おかしな写真

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 見ろ! このたっくさんの写真の数々を。
 そう言わんばかりにカズオがナオキへと見せたのは確かにたくさんと形容するしかない写真だった。ぱっと見て百枚は越えているだろう枚数。
 デジタルカメラはほんといい仕事する。
 カメラとフィルムな時代だと、これだけ撮るには何回もフィルムを交換しないと行けなかっただろうに。
 印刷にどれだけの時間と金がかかったんだろう。
 俺は新婚旅行でしかこんなに撮ったことない。
 そんなふうに、ナオキは思った。
 だが、カズオの目と指は良い仕事をしなかったらしい。どの写真もかなりの確率でブレている。
 風景画はまだしも人物を撮ったものはほとんどが体までブレていた。ほとんど道を歩いている中や辿り着いた場所で後方から撮ったらしく、最後尾から前方を撮ったような構図だ。
 シャッターの先には側転をしながら山道を登っている人間が映っている。素早く動いているためか顔はブレて誰だか分からない。
 一体誰が映っているんだろうとナオキは考えた。
 また、風景をバックに撮った写真も被写体がブレイクダンスしていた。
 頭が摩擦で燃えないのかとナオキは考えた。
 更に、英語のVの形になってハイジャンプしていてやっぱり体がブレていた。
 こいつらは一体何をするために行ったんだろうとナオキは考える。
「何しに行ったんだよ」
 全部ではないが半分ほど見た段階でナオキは尋ねる。風景画は問題なく人物画だけブレ続けている。狙ってるとしか思えなかった。
 さらりとカズオは告げた。
「ん? そりゃあおい、山の自然を満喫って感じで。時折心霊スポット、みたいな」
 カズオが入った山は恋に破れた女性が自殺したとか、噂があるような山ではある。ただ、写真の撮り方の悪さを幽霊のせいにされても幽霊も怒るんじゃないだろうか。
「確かに自然はちゃんと撮れてるだろうけど人物が酷すぎない?」
 カズオは息を止めて、ナオキを見つめた。
 ようやく気付いたかという気配を送っているようにカズオには見えたため、呆れた表情を見せながら言う。
「明らかに変だろうが。これで気付かないほうがおかしいぜ」
「そうか。実はさ。この写真おかしいんだよな」
 そりゃそうだ、とカズオは顔で示す。頷いたナオキは、カズオがおかしな点をいくつか上げることにしたらしいと悟る。
 悟り通りにいくつもある写真の中から一枚見つけると示した。
「まずはこれだ。なんで山道を回転しながら登ってるんだろな」
 側転しながら山道を登っている人間。おそらく男だろう。それは俺のほうが聞きたいわと思ってもナオキはひとまず言葉を留めておく。
「次はこれだ。このV字ジャンプ。ここまでどうやって跳躍できるんだろな」
 それもおかしいっちゃおかしいがなんだこれと思っても、ナオキはひとまず言葉を留めておく。
「更にこれなんてよ。めっちゃ落ちてるよな」
「ああ、それは遠近法使ってそう見せてるだけだろ……って中途半端に上手いな」
 崖の上から飛び降りていく男の体が、急激な速度変化によって残像が激しくなっている。むしろよくシャッターをタイミング良く切れたなと思ってもナオキはひとまず言葉を留めておく。
 三回繰り返せば、堪忍袋の緒を緩めて良いと昔の偉い人が誰か言ったはずと、ナオキは溜めていた言葉を返した。
「おかしいけど、でも、お前が変な写真を撮ったってだけだろ。幽霊のせいじゃないさ」
 カズオは図星を突かれたのか目を見開いてナオキを見返す。相手が言いたかったことを指摘できたことが嬉しいのか鼻をふふんと鳴らそうとして、鳴らなかった。
「やっぱり気付かないのか。てか、撮ったのさえ忘れてるのか? 都合よく」
 カズオはため息をついてから背後にあるバッグをごそごそと漁ってカメラを取り出した。このタイミングで取りだしたということはこれらの写真を撮ったものだろう。
 だが、おかしなことに気づいたナオキは素直に尋ねる。
「それって、俺のじゃないか?」
「そうだよお前のだ」
