『蜜月』


 私たちはテーブルの上に広げたお菓子を啄ばみながらテレビを見ていた。
 やっているドラマは昔に連続でやっていたドラマのスペシャル版。私がまだ小学生の頃でよく分からないまま、でもどこか怖いなと感じていたドラマだった。隣では太郎が口と手を動かす速度を速めている。私の食べる分が一気になくなっていった。
 きっとあの時の私以上に怖がっているんだろう。もう私の目には子供だましに思えてしまうこの番組を。
 それを指摘すると「怖くない!」と頬を膨らますんだ。いつものように。その部分が可愛くて、付き合ってるところもある。
「ミク。怖いんだろー」
 自分が怖がっていないと主張するために、声を震わせて言ってくる太郎。
 私は「別に」と素直に言おうと思ったけれど、急にいたずら心が芽生えた。
「こわいよぅ」
 いつもはちょっと男勝りと言われてる私。太郎と二人のときもそれは変わらなかった。だから、甘い声を出して抱きついたことは太郎にとっては驚きのはずだ。
 案の定、太郎の顔は真っ赤でもうテレビなんて見ていない。思えば付き合って三ヶ月だけどこうやってスキンシップしたことなんてなかった。触れただけのキスくらい。私の胸の感触がきっと気持ちいいんだろう。
 視線をテレビに向けてみると、話が飛んでいていまいち理解できなかった。だから、リモコンでテレビを消す。黒っぽい画面には私達が移りこんでいた。 太郎の胴に抱きついている私と、動揺しているのが分かる太郎。
 急に、それが何となく良い感じだと思った。
「ミク……」
「なに?」
 声が困ってる。でも、私はもうしばらくこのままでいたかった。
 ぬくもりが愛しい。
 テレビ画面に写る私達は、意外と似合っているかもしれなかった。
◆ ◇ ◆

 抱きしめている距離、というのはほぼゼロ距離だ。
 自分の鼻先が彼女のそれとぶつかる距離。背が俺よりも低いとはいえ、ほんの数センチの違いしかない。昔からちょっとだけあこがれた見上げる彼女の唇に口付けをする、という願いはかなわない。
 変わりに、彼女の視線とほぼ同じことで瞳の奥が見える気がした。
「どうしたの?」
 彼女の言葉に俺はちょっとだけ首を横に振り、口付ける。
「ん……」
 彼女の瞳は閉じて、俺の舌と自分のそれを絡ませる。付き合って三ヶ月で触れるだけのキスはしたけど、こんな大人のキスは初めてで心臓が破れそうになる。
 最初は湿り気を帯びていただけだが、やがて唾液が分泌されたらしい。興奮を沸き立たせる音が鳴った。
「んんぅ」
 頬を染めている彼女が、今度は瞳を開ける。感じているのかとろんとしていて、濡れている。瞳に写りこむ俺の姿が揺らめいていた。
 本当、目に入れても痛くない。
 口を離すと、彼女は「ばか」と一言呟くと視線をそらす。俺は再び眼球の中へと入るために顎を持って、俺のほうへと顔を向かせた。
「かわいい」
「だから馬鹿なのよ」
 嬉しさと羞恥に染められた頬が愛しくて、思い切り抱きしめる。
 いつまでも離さないという意思を込めて。
「馬鹿だから、私がずっと必要よね」
 心の声が聞こえたように、彼女が答えることが、何よりも嬉しい。




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