がる木々の向こう側から冷たい風がやってきた気がして体が震える。ついさっき、無風だと感じたばかりなのに。自分が敏感になっているのか、鈍感になっているのかいまいち分からない。
 昼には蝉時雨を聞くほどに大量の蝉がとまっていた木々。今は住人が一斉にいなくなって静かになったが、その静けさが気配を薄れさせる。更に隣の異質な存在によって、嫌な汗が噴き出してきた。汗を拭うと掌にはべったりとした冷たさ。心の奥底の本当の感情が汗となって滲み出ているようだ。思い切り息を吸って、吐いてから隣を見る。
 落ち着くためには知ること。知らないことが多いから人は闇を恐れる。なら、それをなくすには光を当てることだ。
 ひとまず最も基本的で気になる疑問を尋ねることにした。
「なあ」
「なんだ?」
「どうして裸なの?」
「ライフセーバー志望だからな」
 ライフセーバーの肉体というのはそんなに鍛える必要があるのかと突っ込みたくなった。
 全体的にライフセーバーは体が大きく、体重があるのなら俺の二倍はありそうだ。体脂肪率一桁の体重二倍。もし、関節のアブソーバーをなくして拳を振るったら、俺だったらひとたまりもなくあの世行きだろう。
 もしかして俺が勘違いしていて、ライフセーバーって剣を振り回す戦士志望だったりするんだろうか。
 色を失った隆起する筋肉の塊。特に胸筋は俺の彼女の胸よりもある気がした。思わず触ろうとして、するりと通り過ぎる。
「あふん。そこは心臓」
「お前、心臓ないだろ」
「生前の気分的に。触られたときを思い出す」
「生きてるときも触られるような場所じゃねぇよ!」
 会話を進めていくと冷たい汗を流したことが馬鹿らしくなった。
 昔から幽霊は見えていたが、目の前のこいつは邪悪さを感じないし、無害な幽霊ってところかもしれない。
 幽霊を認識できるようになって十六年。だいたいの地縛霊というのは未練を強く残してとても邪悪な感じになっているんだけれど、まだまだ幽霊道は奥が深いらしい。趣味レベルなら別に極める道ではないが。
 一つ勉強になったところで、奥深さを掘り下げていく前に一人目の犠牲者が近くへとやってきていた。懐中電灯の明かりを頼りに道を進むため、明かりがない俺にも位置を把握できる。
「きたな。ところで、何故、肝試しなんてしてるんだ?」
「バイトだよ。レクレーションの手伝い。大学で斡旋してたんだ。海も行けるし金ももらえるし……っとしゃべりはここまで」
 この肝試しの犠牲者はレクレーションに来ている中学生の十二人だった。順路通りに一人ずつ歩いて行って、チェックポイントで札を取ってくる。道は一本道で、ぐるっと半円を描くように歩いていく。
 肝試しと誰かに尋ねればそういう物って想像できそうな形式だ。
 引率の先生とは顔を合わせたけれど、中学生たちとは面識はない。驚かす側だけに、顔を覚えられるのはマイナスだと言われたからだ。だから今の子供たちは生意気だし、子供だましだろうって思っていたんだが。
 顔は見えなかったけれど、懐中電灯が不必要に彷徨っているところを見るとこっちが考えているよりも周りの闇を恐れているのかもしれない。スマホを見ながら余裕で歩いてくるかと思ったけれど、懐中電灯を震わせながら怯えた歩調で進んでくる。怖いのは、昔も今も変わりないのかもしれないと思えると、脅かす気分も盛り上がってきた。
「んじゃ一つ」
「俺が驚かせてやろう!」
 そう言ってライフセーバーは飛び出していき、犠牲者一人目を通り過ぎて反対側の草むらに飛び込んでいった。一人目は自分の体を突っ切った何かに気付くことはなく足を進めていく。俺は少しタイミングを計ると自分の前の草を揺らして音を立たせた。
「ひっ!?」
 喉の奥に悲鳴を堪える根性に敬意を表しつつ、俺は次に用意していた白い布を被って一気に草むらから体を躍らせていた。
「んばあっ!!」
「ぎゃあぁあああああああ!」
