『タマシイノイロ』


 人の魂の色が見える、というと誰に話しても変な顔をされるはずだ。
 実際、子供の頃に喜々として友達に話すと、次の日からどこかよそよそしく接されるようになった。多分、確か小学校一年生の頃だったと思う。
 その年代の友達の輪というのは、自分が全く分からないことを言われるとその対象を排除するシステムであり、そのことに気づいた私は笑って否定した。
 予想通り、大げさないじめには発展せず、それから先はその現実は風化していった。
 風化しなかったのは、周りの人達の魂が見えるという私の現実だけ。
 誰もいえないその特異な力は、私だけの研究対象となった。
 人の魂の色というのはどうやら人の気質に関係しているらしかった。
 赤系の人は気性が激しく、時には身体を突き動かされて他人に被害を加えた。
 青系の人は物静かで、より藍色に近いと物静かというよりも根暗の域に達する。
 黄系の人はお調子者で、ある人の前では媚を売り、友達の前ではその人をばかにするなどの二重人格を表した。
 小学校の六年間を通して得た研究の結果は、その人の心と表に出すもののギャップが激しいということだった。
 気質が激しい人もいつもは君が悪いくらい静かだ。青も黄色も、同じように静かにして勉強をしたり、友達とたわいもない話に興じている。その裏で、ついさっき一緒にいた人を私の前で平気で罵倒してみせる。魂が激しく揺らめいているのを見ると、心の底からそうしているのだと分かった。
 中学校に入って、人の仮面はさらに厚くなった。何枚も魂の上に重なる仮面。見えなくなる真実。それに触れていると、私の中の『本当の自分』を忘れていくような気がした。
 自分はどうなんだろう? 自分は、他人のことを分かってるように思うけれど。
 私は。私の魂の色を見ることは出来ない私はどうなんだろう?
 そう思った時、私は学校を飛び出していた。


 人に表裏があるのは当たり前だ。でも、その本当の姿を見ることが出来る私は、とても不幸なんじゃないだろうか。

* * * * *

「……で、ここにいるんだ」
「うん」
 目の前の川に視線を向けたまま、私は後ろにいる男の人に答えた。どこの誰かは分からない。何となく人の姿を見たくなくて、太陽が真上にあるときから川の流れを見ていた。時間はおそらく給食が終わって、午後の授業が始まった頃だろう。そんな私にいつの間にか近づいて声をかけてきた男の人。
「お兄さんも、さぼり?」
 一通り話し終えたところで、声が大人っぽかったから年上だと判断して問いかける。男の人は「ははっ」と軽く笑って一歩私に近づいた。
 知らない人に近づかれることに緊張したのか、身体が男の人から離れる。
 ここに来て、自分が頭がおかしいことを話してると思われたんじゃと不安になった。
 到底理解できないようなことを言う女の子。精神が不安定になっていると思ってその隙をついて嫌らしい事をされるんじゃないだろうか? 最近読んだ小説の内容はそんな感じだった。
「ああ。今の時期、大学生は暇でね」
 でも男の人は何もなかったように話し掛けてくる。
 大学生。少なくとも五歳くらい離れてる。私から見れば凄い大人だ。
 ……中学生よりもっともっと仮面をつけてるんじゃないだろうか?
 外見も雰囲気も優しそうな男の人。でも、中は私の周り以上に黒いんじゃないだろうか? そう思うと身体が震える。
 それでも、その恐さよりも興味が優った。周りにいない人が、傍にいることの刺激が勝った。
 少しだけ目を凝らして左胸の辺りを見る。
 まばゆさに、思わず目を閉じた。
「どうしたの?」
 大学生さんは不思議そうに呟いた。でも私は、彼から来る光で目を薄く開くしかない。
 魂が、綺麗に輝いていた。
 真っ白、という言葉が似合う色を生まれて初めて見た気がしていた。学校の壁も、絵の具も、卵の白身も私が思い描く『白』ではなかった。どこかくすんで汚さがあった。
 でも、この人の魂の色は違う。彼を透けて、彼の魂が見える。
 初めて会えた白い人。どんな人なんだろうぁ?
「あ、あの」
 軽い女と思われるかもしれない。でも、この人をもっと知りたいという思いは膨れ上がる。もう、止められなかった。
「名前……教えてください!」
 思ったよりも声が出てしまって、お兄さんは驚いて一歩下がった。はっとして口に手を当てて俯く。私、恥ずかしいことした……。
「最近の女の子は進んでるのかな? 逆ナンってやつだろうか」
 呆れてるようではない。少し困惑してるらしかった。なら、私が理由を話したら信じて――いや、言えない。よけい変な人と思われ――
「白い? 俺の魂」
 私に聞かれないように小さな声で呟いた言葉。でも、確かにそれは私の耳朶を打った。
 再び彼を見る。輝き続ける、真の白。
 一言で伝わる、この人の気持ち。
「魂、綺麗な色してますね」
 彼の顔に微笑みが広がった。




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