ひと夏の恋……?

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「行ってきまーす」
 小学校一年生特有の元気な声と玄関のドアが開かれる音。少し間を置いて静かに閉まる音が届いたところで、タケルはゆっくりと瞼を開いた。仕事に出ている時はいつも朝六時半には目を覚ましているが、今の時刻は六時二十分。極たまに目覚めている時間ではあるものの、基本的には睡眠時間内。わずかに早く起こされたことで頭がぼんやりとして寝覚めは良くない。
「……? あ、えーと」
 天井はいつも見知った物とは異なっており、自分がどこにいるのか混乱する。だが、すぐにかけられた声によってぼやけた頭の中がしゃきっとした。
「起きたの? 寝てればいいのに」
 隣で同じように横になっていたのは妻のミユキだった。腹にかけていたタオルケットを足の下に置き、パジャマのまま仰向けでだらけている。先に起きていたためか、窓は既に開けられていて朝の風が部屋へと入ってきていた。
「今の声……ミソラ、か? どこに行ったんだ?」
「朝のラジオ体操だって。近くの公園でやってるのよ」
「……あぁ。俺も子供の頃に行ってたから知ってる」
 はっきりして起きてきた脳裏に浮かんだのは数十年前の自分の姿。実家から五分程度歩いた場所にある公園は周辺の小学生の大事な遊び場で、夏休みには早朝から集まってラジオ体操をしていた。町内会を運営している大人達が渡してきたスタンプカードへと一日参加する度にハンコを押していく。近くに住んでいた友人と皆勤賞を狙って競い合っていた。
「確か、小学校六年まで皆勤賞だったな」
「そうなんだ。私は何回か休んだ記憶あるわね」
 ミユキとの会話と朝の空気が、タケルの頭の中に記憶を蘇らせる。脳に刻まれた幼い時代。まだ無邪気に子供でいられた貴重な時代を思い出していくとタケルは自然と頬が緩む。
「あの頃は朝起きるのが楽しくて……って。そうだ!」
 タケルが何かを意図的に思い出すために額に手を当てて深呼吸をする。ミユキは何が始まるのか首を傾げながらタケルを眺める。少しの間、タケルは瞼を閉じて唸りながら考えていたが、やがて瞼を開いてミユキへと言った。
「思い出した。小六の時、おかしな女の子がいたんだ」
 一つ前置きをしてからタケルは語り始めた。
 夏休みのラジオ体操で一目ぼれした女子の話を。


 * * *


『あーたーらしーいーあーさがきたっ! きーぼーおの、あっさーだ……』
 吹奏楽の音をバックに子供達の陽気な声が響く。
 小学校一年生から六年生までの、夏休みの間だけ歌を聴き続けているタケルは、もう目を閉じるだけで音楽も歌も思い浮かべることができるようになっていた。脳内で再生する声と一字一句相違ない歌詞が、ラジオのスピーカーから流れていく。朝の六時半直前だというのにすでに気温は高く、テレビからは炎夏という小学生のタケルには耳慣れぬ単語が流れているほど。暑さは終わることのない汗を体から滲ませてTシャツを濡らし、タケルの不快感を募らせる。Tシャツとハーフパンツ。パンツの下にはブリーフという考えうる最軽量の服装だというのに、全裸になりたいと思わざるを得なかった。
 最前列でいつものラジオを聴いていたタケルは、不満だった。
 でも、それは暑さに対してのことではない。不快でも我慢しなければいけないことはある。でも不満なことを我慢することはできない。
(皆の前でラジオ体操したかったのに)
 不満を隠さない顔のまま、タケルは目の前に置かれた台の上に立っている女子へと視線を向けていた。
 町内で実施されるラジオ体操は、集まった子供達の前で実演する者が必ずいる。主に小学校一年や二年生といった下級生向けで、年上のお兄さんお姉さんの動きに合わせて体操を行えるようにする配慮だ。その性質上、台に乗って高い位置から行うため目立つ。