 俺が進行方向に入る前に犠牲者一人目は脱兎のごとく順路を逆走していった。懐中電灯を落とさないだけでも大したもんだと思いつつ、ゆっくりと草むらに戻ってまたしゃがむ。狙い通りの成果に熱い吐息を吐くといつの間にか隣に座っていたライフセーバーが話しかけてきた。
「脅かし方が上手いな」
「お前こそよく飛ぶな」
「幽霊だからな」
 都合のいいように聞こえるが、幽霊に理不尽さを責めても意味はないのだろう。ただでさえ、この世に残っているのが理不尽なんだから。でもこうして無害そうな幽霊が傍にいることも珍しくて、普段聞かないような質問をしてみた。
「お前さ。なんで――」
「二人目が来た!」
 俺が尋ね終わる前に二人目がやってきたのか、驚かせようと飛び出すライフセーバー。でも、一人目と同じく体を通り抜けても犠牲者二人目は反応しない。俺も一人目に対してと同じようにガサガサと草むらを揺らしてから白い布をばさりと広げ、わざと大きな音を立てて飛び出した。
「きゃぁああああああああ!!」
 全く相手の姿を見ないまま驚かせたが、二人目は女の子だったらしく可愛い悲鳴を上げて逃げていく。今度は来た道ではなくて、チェックポイントに向けての道。先にも驚かし役がいるから別の悲鳴が聞こえてくるだろう。
 草むらに戻って一呼吸置いたところで、予想通り遠くから「あんぎゃー!」と悲鳴が聞こえてきた。もしも引き返して来たら驚かしは止めてやろう。
「やっぱり気付かれない。どうしたらいいんだ」
「いや、仕方がないだろ」
「お前は気付いただろう?」
「俺は……霊感あるからな」
 飛んでいったはずなのに、いつの間にか俺の隣で体育座りをしてライフセーバーはため息をつく。ぴったりと体の各部分を付けて座っているからかコンパクトにまとまっていて、やはり首を傾げている。
 どうして一緒に驚かそうとするのか。何か成仏するのに関係あるのか。
 いくつもの疑問が頭に浮かび、消えていった先に残ったのはシンプルな疑問だった。次に来る予定の中学生が渋っているのか、なかなかやって来ないことも手伝ったかもしれない。
「お前。なんでライフセーバーの姿で幽霊になってるんだよ」
「お前たちが泊まっている旅館の反対側に海がある。そこでライフセーバーを目指す人の講習があって、そのために旅館に泊まっていたんだ」
 脳内で旅館の周辺の地図を思い浮かべてみる。確かに海水浴場があって、帰りに寄りたいと他の奴らが言っていた。
 俺としても水着の女の子を見るのは悪くない。ナンパして、日焼け止めを塗るのを頼まれて、日焼け止めの匂いが鼻の奥をくすぐって、もやもやとした気持ちになって、唐突に始まった夜祭に紛れて楽しんだ後に二人きりになって、ひと夏の花火を盛大に打ち上げたい気もする。
 広がった妄想はライフセーバーの一言で霧散した。
「いや、嘘だ」
「……そこで嘘つく意味あるのか」
 信じかけた自分が馬鹿みたいに思えるほど、ライフセーバーはあっさりと嘘を告白する。あとはこっちが望まないのに言葉を連ねていった。
「俺はライフセーバーを目指したいと思っていたんだ。でも、どうやったらいいかもよく分かってないし、ひとまず体を鍛えたんだ。でも、海水浴場に家族で遊びに行ったときに溺れて。人を助けるために鍛えた筋肉が邪魔になって死ぬなんてな。溺死者として海底から発見された俺は、三倍くらい膨れていたらしい。通常の三倍。ぶよぶよ。だから、人のためになることをしたいんだ」
 言いたいことをとにかく言っているのか、内容が分からないところもあるけれど、大事なのは結局、どうしたいか。ひとまず一番ありそうな理由を聞いてみる。
「じゃあ人を助けたいのか?」
「この体だとそれは無理だ」
 ライフセーバーはそう言って涙を拭く仕草をする。
 理解できない内に三人目が来て、三度幽霊は飛んで行った。すぐに布を被って用意し、草むらを音を立てて出ていくと、今度は悲鳴を上げずに走って逃げていく男の子の背中が見えて、闇の中に消えていった。
