告白

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「お、おれ……西川のこと、好きなんだ」
 真上を少し過ぎた太陽が、薫の影を徐々に伸ばしている。その先にいるのはいきなりの発言に驚いて顔を強張らせている女の子。同じ町内会のバドミントンサークルに所属している女の子であり、薫がサークルで一緒に上達に励んでいる中でいつしか恋に落ちていた。
 今時珍しいポニーテールにした、目のパッチリとした娘。
 それが西川美由(にしかわみゆ)だった。
「あの……えっと……」
 身長は、残念ながら薫のほうが少し小さい。美由はどう答えていいか分からないようで、右手を口元へと持っていくと親指を軽く噛んだ。サークル前に学校の敷地内で遊んでいた最中の突然の告白劇に、何とか気分を落ち着かせて対応しようという姿勢が垣間見える。
 だが、待つ間はやはり薫にとっては地獄だった。
 後ろから見えない巨人が足を踏み鳴らしながら近づいてくる。ドン、ドンと身体を何度も跳ねさせて、最後に思い切り踏み潰される。そんな自分を想像して更に脳内が真っ白になった。
「あの、ごめん」
 広がった空白に、一つの染み。
 真っ黒なそれは一瞬で白い平面を覆い尽くした。大地も空も、全てが深き黒へと変化し、薫は頭の血がすぅっと足先に溜まるような錯覚を得る。
「私、薫君のこと嫌いじゃないけど……恋愛の好きとかじゃないの。あと……恋人同士になるとどうなるのかって、分からないし」
「え……」
 美由の言葉は、薫の黒い世界に更にひび割れを起こさせた。広がるひびからは赤い色が覗いている。
 コンクリートのひび割れ。ガラスのひび割れ。
 もう一押しで粉々に砕けてしまう。
 言葉に殴られたように、薫は地面へと座り込む。実際は衝撃も何もなく、ショックに体を支えられなくなっただけであったが、美由の心配そうに見下ろす視線が痛く、薫は目をそむけた。
「友達で、いてね。ごめんね」
 小走りで走り去っていく美由の足音を聞き、次いで背中を視界に収める。名前の通りに馬の尻尾のように揺れている髪の毛が遠ざかる。
 完全に姿が消えてから、薫はため息を一つついて立ち上がる。
「はは……」
 次に漏れたのは乾いた笑い。
 自分は告白してどうするつもりだったのかを、今更ながら思い出す。
 購読している少年誌やアニメでは、好きとなったら『付き合う』ことになるらしい。
 でも、薫はその『付き合う』ということがどういうことなのかを分からなかった。得られる知識は見たのは二人で手を繋いで歩く姿。でも、友達と遊んでいる時とさほど違いを見つけることは薫には出来なかった。
 好きになる。
 恋人同士になる。
 他の友達以上に一緒にいたいなと思える女の子。それは確かに美由だったが、なら二人でなにをするのか。
 夢の中で美由と笑っている映像は出てきたが、それ以外にどう過ごすのかというビジョンが、どうしても薫には想像できない。
 ひびが、広がる。
 黒い世界が砕けて、にじみ出てきたのは赤色。まるで血のように広がり、連続的な痛みを薫に与えてくる。
「失恋、しちゃった」
 つまりはそういうことなのだろう。
 初恋。初めての告白。
 そして、初めての失恋。
 泣きたくなるけれど、これからのサークルのために校舎についた時計に目を向ける。あと三十分で始まる。だからなのか、体育館へと向かう仲間達がちらほらと目に付いた。
(ばれないようにしなくちゃ……)
 失恋なんて恥ずかしい。ばれたら嫌だ。
 幼いながらにある矜持だけを頼りに、薫は駆けていった。

 真上を少し過ぎた太陽が、薫の影を徐々に伸ばしていた。


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