 タケルは、最上級生となってから台に立ってラジオ体操をすることがひと夏の夢だった。高い位置で見ることができる景色はどんなものなのか、小学校一年から夢想していたのだ。
 小学校五年生の時、フライングで台にあがろうとしたが止められてしまって十一歳と十二歳の壁を感じた時からは早く来年にならないかと気にしてしまい、その年の夏休みを伸び伸びとエンジョイする事が出来なかった。
 それほどまでに恋い焦がれた台の上。しかし、タケルの夢は先客がいたために奪われていた。
(まだ初日だから……焦らない焦らない)
 台に乗って体操をする子供は明確には決まっていない。その場に集まった最上級生で会話をして一日ごとに決められる。タケルが悠々と公園にやってきた時には、既に台座の上に他の子どもが立っていて、議論をする余地もなかったのだ。
 歌が右から左に流れていく間に、タケルは自分勝手な憎しみを込めて、台の上にいる女子に視線を向け続ける。そして、背筋に言い知れぬ悪寒が駆け巡った。
「なんだ、こいつ……」
 口に出していた呟きが聞こえた様子もなく、女子は微動だにしないまま台に立っていた。
 両足の踵を揃えて、つま先で扇形を作る角度で開いている。足から頭頂部までは一本の柱のように真っ直ぐに立っていて、前に突き出すように張られた胸はまだ発展途上。白いTシャツに紺色のハーフパンツという動きやすい服装をしていて、本来なら背中まで垂れている黒い髪の毛をポニーテールとした愛くるしい女子は満面の笑みを浮かべて遠くを見ていた。
 女子の瞳は敵意を向けるタケルなど見ておらず、ひたすらまっすぐに遠くを見ている。最前列から最後尾までの子供の視線を受け止めながら、誰の視線も意識することはない孤高の姿にタケルは胸が高鳴った。
(同じ人間なのか……? 誰なんだ?)
 心臓の鼓動が激しくなり、全身にうっすらと汗をかく。周囲の暑さだけではなく、体内からも何かを燃料として燃え上がる炎が体温を高めていた。
『ラジオ体操第一ぃいいいいい、よぉおおおおおおい』
 歌が終わり、短い解説が過ぎた後で遂に体操が始まる。耳に馴染んだピアノに合わせて始まる体操。タケルは、女子に奪われていた目を取り戻して、今日は最前列でアピールしておこうと大げさに腕を振って体操を始めた。
 だが、その動作もほんのわずか行っただけでタケルは動きを止めていた。
「え……」
 呆気にとられた声を出したのはタケル、ではなく隣の男子。
 同じ学校に通う別のクラスの生徒でタケルとは女子の好みが合ってたまに喧嘩になる程度の仲だ。しかし、タケルは声がした方向には視線を動かさない。一対の瞳は台の上に釘付けになっていた。
『いっち! にっ! さんっ! しっ!』
 声が凛々しく数字をカウントしていく中で、台の上にいる女子は腕を動かしていく。耳に二の腕をつけて真っ直ぐに腕が空へと伸びる、指先は更に上の宇宙まで貫くようにピンと伸びる。その状態から掌を上に向けて水平に両腕を広げ、キビッと百八十度だけ掌を反転させてから太腿にパァンッ! と掌を叩きつけていた。
『ごぉおぉろぉくしっちはっちっ!』
 男声に合わせてもう一周だけ腕が回ると次は身体の前を動き始める。
 リズムに合わせて両腕がクロスし、外側に開かれる。同時に膝が曲がって沈んだ体が上に伸びあがる時に勢いを与える。カウントが八つ過ぎると次の動作に移り、両腕が外回り、内回りとクルクル回っていった。女子の腕も足も腰も、ラジオから流れる声に遅れることはない。肘も膝も中途半端に曲がらず、一本の棒のように真っ直ぐな状態のままで機敏な動きをしていた。くねった川を迷わず下っていく船のような鋭い動きはとてもタケルが真似できるものではない。大人ですらスポーツをしていないような者はラジオ体操の動きについていくのは至難であり、子供ならなおさら。だが、タケル達の前で体操を続けている女子は平然と笑顔のままで腕を、足を、腰を振り続けた。