「ま、ひとまず肝試しに集中させてくれ」
「あれ? この流れでそういうことを言われるとは思っていなかった。なら俺の体を貸してやるって流れじゃないのか? 子供だましかと言ってた割には楽しそうだ」
「実は楽しくなってきたんだ。大人しくしてな。あと、俺の体を貸すとか怖いから嫌だ」
 備わった霊感のおかげか、何度も幽霊を見てきたせいで最近では怖がるってことを忘れていた。
「ふんはぅ!」
 怖い幽霊はもちろんいるが、そういうのは相手に見つかる前に逃げることができていたし、霊感のことも人には言ってないから肝試しに遊び半分で誘われることもないし、霊感抜きに誘われて危険そうなら怖がって帰るように誘導した。
「アバオウ!」
 だから、こうして驚かせる側としても、誰かが幽霊に驚くというのは見ていて楽しかった。
「クヒィイイイイ!」
 人が来るたびにライフセーバーは奇声を上げて飛んでいく。その度に反応されないまま草むらの奥に消えていき、俺が驚かして所定の位置に戻るといつの間にか隣で体育座りをしているという流れを繰り返す。
 一見無駄な行為に挑み続けるライフセーバーもどことなく楽しそうに見えるのは、たとえ驚かれなくても行事に参加しているという雰囲気を楽しんでいるからだろうか。
「楽しそうだな」
「驚かれないから楽しくない。疲れた」
「幽霊って疲れるのか?」
「肉体的なものはないみたいだけど、精神的に疲れる」
 心なしか筋肉には最初に見たときよりも汗が浮かび、流れ落ちている。精神体と言える幽霊にはやっぱり精神攻撃が効くのか。それにしてもムキムキマッチョメンが汗ばんでいるだけで視覚的に悪い。これで昼間で体も透けてなかったら危なかった。小麦色のはちきれんばかりの肉から滲み出す汗なんて想像しただけで吐き気がする。
「お、次の子で最後、かな?」
 何度も同じ動作を繰り返しているので自信はなかったが、時間的にも十二人目が来る頃だった。
 懐中電灯の光ではないぼんやりとした光が、体の周囲から滲み出るように発せられている。スマホでも見ながら歩いていて、ブルーライトが逆光になっているのかもしれない。
「スマホ見て笑いながらやってくるやつ、か。最初に言った予想があたったかも」
 呟きながら布を被り、草むらを飛び出す準備をする。同時にライフセーバーも飛び出していく。これまで何度も繰り返された光景に俺もタイミングをはかってから飛び出そうとした。
 でも、体が動かなかった。
(あれ……なんだこれ……寒い……?)
 まるで急に風邪を引いたかのように体温が奪われて、逆に頭は熱で浮かされる。体内でのギャップに更に震えてしまって硬直してしまった。
 それは、怖い幽霊に見つかる前に逃げるときの寒さに似ていた。
(まさか、来たのか、やばいやつが)
 感覚が敏感になったか鈍感になったかと始まるときに考えたけれど、答えは後者だったかもしれない。もう少し気をつけていればすぐに気付いたと思えるほどの強烈な怖さが俺の体を縛り付けてくる。
「あああ……あああああ……さささむむむ……あああ……ああ?」
 急激な寒さに耐えられずに尻もちをついて、肩を両手で抱いても体の震えは止まらなかった。
 でも、内臓がぐちゃぐちゃになりそうな震えはあっけなく消え去って、それまで歯を鳴らしていたことが嘘のようだった。自分でも一瞬だけ見た悪夢のように考えてしまう。
(なんだったんだ……? あ、そうだ。飛び出さないと)
 肝試しの最中だったと思い出して、草むらから体を躍らせる。力強く音を立てて飛び出す力もあるし、やっぱり動けなかったなんて自分でも信じられない。
 でも。
「ばあっ!」
 飛び出した目の前には、誰もいなかった。夢だと思ってもやはり現実で、自分が感じるよりも時間が経っていたのかもしれない。さっきまでやってきていたはずの子供の姿もなく、先に飛び出したライフセーバーも見当たらない。
