「お前、早坂のこと好きだろ?」

 東が唐突にそう言ったことで、僕は飲んでいたアクエリアスを吐き出しそうになった。

一緒に給食を食べていた友達がげらげらと笑ってる。笑っている他のクラスメイトの視線

に恥ずかしくなって、僕は咳払いをしてから目の前のババロアに集中した。美味しいもの

を食べて、忘れようと。

「どうなんだよ。早坂のこと」

 東は声を潜めて更に聞いてくる。残りの二人も顔を僕に近づけて、小さな声を聞き取ろ

うとする。これじゃあ食べられやしない。

 しょうがないから、言った。

「うん。まあ……好きかな」

「うほぉう!」

「やっぱりなあ」

「いいねぇ〜」

 東を始め、皆が笑う。僕は残りのババロアを一気に口の中に入れた。そのまま恥ずかし

さも一緒に飲み干してしまいたかった。

「ならよ、確かめてみないか?」

 一瞬、東が何を言ったのか分からなかった。でも他の二人は意図が分かったのか頷いて

いる。わけが分からずに、僕は訊いていた。

「なにをするの?」

「早坂が、渡辺のことを好きかどうかさ」

 その名前が出た事に、僕は心臓が跳ね上がった。

 何だって? 渡辺だって?

「お前知らないの? 早坂の奴、渡辺が好きだって噂だぞ」

「常識常識〜」

 今の首相が誰かも知らない三村が「常識」という言葉を言うのは気になったけれど、今

はそんな事を気にしていられない。

「そんな噂いつから……?」

「ん? 夏辺りからかな。学校祭の時、二人でいたって噂だぜ」

 僕は学祭の時を思い出してみる。小学生の頃からいつも希といたけど、学祭の時は、僕

も友達と一緒にいたし、あいつも仲がいい女子と一緒にいた……と言っていた。

 希が言っていただけだ。

 僕自身が確認したわけじゃなかったけれど、今までの付き合いが長いから、素直に信じ

た。でも……嘘をつかれていたのか?

 ……胸がもやもやしてくる。

 何か、嫌な気分だ。

「確かめようぜ。お前の協力があれば出来るよ」

「……どうするのさ」

 僕はすでに乗り気になっていた。今まで経験したことがない嫌な感じが胸を満たしてい

って、希の想いを知りたいという欲求に勝てなかったんだ。

「じゃあ、まず――」

 そうして、東は僕に計画を教えてくれた。



* * * * *
「あ、きたきた」  時刻は午後四時に差しかかろうとしていた。体育館の壁に体を隠して、僕達は体育倉庫 に入った希を見ていた。その少し前に渡辺が入るのも見てる。  東が僕に言ったのは、単純な作戦だった。僕が二人を倉庫の中に呼び出して、二人きり にするって事。  夕暮れで二人きりで密室にいればきっと告白するだろうって言う、考えだ。  昨日見たアニメでもしていたことで、きっと東も見たんだろう。 「さて、行くぞ」  僕等は倉庫に向けて走り出す。結局来たのは僕と東だけで、後の二人は帰ってしまった。 でも、本当は東も邪魔だった。  僕だけで希の気持ちを確認してみたかった。  希とは小学校一年の時からずっと一緒にいて、他の友達と遊んでいても、お互い以上に 遊べる人はいなかった。  少なくとも僕はそうだった。  でも……希は違うんだろうか?  希は僕じゃなくて、渡辺を取るんだろうか。  何か大切な宝物が取られた気がした。 (そんな事、ないよな)  僕等と希達を隔てる扉を少しだけ開けながら心の中で呟く。  でもそんな想いは中から聞こえてくる希の言葉に霧散した。 「――好きなの」  それは、希の声だった。  瞬間、僕は扉を思い切り開いていた。驚く三人に構わずに、僕は渡辺へと走っていた。  自分でも何を叫んでいるのか分からない。  ただ、僕は怖かったんだ。  渡辺に希を取られるかもしれないという不安。  いつも一緒にいた人が、僕を見ていてくれた人が違う人を見るようになることが!  気づくと僕は思い切り渡辺を弾き飛ばしていた。  渡辺は何かを叫ぶ間もなく床に倒れて――失神した。 「う……わあ!」  東が叫んで逃げ出す。  希は僕を無言のまま見ていた。まだ何が起こったのか分からないんだろう。 「希……」  僕の言葉に弾かれたように、希は渡辺の方に駆け寄った。  ――傍にいた俺を押しのけて。 「渡辺君! ねぇ、しっかりして!」  希の声がだんだんと大きくなる。  僕は立ち上がって少し後ろに下がった。  彼女は僕以外の男のために泣いていた。  閉ざされた空間。  大半の部分が闇に染まろうという中で、僕の頭より少し高い位置にある窓から差し込ん でくる光が、一箇所を赤色に変えている。  彼女と、あいつの居る場所を赤色に染めている。  そして僕が居る場所は闇に包まれようとしている。  赤光と闇。  この違いが、僕等を隔てる壁を想像させた。  ……どうしてこうなってしまったのだろう?  僕はただ、確かめたかっただけなんだ。  どうしても、確かめたかっただけなんだ。  僕の気持ちを、彼女の気持ちを確かめたかっただけだったのに……。  僕を挑発し、この場を設定した東はすでに消えている。だから、僕は怒りをぶつける場 所もなく、泣いている彼女と、意識がない渡辺を放っておくことも出来ずに、ただそこに 立っていた。  それが、僕の初恋が終わった瞬間だった。 『完』



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