『注ぎ込む』



「ここに、いたんだね。兄さん」
 まだ声変わりをするかしないかといったハイテナーが部屋の静寂を破る。停滞していた空気を振るわせた声は、ベッドの上に仰向けに寝ていた人物をかすかに動かした。暗闇に差し込む月明かり。逆光によって浮かび上がるシルエット。ゆっくりと上半身を起こした相手は、自分の上にある電灯をつけようと手を伸ばした。
「このままで、いいよ」
「瞬」
 起き上がった人物へと、瞬は静かに近づく。足音を潜めていく瞬の不安げな顔が月光に浮かび上がった。ベッドに腰掛けた兄――亮の隣まで行くと、一瞬だけ躊躇してから横に座る。そっと首を傾けると、亮の肩の上に乗った。
「昔さ、こうして暗い中で寄り添っていたね」
「ああ。お前怖いくせに静かなところ好きだったしな。今でもそうだろ?」
「うん……でも、本当に静かなところは、嫌だ」
 小さく囁かれる言葉。しかし亮にはどんな言葉よりも大きく、激しく、そして強く心に響いた。静寂の中に広がるのは二人の息遣い。そして、鼓動。
「こうやって暗い中にいたのはさ、静かなところが好きなのもあるけれど……兄さんの音が聞きたかったからだよ」
「俺の、音?」
 瞬は亮の肩から胸へと頭をスライドさせ、ちょうど心臓の上に右耳を当てる。手は亮の両肩へ。その手が微かに震えていることを感じ取り、静かに自らの手を重ねる。
「静かなところにいるとね、兄さんの心臓の音とか、息遣いとかをゆっくりと感じられる。そうすると、とても穏やかな気持ちになるんだ」
 先ほどまで自分がいた薄闇。
 自らを包む闇が、更に薄くなって瞬の顔が見えるようになったと亮は思えた。そして、それが自分の心因的なものだと言うことにも、気づいた。
「ねえ、兄さん。どれくらい僕たちは離れ離れになるんだろう?」
 震えが少しだけ大きくなる。即座に瞬の手に重ねた自分の手に力を込めると、瞬が「いたっ!」と声を上げた。
「あ、ごめん」
 ぱっと手を離し、自然と二人の距離も広がる。ぴったりと寄り添っていた肩の間は隙間。それが二人の未来に横たわるクレパスのように思えて、亮は胸の奥に響く痛みに顔をしかめる。だがそれ以上に彼の心を切り刻んでいたのは、溢れ出す感情を必死に抑えていることが分かる、瞬の顔だった。
 俯き、震えていた身体が止まる。微かに見える亮の眼に浮かんでいる感情は、また痛みを伴って亮に伝わった。
「兄さんと、離れたくないよ」
 薄明かりを落ちていったのは雫。一度解放された思いは大きな塊となり、精神の堤防を一瞬で崩壊させた。
「父さんも母さんも死んで……今までほとんど関わってなかった親戚に一人引き取られて……転校まで。寂しいよ……心細いよ!」
「瞬……仕方が、ないんだよ。俺達には、まだ一人で生きられない」
 一度身体を離して瞬の顔を見つめる。そして、その美しさに亮は息が詰まった。元々、女性的な顔立ちをしていた瞬。中一という年齢は、徐々に男らしさが出てくる初期の頃。熟し始めた果実を前に、亮は唾を飲み込んだ。
「お互い大学生になったら……一緒に暮らそう? それまで、我慢しよう?」
「にいさぁん」
 甘える声に思わず抱きしめた亮の耳に、瞬の濡れた吐息がかかる。耳に入り込んだ息が脳内を霧で包む。
「しゅ、瞬……」
 瞳の裏にまで侵食した霧は、瞬の顔をより美しく、より女性らしく見せた。
 高まる欲求に、紅潮する顔。膨れ上がる思いに瞬が気づき、いぶかしげに亮の顔を覗き込む。
「にいさ――」
 瞬の言葉は亮の舌によって、埋められた。
「んむっ!?」
 急に口腔内に侵入した柔らかい肉が、歯茎の裏を滑っていく。歯茎と歯の境界線を沿うように、滑っていく。少々のくすぐったさと、多くの圧迫感。酸素を求めて動こうとする喉に入ってきたのは、亮と自分の交じり合った唾液。
「――えほっ!」
 耐え切れず咳き込む瞬。即座に顔を離した亮だったが、顔に二人の唾液がふりそそいだ。頬を伝い落ちる唾液に指を伸ばし、付け根から口に含むとゆっくりと引き抜く。
 脳が感じたのは、甘い蜜の味。
「何を、するの?」
 亮の突然の行動に身体を離そうとする瞬。しかし、亮は素早く瞬の両肩を掴み、ベッドへと押し倒す。下半身はそのままに上半身が無理にひねられ、瞬は腰の痛みに顔をしかめた。それを見て亮は流れるように右手一本で瞬の両足を絡めとリ、ベッドの上に乗せる。
 ほぼまっすぐの姿勢の上に、四つんばいになって亮が見下ろす体勢だ。
