とりっくおあとりーと

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 マンションの自動ドアをくぐる前から視線の先にある大きなカボチャの存在には気づいていた。わざわざ設置された長机の上にどでんと置かれている橙色の物体はどうしても目に入る。そもそも、一度買い物に出る時に見てはいるんだから目新しくはない。でも、外からやってきた彼女には珍しかったようだ。
 扉を開けて玄関内に入ると、隣を歩いていた彼女が先んじてカボチャの前に立つ。彼女の影になって張り紙が見えない俺に聞こえるように声に出して文面を読んでくれた。
「『このカボチャの重さを当ててください。ピタリ賞とニアピン賞があります。頑張ってください。ピーエス。去年よりは重たいです。去年は十五キロでした』だってさ」
「ふーん」
 十五キロ以上とヒントを与えられたカボチャは俺の上半身よりは小さいけれど、両腕を使って抱えなければ持てない程度には大きい。張り紙には、持ってもいいけれど落としたら弁償と書いてあった。六万円らしい。
「高いな」
 呟きつつも、ビニール袋とリュックサックを彼女に持たせて身軽にしてから持ち上げてみた。
「どう? 何キロ?」
 しばらく持ったまま黙って目を閉じる。自分の手から二の腕に伝わってくる重さ。すぐに疲れてきて元あった場所にゆっくりと下ろすと汗が額に滲む。
 六万円というのはやっぱり精神的な大きいらしい。
「ふむ……なあ、里美。トリックオアトリート」
「へ?」
 俺が突然言い出したことが意味不明だったのか、里美は俺の分の荷物を持ったまま呆気にとられている。
「トリック。オア。トリート」
 もう一度ゆっくりと伝えると里美は我に返ったように手に持った荷物に視線を移して嘆息した。
「そういえば、お菓子買ってくるの忘れたよ……ハロウィンって分かってたのに」
「なら、いたずらする」
 里美が「え?」と疑問符を上げるとほぼ同時に、俺は里美の身体を持ち上げていた。
「ひやっ!?」
 唐突な浮遊感に驚いても暴れたら逆に危ないと判断して、里美は体を硬直させたまま大人しくした。里美に持たせていた荷物は勢いよく落下して周囲に散らばる。俺は里美をお姫様だっこで持ち上げてカボチャを持った時と同じように身じろぎせずにしばらく立ってみた。
「ふーん」
「どう? 何キロ?」
 里美の質問には答えずにゆっくりと下ろすと、長机にカボチャと一緒に置かれた回答を書きこむ用紙にさらさらっと備え付けの鉛筆を走らせて数字を記入した。
 数字を覗き込んできた里美は顔を曇らせて問いかけてくる。
「なんで私を持ち上げたのよ?」
「やっぱり重さ分かってる物を持ったほうが基準になるだろ。何回、お前のこと持ち上げてると思ってるんだ」
「もう……馬鹿」
 恥ずかしそうに言う里美に満足して散らばった荷物を持ち上げる。そして、袋の中から嫌な予感しかしない音が届いて動きを止めてしまった。
「あ?」
 怒りを含んだ視線を受け止めたまま袋の中を覗くと、プラスチック容器の中身が全て割れていた。卵が十個、全て。間違いなく落とした衝撃で割れた。
「言いたいことは?」
「……イタズラ。お菓子。クレナカタ」
 片言になる俺を半眼で睨みつけた里美はゆっくりと入ってきた自動ドアのほうを指差して告げた。
「また買ってきて」
「はい」
 まあ、弁償するのも六万円よりはマシだろう。
「あ、買いに行く前に。何キロだった?」
「何キロってそこに」
 書きこんだ紙を指差したところで里美の考えに気づいて言葉を止める。自分の体重に期待半分失望半分を含んだ視線に対して、俺は。
「お菓子買ってくるわ」
 自動ドアをくぐって再び買い物に出た。背後からの怒りの視線はしばらく消えなかった。


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