 ささやかな胸が空高く反らされ、上半身を前に倒すと掌が台に触れる。前に倒した勢いでポニーテールが前方にふわりと垂れて、すぐ前にいたタケルの鼻孔を爽やかなシャンプーの匂いがくすぐった。
 トグンッ……ドクンッ……と心臓が脈打ち、女子を見る目に熱がこもっていく。
(綺麗……溶けそう……)
 この時、タケルは脳みそも全て蕩けてしまいそうだと、初めて思った。
 女子はタケルの中に生まれた変化など知る由もなく体操を続ける。
 腰を入れた回転からの両腕の後方そらし。二回後方に投げ出される腕は二回とも寸分違わぬ位置に留まる。
 肩に指先が当てられ、また空へと指先が向けられた。肩、空、肩、太腿と指先が移動していくとタケルの目には軌跡が残像として見え始めた。
 ピアノが荘厳な様子に変化し、上半身全体が回転する。あまりに綺麗な回転の中でシャツがめくれて女子の臍が覗いた時、タケルの致命傷となる矢が心臓に突き刺さる。胸が激しく脈を打ち、動悸が激しくなる中で、上半身の逆回転にて再び見えた臍にタケルは魂まで吸い込まれそうになった。少し距離があろうとも、角度があろうとも、女子の体操を支えるために必要な筋肉は腹部を引き締め、吸い込まれた魂が潰されてしまう妄想に頬が紅潮する。
 ラストスパートというように、上下への跳躍が始まる。あまりに跳躍を雑にしてしまうと台が壊れてしまうため、ラジオのテンポに合わせるのが特に至難の箇所。だが、女子は蝶のように舞い、蜂のようにタケルの心を突き刺していた。細やかな胸はシャツの上からたゆんたゆんと揺れているのが分かる。ジャンプの到達点は高過ぎず低過ぎず、ラジオの『1……2……3……4……』というカウントと寸分の狂いなく足先が台に触れ、胸が揺れる。
 十六回のカウント全てのタイミングを合わせた上で、最後のクールダウンまでやってきた。
 両腕が再びクロスし、外側へと広がる。膝のクッションを十分に使って最小限の力で最高のパフォーマンスを披露する女子の姿は神々しく、タケルはひたすら見つめていた。
 最後の深呼吸となった時、腕が下から前を通って真上に伸ばされた時、女子の腕から飛んだ汗がタケルの顔にかかる。
(……フルーティ……)
 呆気に取られて開けっ放しだった口の中に入った汗は、ミルクの味がしたような気がした。
『チャンチャーチャン……チャァアアン……』
 体操の過程が全て終了した時、そこにあったのは静寂だった。
 タケルを含めて誰一人、本来の目的であるラジオ体操を最初から全く実施することなく、女子の動きを見ていたのだ。
 テレビに出てくる体育大学の女子大生に優るとも劣らない演技をした一人の女子は微動だにせず、微かに肩で息をしていた。
(そうか……演技……演技かあ……)
 タケルは女子が自分達を惹きつけた理由を理解していた。
 自分達が行っていたのはただの体操。
 しかし、彼女はそれを越えた『演技』を見せつけていた。
 圧倒的な差を有象無象の小学生達に見せた女子に対して、タケルができることは拍手することだけだった。タケルが手を叩き始めると、最前列にいた同級生が続けて拍手を送る。ささやかに発生した波は大きくなり、最終的には公園に集まった小学生全員がスタンディングオベーションをしていた。
 拍手の嵐の中、台を降りていく女子をタケルは熱い眼差しで見ていた。 胸の奥にある振り子は三百六十度回転するほど揺れ動いて、心臓が痛んだ。
 へそが露出した瞬間から。
 細やかな胸が主張された時から。
 いや、女子が両腕を高く掲げてから、タケルは心を奪われていたのだ。
 凛々しく素晴らしい肉体美と流麗な動きに。


 * * *


