『連鎖』



 隣に眠る雄一の吐息が私の顔にかかる。目覚めることで感じる瞳への痛みを警戒したけれど、カーテンはちゃんと自分の役割を果たしてくれていた。どうやら朝らしかったが、光が遮られているから苦も無く目を開けられた。
 雄一は端正な顔をしていると思う。
 髪はあまり形を気にしていないし、顔も特に綺麗にしようとしているわけではないらしい。元々整っている人は努力しなくても何とかなるんだろう。日頃から気を使っている自分にはちょっと腹が立つ。
 閉じられた瞼から伸びるまつげが長くて、綺麗にそろっている。その瞳が開け閉めされるのを見るのが好きだ。
 ――兄さんと同じような瞳だから。
「兄さん……」
 そっと呟いて、寝ている雄一の唇にキスをする。
 兄さんと雄一は顔と声が似てる。だから、こう言ってキスをするとまるで兄さんとしているように錯覚できる。昨日の夜の行為もまた同じ。
 でも、やっぱり兄さんと雄一は他人なんだ。
「おはよう」
 形の良い唇から息と一緒に言葉が漏れる。起き抜けの気だるく挨拶する雄一に、私は胸が熱くなる。自分でもわからないけれど、どこかツボらしい。
「起きましたか? 眠り王子」
「キスで目覚めさせるのは男の役目だぞ……」
 雄一は眠気を散らそうと頭を振ってから、私のおでこにキスをする。
 毎朝の日課。そして、これから先も。
 軽くキスを繰り返しながら、おでこから頬に。頬から鼻頭に。鼻頭から口に雄一の口が移動していく。マラソンの中間地点。私の口は給水所。
 滑らかに動く舌が私をかき乱す。快楽の心地よい暖水が、私を満たす。
「今日はまた感度がいいみたい」
「そう、だね……」
 そのまま私達は持久走に入った。




「チャーハンでいい?」
「朝からチャーハンか……いいよ」
 ゴールにたどり着いてから、時計を見ると八時半を回っていた。大学の講義は二人とも九時から入ってる。時計を見た瞬間に、欠席を決定してた。
「そういう後姿、本当に姉さんそっくりだな」
「本当、逢ってみたいわ、雄一のお姉さん」
 玉子とご飯をかき混ぜながら雄一に答える。
 私が雄一に兄を見ているように、雄一も私に姉を見ていた。
 二年前に結婚して、今は一歳の子どももいるらしい。赤ちゃんの写真を見たら、目元が雄一に似ていた。
 写真に一緒に写っていたお姉さんの旦那さんは、雄一に似ていた。
『父さんに似てるんだよ。姉さんは……父さんっ子だったから』
 その時の私の驚愕に、雄一が頭を掻きながら言った。雄一は姉とそういう関係だと思われることが嫌だったのだろうか、少し動揺しながら私に説明していた。
 私がすぐに納得したから雄一はその後は何も言わなかったけれど、どうやら私が雄一に兄をダブらせていることからその理由が来ていると勘違いしているらしい。
「でーきた」
 二人分のご飯を一気にフライパンで作るのは腕が痛くなったけど、どこか新婚夫婦のように思えて楽しい。
 でも私達二人は、けしてお互いを見ているわけじゃないんだ。
 私は兄と、雄一はお姉さんとの擬似夫婦を演じている。
 そしてそれを喜んでいる。
「相変わらずうまそう」
「チャーハンの元がおいしいの」
 二人分の皿に取り分けて、片方を渡す。一緒にいただきます、と言って食べ始める。
 いつ見せようか、あの写真を。
 去年結婚した兄の結婚式の写真を。
 兄の隣に立つ、私に似た女性を見て、雄一はどう思うだろか?



『完』



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