生きてさえいれば

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 ――あたしの指先から火は出ない。
 だから、あたしは幸せじゃない。
 あたしが住んでいるのは王国の中心地の王都と呼ばれる場所だ。一緒に住んでいるのお父さんとお母さんとお姉ちゃん。みんな、あたしにとってはとても眩しい人たち。
 お父さんは炎のようにツンと立った髪の毛でお母さんは真っ黒よりも黒い髪の毛が水のように艶やかに背中へと流れてる。
 お姉ちゃんとあたしは二人ともお父さんとお母さんの子供らしく、赤く艶やかな髪の毛が腰まで届いていた。
 お父さんはあたしたちが住んでいる国の軍隊で部隊長をしていた。掌から出てくる火炎はどんな堅いものも溶かすことができて、他の国の人たちを燃やして英雄と呼ばれるようになっていた。
 お母さんは大きな火は出せなかったけど、小さい火を操って熱を食材に自在に伝えられたから、お父さんとお姉ちゃんとあたしが好きな肉料理が得意だった。
 お姉ちゃんは、お父さんと同じように炎を出せたので軍隊に入るために王立の学校で勉強していた。お姉ちゃんのほうが四歳年上で、みんなが慕っていた。
 そしてあたしは、火を出せなかった。
 あたしにできるのは、指先に幻である緑色の炎が灯ってほんの少し温もりを得られるだけ。抱きしめられるほど傍に寄れば他の人にも感じられるくらいのささやかな炎。王国の検査によればあたしの能力は突然変異で、自分にも他人にも特に害はないと言っていた。だから、あたしは寂しい思いに辛くなった。
 家族は炎が出せないことにこだわらず優しく接してくれたけれど、あたしはみんなの役に立ちたかったのに、何もできない。
 家族は世の中の役に立っているのに、自分は自分を温めることしかできないんだと思うと、人に会いたくなくなった。
 あたしは、部屋の扉を閉めた。


 昔から、一人部屋にこもっていれば幸せな気分になれた。
 誰とも触れ合うことがなければ、自分は駄目な人間だなんて思わなくてすむ。
 比べる人がいるから余計に辛くなるんだ。
 小さい時から、他の人よりも体力も技術もなかったから、家族だけじゃなくて同年代の皆とも差が開くことに嫌な思いをしていた。
 ストレスを避けて部屋にこもるのは自然なことだった、と思う。
 夜になったら眠って、朝に起きてからカーテンを開けて、本を読む日々。
 幸い、自分の部屋の中には漫画や小説があった。
 お父さんの部屋には若い時に自分で書いたっていう物語をまとめた本がいくつもあった。
 お母さんやお姉ちゃんの本棚にも私が読まない歴史や経済の本とかがたくさんあった。
 自分には役に立たない分野の本がほとんどだったけれど、字を追うことだけは止めなかった。
 未練かもしれないけれど、家族と違って落ちこぼれな自分でも家族と同じくらいの知識は得ておきたかったのかもしれない。
 いくら知識があっても、動けなきゃ意味がないのに。
 今日もお母さんが部屋の前に食事を置いてくれる。
 遠慮がちにノックをして置いたことを知らせてくれる。
 長く引きこもりをしていたおかげか、扉を閉じていても家の中で誰かが動けば感じ取れるようになっていた。
 錯覚かもしれないけど。
 不自由だけれど、不幸せだけれど、生きている。
 だから少しは幸せが残っていたのかもしれない。


 ――ある日、幸せは突然終わりを告げた。
 お父さんが戦地で大けがをして帰ってきた。
 命に問題はなかったけれど、大けがのせいで走ることも、重たいものも持つことはできなくなった。お母さんはお父さんの看病をしながら頑張っていたけれど、お父さんが少しの間だけ歩けるようになった時に気を抜いてしまったのか、料理をしている時に生み出した炎の使い方を誤って、両腕を大やけどしてしまった。
 もう、お母さんは料理もほとんどできない。お父さんもお姉ちゃんもあたしも大好きだった、絶妙な焼き加減の肉をもう誰も食べられない。