「思えば、あれが俺の初恋だったなぁあ……」
 回想を全て話し終えたタケルは、隣の妻が無反応であることに冷や汗をかいていた。語っていく内にどんどん顔が青ざめていくのが分かってから、視線をあえて前に向けてただ思い出を語ることにしたのだ。中途半端に語るのを止めるには記憶が鮮明すぎる。当時、口の中に入った汗の味まで思い出せてしまう気がした。今、覚えている味が同じだという確証はないが、同じと考えてしまう程度には強烈なイメージがあった。
「彼女の体操が派手な打ち上げ花火なら、俺らは細々と散る線香花火くらいの差があった。子供ってさ、圧倒的な力を恐れるし、何か憧れるんだよな……」
 タケルは上手いことを言ったつもりでも、ミユキの反応はない。
 憧れを持った当時の自分を振り返る。完全に惚れたタケルはその女子が帰る前に話しかけようとした。しかし、体操が終わった後の拍手が鳴りやまない間に、女子は消えていた。
「その子と話した?」
「ん? いや、話せなかったな。いなくなったんだ」
 唐突にミユキが口を挟んできて、タケルは反射的に答える。
 ちょうど姿を消したあたりを思い出していたタケルは、タイミングよくミユキが質問してきたことに顔を向けた。相変わらず顔は青ざめていたがタケルの語りに引いた、というわけではないらしい。
「どうしたんだ? もしかしてその女子、知ってるのか?」
「その子……私のラジオ体操してるところにも、いたと思う」
「え?」
 タケルは想定していなかった返答に、気の抜けた返事をしてから口を開けたままになった。ミユキは早口で呼び起こした記憶を語る。
「ほら、私の実家は場所的に通ってた小学校で体操してたんだけど……そこにも、いたよ。その子」
 ミユキとタケルは小学校の同窓だった。ただ、当時は同じ学年というだけで接点はなく、家も真逆の方向にある。タケルの家から学校まで小学生の足で歩けば三十分はかかっていて、ミユキは逆に一分もあれば着く近距離。当然、町内会の区分も異なっているため、ラジオ体操のメンバーも異なる。
 その状況で、同じ人間が別々の場所にいる意味はない。
「私のところにも一回だけ、その子、来たんだ。タケルが言った通り、凄く綺麗な動きで体操して……皆、拍手してた。私も、熱に浮かされたみたいになって、凄くかっこよくて、可愛くて、好きだなって……思った。でも、終わったらいつの間にかいなかった」
 ミユキの語る経験が自分が感じたこととほぼ同じであることに、今度はタケルが青ざめていく。さっきまで思い出していた過去により顔は紅潮していたが今は入ってくる風も肌寒い気がしていた。
「そ……そりゃ……他のところで体操しちゃいけないって理由はないだろ?」
 ミユキをなだめ、自分も納得する答えを探すためにタケルは言う。
 娘のミソラもたまたま里帰りしているからと近所の公園にラジオ体操をしに行っているが、本来なら無関係だ。でも町内会に無関係な子供が、ラジオ体操をすることは禁止されていない。
「でも……私やタケルの町内会だけじゃ、ないの」
「え?」
 更に予期していない方向からの情報にタケルは思考を停止していた。
「別の場所にも、いたの。夏休みの間、ずっと、いろんな場所のラジオ体操に、参加してたのよ、その子。夏休み明けに登校したら、友達だけじゃなくて学年全体でその話題だったから。意味、分かんないでしょ、そんなの」
 ミユキの発言にタケルは記憶を掘り起こす。たった一回見ただけで強烈に心を奪っていった女子だったが、以降に会えなかったことで想いが冷めるのも早かった。ひと夏の恋は、ひと月持たずにタケルの中から消えていたのだ。何らかの要因で外から燃え上がった熱が、すぐに冷めるように。
 だから、ミユキの言うように夏休み明けに学年全体で話題になったことなど全く覚えていなかった。
