ハロウィン・ナイトメア

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 今、目の前にかぼちゃがあった。
 大きさは今まで見たことの無いほどのもの。僕の胴体くらいはあるんじゃないかと思う。そんなでっかいかぼちゃが食卓の中央に乗っていた。
 僕は良く知らないけど十月三十一日はハロウィンというお祭りらしい。幽霊になった子供達がうろちょろしてお菓子を貪り、渡さないと怒りだして頭を食べてしまうんだって従兄弟が言ってた。聞いた時は三日間くらい夜に眠れなくて、授業中に寝ちゃった。そんな怖いお祭りを何で祝うんだろうと不思議で仕方が無い。それらのお化けはかぼちゃで作った怖い顔に弱いそうだ。なんでお化けなのに怖がるんだ。むしろ怖いのは僕らだろうに。
 そんなわけで、かぼちゃの中身を食べなければ怖い顔は作れない。だから食べる。理屈通り。理屈に従えない理由はただ一つ。僕がかぼちゃを嫌いだからだ。
「でも食べないと駄目よ、太一」
「そうだ。かぼちゃは身体に良いんだぞ。ビタミンAが沢山入っててな。ええと、っと。デンプンを糖に変える酵素があるんだ。身体にいいぞぉ」
「そんな、携帯でネット調べながら言われても説得力ないよ、父さん」
 大人として知識があることを示したかったんだろうけど、得意分野じゃないなら知らなくて当然だ。父さんは鼻毛の本数とかまつげの本数とか耳の奥から生えてくる毛の本数の測定とかが専門なんだから、そっちで自信持てば良い。
「太一も、もう十歳でしょ。かぼちゃを食べられるようにならないといろいろ困るわよ」
「困るってなんだよ」
「隣のクラスの畑中由紀ちゃん、かぼちゃを食べられる人が好きらしいわよ」
 いきなり気になる子のことが話題に出てさすがに驚いた。僕が畑中を好きなことは知らないはずなのに。それともばれちゃったのか? いつ? 何も言わないと母さんはくすくすと笑って言った。
「この前の授業参観の時ね、お母さん達で話してたら話題に出たのよ」
 何が! 僕が畑中のこと好きってことが!?
「とりあえずこれから中身をくりぬいて、そのまま煮込むわね」
 僕の意思なんてまるで無視して、お母さんはかぼちゃを持ち上げる。でもあんまり大きいからお父さんも手伝ってキッチンへと運んでいった。わざわざ食卓の上に置いたのは僕に見せるためだけだったらしい。これからくる運命の時へと覚悟をつけさせるために。なんていやらしいんだ。死刑宣告だ。地獄の死者だ。何が話題になったのか教えて欲しかった。
「一人倒せば二人来て〜♪二人来たなら四人抹殺〜♪四人〜来たなら〜腕八本で〜塵も残さずさつまいも〜♪」
 五歳の時から五年間、聞き続けてきて理解できない歌詞が流れると、ああ僕はかぼちゃを食べないと駄目なんだなと思う。僕がどれだけ嫌だと言っても、この歌をお母さんが口ずさんだ時は絶対に食べさせられた。普段はわがままを言うと引いてくれるんだけれど、いざという時に引かない。そんなお母さんは大好きだ。かぼちゃは嫌いだけど、大好きだ。お父さんは食卓を指でリズミカルに叩いている。歌にあわせてるつもりなんだろうけど明らかにずれていた。何故か歌は一緒に歌えてた。
「悪夢だぁ」
 歌に隠れるように呟く。気晴らしにハロウィンって何か調べてみるか。ポケットに入れていた携帯電話でネットにアクセス。勿論家族割だからいくら使っても五千円だ。
 ハロウィンと検索するとすぐに沢山現れた。一番上にあった辞書的なものを見てみると詳細が出てくる。お菓子をくれなきゃいたずらするぞって歌いながら家に押しかけてくるらしい。いたずらってなんだろう? そういえば一月くらい前にテレビで、校長先生が畑中にいたずらしたって出てたな。それで校長先生がどこかに行っちゃったっけ。どんないたずらだったんだろう?
「はい。とりあえずくりぬき完了!」
 弾んだ声で達成感を表しながら、お母さんはおばけっぽい顔をしたカボチャの抜け殻を持ってきた。目はまん丸で口元はぎざぎさになっている。このまま甲高い声で笑い出しそうな不気味さだ。何故かほっぺたのところに十字の傷が彫られてる。凝った飾りだなぁ。
「よし、このカボチャの中にろうそくを入れてっと。完成だ」