 カズオはそう言いつつカメラを起動して、裏返して画面を見せてくる。そこには撮影した写真と右下に撮影日時が表示されていた。
 一瞥してから壁にかかっているカレンダーを見ると、一年前の日付だった。
 一年前に自分のカメラで撮られた写真。確かにおかしい。
 自分のカメラを手放すことはない。何しろ結婚式で撮った写真がまだ入っているんだ。他人に見られたら恥ずかしい。なら、どうしてそれをカズオが持っている?
「おかしいだろ。なんで俺の、カメラ持ってるんだ?」
「そりゃ、俺が奥さんの代わりに返してもらったからだよ。飛び降りの写真が入ってるってことでさ」
「は?」
「最後に見せた写真はお前の飛び降りる写真だったんだよ」
 写真をナオキは再度見てみる。最後の一枚だけは、写真がナオキよりも得意なカズオが撮ったために決定的瞬間なものを捉えられたんだろう。自分では無理だなと素直にナオキは認める。
 なら、側転で登っているのも、V字ジャンプしているのも自分自身。カズオ自身がふざけている様子が次々と頭へと浮かび上がってきた。
「お前はもう死んでいるんだ。分かったか」
「分からないけど分かるしかない」
 ナオキは自信なく俯き、カズオも無理に続けてはこなかった。ナオキは自らのこれまでを振り返る。
 いきなりカズオは写真を広げてきていたが、自分が、いつカズオの部屋に入ったのかもどういう会話の流れで写真を見ることになったのかも理解していなかった。
『見ろ! このたっくさんの写真の数々を』
 スタート地点からしておかしなことになっていたんだ。
「どうしてお前、出てきたんだよ。俺に恨みでもあるのか? 出来れば話し合いで解決したいんだけど」
「分からん。ただ、別にお前を恨んでとかじゃないんだ、け――」
「どうした?」
 途中で言葉を止めたナオキへと顔を近づけるカズオ。しかし、カズオはすぐに顔を引きつらせて距離を取った。そこまで確認したところで、ナオキの『意識』は闇に溶け込んでいった。
「ひ」
 カズオの目の前にユラめいていた幽霊の顔がパカりと割れた。
 一年前に死んだ友人の顔をした幽霊。
 毎晩夢に出てきた親友を思い返しながら思い出の写真を眺めていると、撮った時と変わらずにほとんど人物の顔が歪んでいる。
 現れた幽霊は一年前で時が止まったナオキだった。
 どうして現れたか分からないため、何とかしてナオキ自身に化けて出てきた理由を思い出してもらおうと、ゆっくり写真を見せて説明した結果、自分が死んだと認めたところまでは怖くはなかった。
 だが、パカリと割れた中から現れたのは目がくりぬかれた女の顔だ。
 全く見たことがない女は耳元まで裂けた口で笑い、血の筋を垂らす。
「と」
 目の前の笑顔を見てナオキは思いだした。写真の中に一枚、風景をバックにブレイクダンスしていた写真の被写体が同じ口の形をしていたこと。ブレていてもその口だけははっきりと分かったことを。
「の」
 ナオキの顔から飛び出た女はカズオへと抱きつく。次の瞬間にはカズオはブレイクダンスの写真を手に取ったまま倒れていた。眼は見開いたまま、何か恐ろしいものを見たかのように固まっていた。
「せい、に」
 女幽霊の言葉を最後まで聞けた自信はナオキにはなく、闇に葬られた。

 * * *

「おそらく事故だろうなぁ」
 刑事はそう言ってこと切れている男を見下ろす。次にテーブルに並べられている別の写真を見ると、飛び降りの現場を捉えてしまったのか、崖の向こうから落ちている人影が映っていた。
 他の写真はいたって平和で、ふざけて山を側転で登ったりV字ジャンプをしている登山仲間を写している。
 幸せそうな風景が一年前。一年の間になにがあったのか。それを調べるのは警察の仕事。事件性は見えなくても先入観は捨てないと行けないが刑事は面倒そうに事切れた男の手にあった写真を取り上げて眺めた。
「綺麗な写真だなぁ」
 刑事の手の中の写真は人が入り込むこともせず、綺麗な風景を切り取っていた。


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