「兄さん?」
「瞬。これから、お前と俺は寂しい思いをするだろう」
 瞬の腰に自分の股間をあてがい、両手を瞬の着ているシャツの下へ滑り込ませる。
「え? え?」
 ゆっくりと捲られていくTシャツ。同時に瞬の肌に触れるか触れないかという微妙なラインを指が進む。時折触れる指先から伝わる感覚に瞬は「あっ!」と声を上げ、身体を細かく刻ませる。胸部に達したところで今度はジーンズのベルトを外し、ボタンを外し、チャックが下ろされる。解放されてゆくその音はようやく瞬の頭に事態を把握させた。
「待ってよ兄さん! こ、これ――」
「だから、注ぎ込んでやるよ。お前が俺を忘れないように。俺が、お前を忘れないように」
 それまで柔らかくゆったりとした亮の動きが、急激なギアチェンジによって加速する。荒々しく、引きちぎれんばかりにジーンズを引き下ろすと瞬の穿くトランクスがずれる。遠くなったジーンズを諦め、トランクスを掴んだ瞬だったが、その手を亮は掴み、頭上へと押し付ける。左掌で瞬の両手首を掴み、右手は瞬の股間へと伸びた。
「止めてよ兄さん! こ、こんなの!」
「うるさい。黙っててくれないか?」
 再び重なる唇。先ほどよりも荒々しく駆け巡る舌。強引に瞬の舌を踊りへと誘う。
「んー! んんっ! んぇ」
 息苦しさと気持ち悪さに目を潤ませる瞬。その顔は亮の嗜虐心を激しく揺さぶった。トランクス越しに瞬の陰部を触る動きを加速させると、行為を避けようとする瞬の動作とは裏腹に見て分かるほどそそり立ってくる。タイミングを見計らい、亮は手をトランクスの中に滑り込ませた。
「ぁめて!」
 解放された口から漏れる声は羞恥と恐怖と、こみ上げてくる快楽。亮の手に触れるのはまだ陰茎のみ。やがてそこを覆うであろう茂みさえ生えておらず、自慰も覚え始める年頃の瞬。亮は、自分が彼の『処女』を奪うのだと言う荒々しい欲望に支配されていた。
 身体を回転させて瞬の胸部に腰をつける体勢となり、顔を陰茎へと向ける。亮の手によってそそり立った竿を、亮は赤ん坊を包み込むような優しさで、口に含む。
「ひっ!」
 先から付け根まで続く裏の筋を、舌でなぞりながら口へと含んでゆく。亮の予想以上の大きさで、全てを含んだ時には喉の奥に届いたことで軽い吐き気を覚える。だが、すぐにたて直すとゆっくりと唾液を付着させながら口外へ露出させていった。
「……んぅ……ん……うぁ……あっ」
 最初は手探りをするようにゆっくりとした動きだった亮も、慣れたのか徐々に速度を上げていく。溢れ出す亮の唾液が伝い落ち、瞬の下腹部を濡らす。そして――
「あっ!」
 瞬の声に甘美が混じったところで、亮の口に熱い液体が飛び出した。最初に大量に出た液は、二度三度と痙攣するごとにその量を減らし、すぐ止まる。亮は一雫もこぼさぬように慎重に竿から口を抜き出し、口の中で唾液の海を泳がせる。そして出来上がった唾液と精液のカクテルを舌の上で転がした。広がるのは多少の苦味と温かさだった。
「うぅ」
 耐え切れず泣き出した瞬の口へと三度唇を重ねて、亮特性のカクテルを注ぎ込んだ。
「ごぽっ!?」
 多少口から漏れ出た液は喉を伝いシーツを濡らした。だが、ほとんどは瞬の喉の奥へと消えていった。
「――おぇ! がふっ! はっ! はっ!」
 こみ上げる悪寒に嘔吐しようとするのを何とか抑え、瞬は徐々に息を整える。落ち着いた時には、すでに涙も止まっていた。
「これが、俺とお前の味だ」
 理解できず、ただ兄の思うままにされたことで瞬は怯えを含んだ瞳を亮へと向けていたが、その一言で警戒心が緩む。
「初めてのことをして、初めての味を体験した。俺たちは、これで忘れないだろう。今日のこの経験を。味わった感覚を」
「……そうだね。確かに、衝撃的だったよ」
 瞬はここに来て初めて微かに笑みを浮かべた。この部屋へと入ってきた時からずっと消えていた笑み。亮が好きな瞬の笑みが、少しだけ戻ったことに、亮は心を幸福で満たされた。
「瞬……初めてだっただろ」
「うん……ちょっと痛かったけど、気持ち、良かった」
 顔を俯かせて小さく呟く瞬がいとおしく、亮はその華奢な身体を抱きしめる。
「頑張ろうな」
「うん」
 四度目の交わりは、瞬から。
 重ねられた唇に残る汗と精液の匂いが、二人の鼻腔をくすぐった。
 



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