『ぬくもり』



 明弘と一緒にいる時間は、私にとっては砂漠の中のオアシスで過ごすことと同じだった。
 いつも刺激的な太陽の下を歩いていても、そこでは心地よいひと時を過ごすことが出来る。
 付き合ってもう二年になるけど、彼はほとんど外で遊ぶことがない。
 私もどちらかと言えばインドア派だけど、やっぱり外で手を繋いで歩いたり、映画を見たり遊園地に行ったりしたいと思う。でも明弘は私が誘うと決まってこう言う。
『部屋にいたほうが楽』
 別に明弘は引きこもりでもなんでもない。ただ、自分が乗り気じゃないと外に出て行くことがめんどくさいらしい。
 大学でやらなきゃいけないことはしぶしぶやるだけに、時間を自由に使える時は極力自分のペースでいたいようだ。
 しょうがないから、観たかった映画はビデオレンタルで見ることになる。
「……やっぱりちょっと迫力足りない」
「そうか? 俺は十分だけどな」
 私の隣で明弘が興奮から体を震わせている。
 テレビ場面では主人公が重火器相手に大立ち回りをしていた。
 鳴り響く銃撃音。
 音の元を遮断する、主人公の蹴りから生まれる風の音。
 必殺の弾丸を潜り抜けて、敵を屠っていく主人公に、明弘は目を奪われている。
 でも室内テレビから聞こえる音は私には貧相で、やっぱり映画館がいいなぁと思う。
「うわっ! あぶない!」
 その時、小さく叫んで明弘は私の手を掴んだ。
 主人公が後ろから来た敵が撃った銃弾を、寸前でかわしたのだ。
 緊張で汗ばんだ手が私の手に重なる……。
 その手のぬくもりが、何故か心地よかった。
(……もう)
 二年も同じような不満を抱いてきたけれど、心に生まれたそれらを溶かしてくれたのも同じ事。
 明弘の心の底までリラックスしたような表情。
 感情を何も隠さず向けてくること。
 彼の部屋は、彼の心の余裕を全て含んでいる。
 この部屋は彼の聖域だ。誰も侵すことは出来ない楽園だ。
 そして私はそこに足を踏み入れていい人間なんだ。そう思うととても嬉しくなって、デートをほとんどしない不満なんてすぐに消えてしまう。
「――いや、面白かった!」
 いつものように明弘に見とれているうちに映画が終わる。最後のほうになると必ずと言っていいほど私はクライマックスより、それに見入る明弘を横から眺める。
 その瞬間が、明弘と付き合ってきて一番好きだから。
「あの最後のほう凄かったな! やっぱりアクション最高だよ!」
「そうだね。返す前にもう一回見ようか」
「うんっ!」
 そして大体は、二回見てから返すんだ。
「明弘」
「ん?」
 一言呼んで、明弘の唇を吸う。一瞬体を硬直させて、明弘は私を受け入れてくれる。
 時間はもう少しで深夜零時。これから先は、二人の時間。
「ごめんな、デートしたかったろ?」
「いつものことだからいいよ。これから楽しませてくれる?」
 何度となく繰り返された言葉のやり取り。
 明弘は少し困ったような顔をして、私の頭を撫でてくれる。
 彼の手を通して伝わるぬくもり。
 彼の空気に包まれた部屋。
 そこにいて、私は今日も満足するんだ。
「あったかい……」
 意識がとろける頃に、私はそう呟いていた。
 彼のぬくもりの中で。




『完』




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