 ぽわわんとろうそくの光が目から漏れてくる。目からビームだ。口からビームだ。それを慎重に持ってお父さんは玄関口に出て行く。玄関に飾ることでお化けを追い払うらしい。じゃあお菓子もらいにこれなくない?
「あとはカボチャを煮込むだけねふふふ」
 お母さんは両手を合唱の指揮者みたいに振りながら笑い出した。漫画でそんな魔女がいたような気がする。お父さんは戻ってくると僕のそばを通り抜けてキッチンの横に置いてあったお菓子を取り出した。
「子供達が来たからお菓子上げてくるよ」
 いつの間に来たんだろうと外を見ても誰もいない。でもそれを言う前にお父さんは玄関へと戻っていってしまった。気になって行ってみると確かに仮装した子供達がいた。肌が青白かったり、足が片方無かったり、目が片方飛び出して垂れ下がっていたり。どうやってメイクしてるのか聞いてみたくなるくらいだ。でも、この辺りに住んでいる子達には見えなかった。一緒に学校に行く友達が一人もいなかったから。
「じゃあ、気をつけてね」
 お父さんは参観日も来た事ないし、近所の人と全然挨拶しないから、僕の感じてることが分からない。
「ぃぇあいぉるぉえ」
 子供の一人が良く分からないことを言って頭を下げた。僕とお父さんもつい頭を下げると、上げた時には誰もいなかった。
「礼儀正しい子達だな。ドアの音を立てずに閉めていくとは」
「うーん」
 居間に戻って外を見てみても誰もいない。次の家に行くなら少しは姿見えると思うんだけれど。
 でも次に来た子供達の姿は見えた。庭から僕の家の玄関まで一直線に向かってくる。歌いながら。チャイムが押されて、お父さんはいぶかしげな顔をして出て行った。僕は椅子に座ってお母さんの料理模様を眺めてる。カボチャの匂いが漂ってきて吐き気がした。拒否反応。
 子供達の罵声に押し出されるようにお父さんが居間に戻ってきた。頭を掻きながら、不思議がりながら。
「先に来た子供達にお菓子を上げたといったら、自分達しかいないだってさ。おかしいなぁ」
 思い出す。青白くて、足がなかったり、目がつぶれてたり飛び出てたり。
 もしかして、本当の幽霊だった? カボチャの怖い顔を玄関に出したっていうのに!
「きっと本当の幽霊だったんだよ!」
 そう言った僕の顔はとても青白かっただろう。でもお父さんはちょっと驚いたような顔をしてからすぐ元に戻った。
「まあ、いいじゃないか。幽霊でも子供だ」
 幽霊のかっこうした子供と幽霊の子供はお父さんからすれば同じらしい。ずっと鼻毛数えてたりしたから大きいこと気にしなくなったのかな……。でも、確かにそう思えば怖くなくなってきた。何しろ。
「あと五分くらいで煮込みあがるからねー」
 悪夢が目の前にやってきているから。今の僕にとっちゃ、去っていった子供幽霊よりも苦手なカボチャを食べられるかだ。カボチャを食べる自分を考えるだけで、震えてくる。口の中に広がるカボチャの味。鼻毛をすり抜けて奥まで入ってくる匂い。ああああああああ、蕁麻疹が。
 その時ちょうど携帯電話が震えた。悪寒を振り払うのにタイミングが良い。液晶に映るのは――畑中だ!
「もしもし畑中!」
 声が上ずるのを止められなかった。がっついたみたいで嫌だけど、嬉しいんだから仕方がない。
『あ、高橋君……』
 畑中の声は元気がなかった。何か悲しいことがあったのかな? 何かあったなら僕が相談に乗るよ!
『ごめん。ごめんね』
 そう言おうとする前に、畑中の声が僕の鼓膜を破いた。何を謝ってるんだろう。聞こうとする前に、畑中の口が開いていた。
『私、好きな人いるから、高橋君とは付き合えないの。ごめんね』
 ――この前の授業参観の時ね、お母さん達で話してたら話題に出たのよ。
 どんな話題だったのか、予想が、ついた。
「悪夢だ」
 幽霊よりも、カボチャよりも。悪い夢だった。
「カボチャ煮込めたわよー」というお母さんの声がやけに遠く聞こえた。

 その日、僕は失恋した。
 その変わりにかぼちゃを食べられるようになった。なんだか、しょっぱかった。


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