 危機感が生まれたのは、自分への食事が初めて出なくなった時だった。
 朝に必ず叩かれていた扉が無音で、何も部屋の前になかったのを見てほんの少し頭から血の気が引いた。
 以前には感じ取れていたはずの家の中を動く足音や気配が弱々しくなって、部屋の前までくる回数が少なくなった。
 お父さんの部屋にある本を取りに自分の部屋から出たところで階下の様子を探ってみても、静かな息遣いが二つあるだけ。
 お姉ちゃんは家に帰るのも遅くなったし、出るのも早くなった。
 あまり皆と一緒にいたくなかったのかもしれない。
 お父さんは仕事中に負ってしまった大怪我によって車椅子に座る日々。
 お母さんは料理中に両手に大火傷を負って重たいものを持てなくなった。
 食事を乗せていたお盆さえも。
 それでも部屋から、家族のところへと出ることはできなかった。
 お母さんは何日かに一回は食事が置いてくれる。
 回数が減ったなら仕方がない。動くことや考えることを減らすだけ。
 不自由だけれど、不幸せだけれど、生きている。
 まだ、生きてることは辛いけど、死にたいほど辛くはない。
 でもお姉ちゃんはあたしと違って 急いでしまったみたいだった。


 ――お父さんを尊敬していたお姉ちゃんは、お父さんの分も早く一人前になろうと頑張りすぎて、禁じられていた家での訓練をした結果、家を燃やしてしまった。
 深夜に隠れて練習していたから、お父さんもお母さんも家を覆う火に気づくのが遅れて、止めることができなかった。
 あたしは炎で焼ける家の匂いを家族の中で一番初めに感じ取って、炎の中でお父さんとお母さんと何とか合流して一緒になって外に出た。
 あたしたちより先に外で燃える家を茫然と見ていたお姉ちゃんと一緒になって、崩れていく様子を見た。
 瓦礫を見たまま、いつしか家族が自分に寄り添っているのにあたしは気付く。三人の体が震えているのは寒いからかもしれない。皆が寄り添ってくれていることであたしは温かいのに。
 あたしのひとさし指は無意識のうちに立って、緑色の炎を出していた。炎の温かさが、あたしの体を伝ってお父さんとお母さん、お姉ちゃんに伝わった。
 三人の青ざめた顔にほんの少しだけ赤みがさして緩むのを見て、あたしは温かい気持ちになった。
 自分の幻の火には、使い道があるのかもしれない。
 こうして寄り添う人には、温かさを運んであげられるのだから。
「また、みんなでやりなおそうね」
 お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんもあたしの顔を見て頬笑んでくれた。
 生きていればやりなおせる。誰でも、どこからでも。
 あたしの指先から火は出ない。
 それでも、あたしは幸せだ。

 おしまい――


 燃える。
 いえが。
 なくなる。
 すべて。
 お父さんが若い時に自分で書いた物語をなぞるように、全てが燃えて消えていく。
 こんな未来を予想して書いたようだ。
 同じようにあたしは役立たずで引きこもり。
 同じように両親が大怪我、大火傷をして。
 同じようにお姉ちゃんは家に火をつけた。
「生きていればやり直せるなら、死んだらどうしたらいいのかな」
 教えてよ。
 お父さん。
 お母さん。
 お姉ちゃん。
 燃えてる家の中にいないでさ。
 物語と違ってあたしの傍には誰もいない。
 お姉ちゃんがこんなあたしたちから逃げるために自分を燃やした火が、何もかもを燃やしてく。
 大怪我や、大火傷をしても懸命に生きようとしてた両親を勝手に道連れにして。
 お金も、服も、食べ物も、皆も、全部、火の中へと消えてく。
 あたしは着の身着のまま上はスウェット。下はジャージ。
 寒い。
 寒い。
 さむい。
 燃える家を見てると、消防車と救急車がくる音が聞こえる。
 野次馬が騒いでても、あたしの傍には誰もこない。
 誰もこない。
 みんな、みてる。
 おとうさんとおかあさんとおねえちゃん。
 みんな、いなくなって、あたしだけここにいる。
 炎がすごくても、こころはひえて身体がふるえてしまって、たっていられなかった。
 サイレンのおとが、きこえる。
 いえが燃えて、ながれてくる熱気が痛いだけ。
「生きて、さえ」
 さいごまで、口には。


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