 ミユキが嘘を吐いているとは思えず、タケルは考えてみた。
 誰の心にも鮮烈な印象を残して、正体は誰も知らない。
 直ぐに思いついたことを言おうとして、先にミユキの口が開いていた。
「もっとおかしいのは、他の小学校にもいなかったのよ、その子」
「……は? なんで? てか、何で知ってるんだ?」
「他の学校の友達に聞いたからよ……私達の小学校じゃないところにも夏休み中、ラジオ体操してたのよ。でも、誰も知らないの。私、怖かったから確かめたくて。友達の友達に協力してもらって市内の小学校、全部調べたの。でも……それっぽい子は、いなかった」
「なら、もっと上の――」
「友達のお兄さんとかお姉さんにも聞いてもらった。でも、そんな子はいなかったの。少なくとも……この街にはあんな風にラジオ体操ができる子はいなかった」
 同学年にいないというのはタケルにはどうしても信じられなかった。探し方が下手だとか、何か理由はあるはず。
 そう思ったタケルだったが、今、それを指摘しても答えられる人間はここにはいない。真実を知りようもないのに話を深堀してもお互いに傷つくだけだと思いなおす。
「ラジオ体操をいろんなところでして……スタンプ、集めたかったのかな。はははは……」
 自分の笑いが乾いていることにタケルは気付く。スタンプを押す前に姿を消したことはタケルも覚えていた。おそらくはミユキもそうだろう。でも、今の状況では何かの答えを落ち着かせるしかなかった。
 いつまでも起きることができなくなる。
(考えろ……考え……ん?)
 追いつめられていたタケルは、いきなり天啓のごとく浮かんだことを呟いた。
「いや……まて……きっとそうだ。そうだよ、ミソラと同じだ」
 ミユキもタケルの言わんとしていることに気付いたのか、青ざめていた顔にわずかだが血の気が戻る。
「その子も、夏休みだけ田舎に来てたんだよ。だから、いろんなところで――」
「ただいまー!」
 どんよりとした空気を打ち破って玄関をドタドタと駆けてくる足音に、タケルは途中で言葉を止めた。合っているかは兎も角として、落としどころとしては申し分ない答えを言い切る前に止められたのは喉の奥にひっかかりを残す。だが、続けようとしたところで陽の気を発散している娘のミソラが勢いよく扉を開けて入ってきてしまい、止めたままにするしかなかった。
「……おかえり、ミソラ」
「ただいま! ただいま! あのね! あのね!」
「どうしたんだ、そんなに慌てて――」
「凄かったの!」
 家に入ってきて両親の寝室に来てからも、ミソラは大興奮してはしゃいでいた。顔を真っ赤にして、居ても立っても居られないという感覚。ミソラが見せる気配に見覚えがあり、タケルは唾を飲む。
「何が、凄かったんだ?」
「凄いね、ピシーってね、腕伸ばしてね、足も! とにかく凄く動かしてるお姉ちゃんがいたの! あと、おばちゃんもいたの! きゃははははははははー!」
 ミソラは嵐のように早口で言いたい事だけ告げると、笑いながら寝室を出ていった。はしゃぎすぎて喉が渇いたのか、しばらく時間が経って水道から水が流れる音がする。
 ばしゃばしゃと水が跳ねる音が聞こえる中で、タケルとミユキは顔を見合わせた。
「タケル……」
「ああ……明日は、早起きだな」
「ええ……」
 言葉にするのは怖い。しかし、言葉にしなくても二人の意見は一致していた。子供の興奮ぶりが、自分の陥った状態と酷似していることの異常さ。明日、公園に行って会えるどうか分からない。それでも、何かしらの答えを見つけないと先には進めない。
 頬をなぜる風が生温く、タケルは額から噴き出す汗を拭う。


 小六の過去と同様に炎夏とも呼べる暑さが、今年もやってきていた。


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