 一人、闇の中に取り残されたような気がして急に背筋に悪寒が走ったところでスマホが振動した。
「うわ。も、もしもし」
『あー、お疲れ。十一人全員肝試し終わったから、戻ってきていいよ』
 聞こえてくる大学生仲間の声がやけに軽く聞こえる。だからか、一瞬わけが分からなくて尋ね返していた。
「え? 十一人……」
『連絡してなかったっけ。十二人のうち一人は体調悪くて先に休んでいるんだ。だからこの肝試しに参加したのは十一人』
 そっか、と気の抜けた声を出しつつ了解して電話を切る。もう一度周囲を見回すと、ライフセーバーが帰り道の先に立っているのが見えた。何となくではあるが、事情が分かった気がした。
 ゆっくりとライフセーバーの傍まで進んでいくとライフセーバーは背を向けたまま顔をほんの少し俺の方に向けて囁いた。
「すまんが、肝試しのルートを通って戻ってくれるかい」
「なん――」
 質問しようとして背筋に悪寒が走った。さっき、草むらにしゃがんだときと同じように、体に寒気が走る。ただ、ライフセーバーがその体で冷たい風を防いでいるように、自分が感じている寒さはたった一部と思えた。
 ライフセーバーの輪郭が微妙に歪んでいて、炎が噴き出しているように見える。その炎を見るだけで、命を奪われそうな圧迫感があった。
「なかなか強力な幽霊で、抑えこむのに精一杯なんだ。だから、離れてほしい。友達にも、もうここで肝試しは止めるように言ってほしい。ここにいる、幽霊はほんものだ」
 ライフセーバーの口調に苦しみがないことが逆にぞっとする。苦しみだけじゃなくてさっきまでの会話での弾むような感じもなくて、抑揚ゼロの棒読み。下手な役者が台本を見たままセリフを言っているみたいだ。
「どうもこいつ。俺の筋肉のテカリが苦手らしくて。抑え込めているみたいなんだ。でも負けるかもしれない……だから、負ける前に逃げてほしい」
「おい……俺ら、初めて会ったのになんでそんな」
「この体でも、人を救えるのが嬉しいからな。体、貸してもらわなくてよかった」
 そもそも溺れた人を救うのがライフセーバーなんだけどって突っ込むのも野暮だ。おそらくライフセーバーの言う通り、このままこいつの横を通って戻ろうとすれば、抑え込んでいる幽霊が襲ってくるに違いない。
 このまま肝試しのルートを進むしかないみたいだ。
「分かった。じゃあ、行くわ」
「サヨナラ」
 片言の言葉を最後に踵を返して早足で肝試しの順路を進む。離れていくと共に悪寒も消えていって、足の震えが止まると駆け出していた。
 ライフセーバーもいつ負けるか分からないと言っていたし、久しぶりに『怖い幽霊』の存在に触れてしまった以上、暗いところから早く逃げたかった。
 街灯もなくて懐中電灯も置き去りにしてしまっても、何とか足を進めていると自然と口から言葉が漏れた。
「ゆうれいと一緒! ってなんだよそれ。小学生か」
 企画者の高らかな声とそれに従う萎えた声を思い出しながら悪態をついてみた。
 だからといって周りの暑さも汗ばんだ体もすっきりするわけはなく、滴る汗を拭う。手についた液体は心なしか粘ついていて、ジーンズに擦りつけてもしばらく取れなかった。
 天気予報だと気温は三十度を超えているはず。もう夜の二十三時を回ろうとしているのに今日は風もなく気温も下がらないという最悪の夜らしい。
 肝試しのメイン会場の林は、ゲリラ豪雨も防いだり、暑さを凌ぐような枝葉も少ないから光源が月明かりくらいしかなくても迷わず歩ける。ただ、曇れば足元が見えなくなるから、今のような気候でいいのかもしれない。


 たった一人で駆けていく中、返ってくる声はなかった。


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